『アルコール度数3%』 side:成歩堂 「なあ、おまえって―― なんでそんなに御剣ばっかな訳?」 矢張の言葉に向かい合わせの席にいた、当の本人がビールを吹き出した。 「ああっ、御剣大丈夫!?」 すぐにハンカチで口を拭く。 御剣は、す、すまない…と言いながら、それを受け取った。 それを見ながらオレンジのジャケットを羽織った男は笑い転げている。 「………な、成歩堂…わ、私は帰るのだよ」 「え、なんで? 聞いてってよ、御剣も」 今日はこれで3回目となる、幼なじみ3人組。つまりはぼくと、御剣と、矢張の三人で家飲みをしているんだけど。 あ、ぼくの家でね、矢張はなんか、御剣のマンションは落ち着かないらしくてさ。 「悪い悪い、御剣が聞きたくねえんなら今度聞くからよ、まあ座れって」 「…き、貴様にはデリカシーというものはないのか」 「あはは…、ごめんね御剣、気分悪くした?」 ぼくは別に、自分の想いを矢張を初めとした皆に話したことはないんだけど、どこからどう見ても御剣のことばかりだから、なんとなく酒の席で聞こうとしたんだろう。 ぼくが、御剣のことを好きだってことは、誰も知らない。 御剣も知らないはずなんだけど、なんでか動揺して、殻のピーナッツを口に運んでいる。 「ほら、なんかさ、御剣って放っておけないんだよなあ、…それだけだよ」 御剣にティッシュを渡しながら、矢張に向かってそう言う。 「んーーーー…、そっか。まあこいつ、結構打たれ弱いし。世間知らずなとこあるもんなあー」 少しは空気が読めるようになったのか、ぼくの言葉に、いつものように突っかかってくることはないみたいだ。有難いな、今は。 御剣は、そんなことはない…と顔を赤くしていた。お酒が回ってきたのかな。潤んだ瞳が色っぽい。 いつもいつも、こんな事を考えている、ぼくの行動理由? 言える訳ないだろ、―― 御剣が好きだからだよ、なんてさ。 別に誰にどう想われてもいいけど。御剣に、言葉のトゲが刺さっていくのは見たくない。 矢張はそんな奴じゃないけど、どこでどう広がっていくかわからないから。 御剣怜侍はあまりにも有名すぎる、天才検事だからね。 「それよりもっとビール飲むだろ? ぼく買ってくるよ」 「おお、つまみのサラミもよろしくなあ」 「ならば…私もつきあおう」 「ああ、いいよ、矢張が一人になっちゃうだろ、コンビニなんて目と鼻の先だし、それに、御剣だいぶ酔ってるだろ?」 立ち上がって、玄関へ向かう。 背中に刺さる御剣の視線が痛い。矢張が、なにかを耳打ちしているみたいだった。内容は聞こえないけど。 ばれてなければいいけど、こんな想い。 御剣を困惑させるくらいなら、いらない。そんな、感情は。 それでも、こうやって振り返ってその顔を見るだけで。 御剣以外に向けたことのない感情が、どんどん沸き上がってきてさ。止まらなくなる。苦しくなる。 「御剣、ワイン買ってこようか?」 「…成歩堂」 「ん、なに?」 あれ、なんで矢張、立ち上がってるんだろ。 そっち、玄関だけど。 「じゃ、俺様やっぱ帰るわ。マーリーちゃんとデートの約束してんの、忘れてたからよぉ」 「っへ?」 じゃあなあ、また連絡するわ、の声とともに、ドアが閉まる。 「ああ、またな…」 もういないんだけど、ドアに向かって声をかける。 「どうしよっか御剣、おまえもそろそろ帰る? 駅まで歩いて送ってくよ」 「成歩堂」 「…うん、なに?」 ざわざわと胸が騒ぐ。まるで事件現場にいる時みたいだ。 そういえば、ぼくはあんまり御剣と二人きりになることは、無かったよな。 やっぱりきれいな顔してるなあ、御剣。 髪もさらさらで、色素は薄くて。 見つめてるだけで、どれだけ自分が御剣に夢中なのかがわかる。 たったの一秒で、彼はぼくを虜にできるんだ。 「キミの優先事項に私がいるように、私にとっても、キミが最優先される存在である、…それを言っておきたかった」 「……」 「では、失礼するとしよう。成歩堂、最寄り駅はどこだっただろう、…か?」 頬に当たる髪は、やっぱり絹糸みたいに輝いていて、柔らかくて、くすぐったい。 御剣を抱きしめたのは、はじめてだな。 さっき御剣が飲んでいたビールの香りがして、ぼくはそのまま、御剣をカーペットに押し倒した。 酔っている。ぼくも。そして、御剣も。 「…な、…成歩堂…?」 「ねえ御剣、キスしようか」 「そのようなアレは、こ、…困る」 「じゃあさ御剣、ぼくはさっき、色々と誤魔化したよ。偽ったよ。だからさ――、本音を言ってもいいだろ?」 「…っ」 そっと御剣の唇に、指先を当てる。 「……なんてね、びっくりした?」 無自覚な人間は、これだから、困るよね。 