「御剣ー、ポタージュとコーンクリームどっちがいい?」
「クラムチャウダーが好きだな」
「ん、わかった。じゃあこっちね」

ぼくは買い物カゴに、クラムチャウダー味のスープを二箱投げ入れた。セットで300円だ。


『恋愛ごっこ』


ぼくと御剣が付き合うようになって、3日経つ。当たり前だけど、ぼくが告白して、御剣が、まあいいだろうとかなんとか曖昧な答えをして、
それで成り立っている、今の関係。
多分これは御剣にとっては、本気の恋愛とかじゃなくって、ぼくに流された結果。
多分これは御剣にとっては、本気の恋愛とかじゃなくって、ぼくに絆された結果。
それでもいい。なんでもいい。
騙されてぼくと付き合ってるくらいで、ちょうどいいんだ御剣は。
好きだの嫌いだの、そんな感情でいっぱいになるような人間じゃないんだから。
1に仕事、2に仕事、その次もずっとそれが続いていく、そんな御剣だから。

恋愛ごっこみたいな関係でも、別にぼくは、かまわない。

「御剣ー、お風呂沸いたけど。柚子と生姜、どっちがいい?」
「何も入れたくない」
「ん、わかった。じゃあそのままで」

ぼくは戸棚に柚子湯の素と、生姜湯の素を、仕舞いこむ。セットで200円だった。

ぼくと御剣が付き合うようになって、3日経つけど。別段親友の頃とは変わらない。キスをするわけでもないし、手をつなぐわけでもない。
その先なんて、きっと御剣は存在しないと思っているだろうし。
まあ、それで成り立っている、今の関係。
多分これはぼくにとっては、本気の恋愛なんだけど、御剣にそれを押し付けるのは間違っている。
多分これはぼくにとっては、本気の恋愛なんだけど、御剣にそれを理解してもらうのも、間違っている。
そもそも最初から、告白の時点で間違っているんだけど。
それでもいい。なんでもいい。
御剣は恋愛に対して鈍感で無知で、やっぱり多分、なんとなくぼくに、騙されているワケで。
ぼくは騙し騙し、少しでも長い間、御剣怜侍と付き合っていきたいと思うんだ。

好きだの嫌いだの、そんな感情でいっぱいになっている人間のぼくは。

「御剣ー、もうそろそろ寝ないとまずいだろ。じゃあ、ぼくそろそろ帰るからー」
「成歩堂」
「あ、そうだ。あのね、明日雪降るらしいよ」
「キミは私と付き合っているのだったな」
「…うん、そうだけど」

好きだの嫌いだの。
そう言えば、そのどっちも、御剣に言われた事ないな。

好きだの嫌いだの。
そう言えば、そのどっちも、ぼくも言ってなかった。

付き合ってよ御剣。って、ぼくが言って。
うム、まあいいだろう。って、御剣が返事をして。

「キミは、私になんと言って告白したか、覚えているか?」

「…」

ぼくは、御剣には、ぼくみたいなヤツがお似合いだから、付き合おう、そう言った。
仕事が第一だし、それでいておまえを少しでも理解しているヤツの方が、おまえが少しでも気を許しているヤツの方がいいだろって。

「キミは、私と付き合っているつもりか」
「…うん、まあ、そうだけど。えーっと、何、やっぱり御剣ぼくとじゃムリだった?だったらごめん、そう言ってくれれば、」
「キミは、私に合わせてばかりだ」
「……だってしょうがないだろ。ぼく、おまえに嫌われたくないし。御剣の好みとか知りたいし」

好きなってもらおう、なんて思ってないから。
好きだって気持ちをわかってもらおう、なんて思ってないから。

側にいられるだけでいい。一番側にいられるだけでいい。

「まったくキミは本当に、やっかいな性格をしている」

御剣は、ぼくから離れてキッチンにいたんだけど。マグカップをふたつ持って、リビングへ歩いてきた。
テーブルの上に置かれた、それを差し出される。

「飲みたまえ」
「あーうん、ありがと」
手に取って、気づいた。
「御剣、これ、コーンポタージュじゃない?」
「うム。そうだ」
可笑しいな。確かぼくは、クラムチャウダーしか買ってない。その記憶しかないんだけど。
「違う味でも、セット割引はかかるのだよ、成歩堂。よりどり2点だ」
御剣はそういいながら、少しだけ笑うと、マグカップに口をつけた。
ぼくも、同じように、ふうふうと冷ましながら、口をつける。

「いつのまに、摩り替えたの」
「さあな」

「いつのまにさあ…」
「どうだろうな」

この後ぼくは、御剣にちゃんと告白して。
御剣の気持ちを知った上で、もう一度ちゃんと告白して。

それから、
恋愛ごっこはもうやめにして、本気で好きになって欲しい。

そう言おうと思いながら、御剣のマグカップとぼくのそれを、カチャリと乾杯させた。


御剣は、口元だけで笑っている。