『数週間後の聖夜に告ぐ。』 星が落ちてきそうなくらいに、澄んだ空気の寒空の下で。 ぼくは御剣の手を引きながら、コンビニからマンションへと歩いていく。 御剣はと言えば、妙に饒舌で、来週の法廷は負ける気がしないとか、トノサマンのDVDをキミも見たまえ、とか。 トノサマンのゲーム化には反対している、とか。そんな他愛のない会話を続けてきている。 その声が心地いいから、ぼくはそれに耳をただ、傾けている。 「うん」 とか。 「そうだね」 とか。 「わかるわかる」 とか。 そんな生返事を返していく。 言葉の内容どうこうじゃなくって、ぼくの隣で御剣が同じ歩調で歩いていることが。 すごく不思議で。まるで夢の中みたいで。 でも、それだったら、こんな風に息は白くならないだろうし。こんなに寒くないだろうし。 こんな風にさ。 御剣が、赤い顔して必死に会話を続けているはず、ないだろうし。 「き、キミは先ほどから、話を聞いているのだろうか」 「え、うん、聞いてるよ。御剣の声って耳障りいいよね」 「…内容は入ってないようだな」 うん。入るわけないだろ。 御剣とぼくは今さっき、相思相愛って間柄になったんだから。 「ごめん、…あ、ほら、御剣、クリスマスのイルミネーション、まだ明かりがついてるんだね」 小さな駅のすぐ側の一角に、サンタクロースやトナカイが、光の輪になって輝いてる。 もみの木でもないのに、ぐるぐると巻かれたコードが、コンクリートと木々をつないでたりして。 昼間通った時には目にも止めなかったけど。 「うム。とても、きれいだな」 御剣は、目を細めながら、そう言って笑った。 「今年のイヴの予定は?」 「いや、とくに立ってはいないのだが」 「本当にないの?」 「…ああ、ないが」 「ぼくと過ごすって予定、ないの?」 「…ふ、…はは、…ああ、そのようなアレなら、ないこともないが」 冗談まじりで言えば、あっと言う間に数日後の予定がたった。 「ありがと御剣。楽しみにしてるよ、検事局まで迎えにいくね」 「いや、…そうだな、成歩堂。 待ち合わせてみてはどうだろうか?」 待ち合わせ。ぼくと御剣が。 クリスマスイヴに、甘い恋人たちみたいに。 「夢みたいだ」 「…大げさだな」 「そんなことないよ。 ぼくにとっては―― 奇跡が起こる、聖夜だ」 手をつないだまま立ち止まると、御剣もそれに合わせて歩を止めてくれた。 左隣にいる黒いコートの御剣は、やっぱりどう見ても、数時間前までは親友だったはずで。 まだクリスマスには早いけど、プレゼントをもらう年齢でもないけど。 「ぼくにとっては、今夜がちょっと早いクリスマスかな?」 御剣の口元の、真っ白な息が上へ向かって伸びていって。 「サンタクロースというのも、悪くはないな」 御剣が、コートを少しだけ翻して、ワインレッドのスーツを見せ付けてくる。 恋人がなんとか、って言う歌、あったよなあ。 笑いそうになって、誤魔化そうと、御剣を引き寄せる。 「成歩堂、ここは外だ。」 「御剣、今はもう夜中だ。」 「成歩堂、今は皆、遅くまで起きているのだぞ」 「――、それじゃあサンタクロースが来れないね」 「何を言う、彼に不可能はないのだよ」 「おまえってホント、ヒーローとかそういうのに対して、尊敬の意を持ってるよなあ」 それでもぼくは、御剣を離してやらないんだけど。 それでも御剣は、ぼくに抱きしめられたままなんだけど。 可笑しいなあ、ぼくってこんなに涙腺弱かったっけ? 「…成歩堂?」 「寒いんだ御剣、もうちょっとだけ、こうしててよ」 染み込んでいくみたいに、御剣とぼくが恋人になったんだって、その事実が、心に溶けていって。 クリスマスって行事に、そんなに思い入れがあるわけでもない。 プレゼントは買ってあげる年齢で、もらったのだって小学生の時までだ。 クリスマスパーティーをやった去年は楽しかったし。 幼馴染3人組で町内会のクリスマス会に行ったこともあったよな、なんて話したりもした。 でも。 そんなんじゃなくてさ。 早めのサンタクロースが来てくれたことが、嬉しいんじゃなくてさ。 おまえがそうだっていう冗談が、嬉しいんじゃなくてさ。 「成歩堂」 おまえがそうやって、ぼくを呼んでくれていることが、多分一番の奇跡なんだ。 これ以上ないくらいの、奇跡なんだ。 ぼくの手で握ってる白いビニール袋の中身は、たいしたものは入ってないけど。 数週間後には、どのサンタクロースにも負けないくらいのプレゼントを、真っ白な包装紙に包まれたそれを、おまえに渡すよ。 それが、ぼくのお返しだよ、御剣。 「…へへ、ごめん。身体冷えちゃうよね。 帰ろうか」 「うム、そうだな。」 ぱ、と身体を離してそのまま歩いていると、左手また温もりが戻ってきた。 「御剣」 「冷えたのでな」 「…うん。そっか」 ぼくはと言えば、妙に饒舌で、クリスマスイヴはどこで待ちあわせようとか、映画でも観にいく?とか。 東京でホワイトクリスマスだったのって、どれくらい前の話だったっけ、とか。 御剣はいつまでサンタクロースを信じてたの、とか。 ぼくのこと好き?とか。 小さく頷くおまえの、そんな仕草が愛しいから、ぼくはそれを、見つめている。 そんな他愛の無い話を続けて、ぼくは御剣の手を引きながら、駅からマンションまで、歩いていく。 星が落ちてきそうなくらいに、澄んだ空気の寒空の下で。 |