困ったのはぼくだよ、御剣。 そのような事を言う御剣は、ホントに困る。 好きなんだってば。 気づいてほしくないけど。 この関係を崩すくらいなら、知ってほしくないけど。 好きなんだってば。 でも、どうしようもなく、好きなんだよ。 だから、ぼくは御剣中心の生活をしているし、御剣のことになると、見境がなくなるんだよ。 そう、さっき言っていたなら、こんな顔させずにすんだのかな。 「酔いすぎたかな。駅まで送るよ」 「――っ…、バカモノ」 「…うん、そうだね」 愚かで馬鹿で、それから空しくて――、でもね。御剣、どうしようもない想いって、やっぱりあるだろ? 誰にだって、あるんじゃないかなあ。 それが少しだけ、世間一般的にズレてるって事柄でも。 たとえばぼくもおまえも男で、しかも親友だってのに。 それでも、仕方がないだろ? この胸の中にある感情は、いくら取り除こうとしたって、ずっとずっと、ここにあるから。 諦める選択なんて、最初っから無かったから。 「御剣が好きだなんて、ぼくって、バカだろ?」 スニーカーを履きながら呟くと、とすん、と御剣がぼくを、背中から抱きしめる感覚があった。 なんで、こーゆーこと、するのかな。 「あのさあ御剣、今自分が何やってるのか、ちゃんと解ってんの?」 やっぱり飲みすぎだね、御剣。 ぼくは、おまえで酔いそうなんだけど。 やっぱり飲みすぎだね、御剣。 そうじゃなきゃ、こんな事、できない。 できるはずない。 「身の危険、少しは感じてくれたかな」 御剣の腕を掴んで、そのまま引き寄せて、それから。 キスをした後、額と額をくっつけながら、苦笑しつつそう囁くと。 御剣が、もう一度キスを仕掛けてきたから。 もうなんかいっそこれじゃあ、 相思相愛の恋人同士みたいだ。 side:御剣 全ては私が仕組んだ事だと言ったら、キミはどんな顔をするのだろう。 矢張に飲み会に付き合えと言い、その前にどうしたら成歩堂の気持ちを知る事ができるだろうか、と相談を繰り返し。 それでもまさか、率直にそのまま聞かれるとは思わずに、動揺し、逃げ出そうとした自分の愚かさは。 きっとキミとは比べ物にならないのだよ、成歩堂。 それでも、返ってきた成歩堂の答えに胸中はただ、痛みを訴えてきた。 『ほら、なんかさ、御剣って放っておけないんだよなあ、…それだけだよ』 そんな言葉を聴きたいのではない。 そんな言葉が欲しいわけでも、ない。 それでは、ここから私はどう動いたらいいのだろうか。 コンビニへ行く道すがら、少しは自分でも何か言おうと、そう思っていたのだが、その行動すら、当の本人に断りを入れられて。 意気消沈する私の耳に届いたのは、矢張の言葉だった。 「…もうおまえ、成歩堂に好きだって言っちまえよ。それで絶対なんとかなるんだからよお」 そう、背を押されては、私とて、この想いを伝えようと必死になった。 そうして私なりの言葉で、彼を好きだと言ったつもりだったのだが。 成歩堂は始終、寂しそうな表情をこちらへ向けていた。 ああ。伝わっていないのだ。 否、成歩堂は、私を、――。 「御剣が好きだなんて、ぼくって、バカだろ?」 からかうような行動の後に、耳に届いた告白に、動揺を隠せなかった。 うまく言葉が浮かんでこないので、目を閉じて彼のキスを受け入れ、そうして同じように私も彼を求めた。 成歩堂は。 少しだけ悲しそうに笑っている。 アルコール度数3%のカクテルの味がする。 「…ねえ御剣、なんか言って。そうじゃなきゃぼく、ほら、結構勘違いとかしちゃうタイプだから」 「――、から、キミが、私にとっての最優先事項であって、」 「そういうんじゃないやつ、頼むよ」 だから、私にとっては、キミが一番で。大切で。 「…同じ言葉を、返したいのは、キミなのだ」 「――あー、もう、…っ…、好きだって言ってよ、御剣」 強く抱きしめられる。 少しだけ震えている成歩堂の背中に、手を回した。 私が成歩堂にもらった言葉と同じく、返せばキミは笑ってくれるのだろうか。 「…成歩堂、」 「うん。早く」 「…、キミが好き、なのだよ」 ようやく振り絞るようにした声に、成歩堂の嬉しそうな声が重なった。 「今日、送らなくていい? 泊まっていきなよ」 「うム、そうしよう」 「じゃあコンビニ行こうよ。 御剣にね、オススメの…」 「アルコールはもう、いらないのだよ、成歩堂」 今夜のことは、できるだけ覚えていたいのだと言ったら、 「大丈夫だよ、嫌でも忘れられない夜にするつもりだから」 そう言って、成歩堂は、目を細めて笑った。 「なんとかなるものだな…、矢張も役に立つものだ」 「御剣なんか言った?」 「いや、こちらの話なのだよ」 END |