『わがままな恋人。』前編 



―― きっと、本当に我侭なのは、私の方だ。



「ねえ御剣、明日、デートしない?」

「いや…、断る」

「じゃあさ、今日、帰りにおまえの家に寄ってってもいい?」

「仕事が溜まっているのだ」

「じゃあ、一ヶ月後でもいいからさ〜」

「…、すまないが、再来週、アメリカへ……成歩堂?」


いつものように机に向かってパソコンを打ちながら、彼に返答していると、声が聞こえなくなっていた。
振り向くと、寂しそうな恋人の瞳と出会う。

「…うん、…行ってらっしゃい御剣。 …じゃあ、ぼく行くね」

「待て、だから、私は来週…君、……と」


最後まで言い終わる前に、成歩堂は、検事局の自室から、でていった。
追いかけようとするが、すでに見失ってしまった。
相変わらず早足だな。


違うのだ、成歩堂。最後まで聞いてくれ。

来週、私は、キミと出かけようと、していたのだ。
メイに聞いた、評判のレストランの予約もしてある。その後は、たまにはキミの願い通り、……と、思っていたのだ。

どうして、こうも、私たちは不器用なのだろうか。
リズムが違うのかもしれない。いつも、すれ違いを繰り返してしまうし、誤解も多い。

しかも、多くは、私の言葉が少ないせいだ。
そうして成歩堂は、いつもあきらめたように行ってしまう。

小さく笑い、出ていってしまう。

私は、引き留められたことが、一度もない。

「……、成歩堂」

携帯電話を取り出す。

このような時は、すぐに誤解を解くべきだ。
私は、彼を愛しているのだから。

電話帳検索画面に、彼の名前を見つける。そうしてすぐに彼へ発信した。

成歩堂。

どうか、謝らせてくれ。
いつも、誤解を招くようなことばかり言って、すまない。
いつも、仕事の二の次にしてしまい、すまない。

大事なのだ。本当に、キミに何かがあった時には、必ず駆けつけることを約束しよう。

だから。

たまには、ワガママを突き通して、ほしいのだよ。






『わがままな恋人。』後編


―― わがままでいるのは、いつでもおまえにこっちを見ていてほしいから。
おまえはちっとも我侭じゃないから。
それが少しだけ、さみしいんだけど。


ぼくは御剣が好き。きっと、御剣がぼくを好きだっていう気持ちの、1000倍は、好きなんだ。

あーあ、また、失敗しちゃった。
明日行ったら、きっと、また困らせちゃうよな。
明後日ならいいかな。その次の日なら、いいかなあ。

机に突っ伏しているぼくをみて、真宵ちゃんが、声をかけてくる。
いつものように、今現在あったことを、包み隠さず、彼女に話す。いい相談相手なんだ。
真宵ちゃんは、あっちゃあ、と言いながら、お茶を机においた。


「なるほどくん、どうしてすぐに帰ってきちゃったの?」

「…だって、御剣には、心の狭い恋人だって思われたくないし、仕事にプライドを持ってる、そんな御剣の邪魔なんかしたくないし、
なにより、ぜえったいに、ふられたくないんだよ、ぼくは!!」

「ちょっと、声が大きいよ。近所迷惑だよ、もー」

「だって…、ぼくにとっては御剣がすべてだもん」

「はいはい、耳にタコだってば。…でも、御剣検事は、そんなに、なるほどくんを邪険にするとは思えないんだけどなあ」

「当たり前じゃないかっ!御剣はそんなやつじゃないよ!すっごいやさしいし!
すっごいかっこいいし!きれいだし!かわいいし!最高の恋人だし!なにより…」

「あのさ……話が脱線してるよ、なるほどくん。
あれ、ケータイ光ってるよ、もしかして…御剣検事じゃない?」

「いや、それはないよ。だって御剣はめったにぼくには……。
あああ!!マナーモードになってた! しかも着信御剣ぃぃぃ…!!!」

「じゃあ、依頼はこないみたいだから、ハミちゃんと出かけてくるね、なるほどくん」

「うん!いってらっしゃい!!」

「一気に元気になっちゃうんだから。 それじゃあ、また来週ねー」





御剣、ごめんよ気づかなくて…!2件も入ってる…。
すぐに発信をする。すぐに御剣は出てくれた。

「もしもし御剣? どうしたの?ごめん、ちょっと着信気づかなくて――」

『いいのだ。…成歩堂。…その、…ドアをあけてもいいだろうか』

「…へえ?」

御剣の戸惑ったような声がして、2秒後、がちゃり、と事務所のドアが開く。

え、え、え?? なんで、御剣、いるの?

「……い、…いらっしゃい…?」

「…つながらないのでな。来てしまった。真宵くんに、そこで会ったぞ。元気そうだな」

照れた顔。ぼくの、3番目に好きな顔。

御剣。ぼくはね。 

理由なんて、なんでもいいんだ。何回、約束を無碍にされたっていいんだよ。
たとえ、裏切られたって、いいんだ。

大好きだから。そんなの、跳ね返しちゃうんだよ。ぼくは。


「どうしたの、急用でも…」

「明後日、レストランを予約してある、…先ほど、ホテルも予約した。
……予定は、あるだろうか?」

恋をしてる時の顔。ぼくしか、見えてない目。
ぼくの、一番好きな、顔だ。

「…あったって、キャンセルにきまってるだろ?」


あとは、もう、そのまま恋人に抱きついて、ソファーまで一直線だね。
御剣は、笑ってる。
ぼくの一番好きな声で。


「御剣…大好きだよ」

「…うム。…その、先ほどはすまなかった、いつも、大事なことは、言葉足らずになってしまう…から、な」

「いいんだよ。ぼくがわがままなだけなんだから」

「…私は、キミの、そんな…わがままが、好きだ」

「…っ…、もー、……仕事たまってるんだっけ?」

「たまには、いいとしよう。急ぎではないのでな」


にやり、と笑う顔も、キスをする直前の顔も。

…っていうか、顔だけじゃなくて、声も、御剣自身も、全部、全部、全部。大好き。

この気持ちが全部伝わればいいのに。

まあ、伝わってるかもしれないけど。


「じゃあ、このまま今夜は、御剣をお持ち帰りだね」

「…明日に響かない程度に、してくれたまえ」




おしまい。