朝起きて最初に目に入ったのが、ちらかった机の上に上品に乗った一枚のメモだった。 それは御剣にとってはきっと、いつもの約束事のひとつ。 小さな白い紙を手に取る。 そこには明日の約束のことが書いてあった。 ぼくにとってはまるでデートの約束だ。 と、いうことは。 昨日のことは夢じゃないらしい。 ぼくが、御剣に告白したことも、御剣がぼくを好きだって、肯定したことも。 あー、まずいな。 勝手に顔がにやける。 「…喜んでいいんだよね、多分」 『サンデー・トノサマンデー』 「なるほどくん、なににやにやしてるの?」 「えー、あー、うん、わかっちゃう?」 鼻歌なんか歌いながら珍しく掃除をし始めたぼくに、真宵ちゃんが訝しげな視線を送ってくる。 だってしょうがないだろ。 「実は、明日デートなんだよね」 「わっきゃあああっ!? ――も、もしかして、みみ、みつるぎ検事と!?」 「うん。そう」 「…………なるほどくんの妄想デート?」 「違うよ!」 「…………なるほどくんの夢の中の話?」 「違うって…」 ほら、これだもん。 ちなみにぼくが御剣を好きだってことを知っているのは、真宵ちゃん、矢張、冥ちゃん、の三人。 一言も言ったことないんだけど、見てればわかるって言われた。バレバレなんだって。 そうしてやっぱり、恋愛事に興味なんてゼロの御剣を、しがない弁護士のぼくが落とせるなんて、全員ツユほども思ってないわけで。 「なるほどくん!! それがホントなら、最初からフラれないように、気合いいれなくちゃ!!!」 「だから本当だって…ま、まあデートっていうか、ちょ、ちょっと相談に乗ってもらうだけなんだけど…」 「だめだよ!!みつるぎ検事の好きなところへ行って、みつるぎ検事の好きなもの食べて、 みつるぎ検事が、なるほどくんと付き合ってもいいかなって思うくらいの、ろまんてぃっくですてきな一日にしなくっちゃ!!」 あはは…女の子のパワーってこーゆー時すごいよね。 「う、うん…。 あー、でもぼくデートとかほとんどしたことないんだけど…」 「まっかせて☆ みつるぎ検事は甘党?辛党?」 「あ、甘党。ソフトクリーム2個食べるくらい」 「じゃあ場所は決まりだね! 都内に新しくサンデーアイス専門のお店ができたんだよっ」 真宵ちゃんは瞳をきらきらさせて、身を乗り出してくる。 ああ、書類が落ちた。踏まないでよ、真宵ちゃん。大事な書類なんだから。 「ほらっみつるぎ検事に電話!」 「でも今、仕事中だろ?」 「確か今日は、お昼休みは12時からとってるよ」 「なんでキミがそんなこと知ってるんだよ…」 「冥ちゃんから聞いたもん」 「いつのまに仲良くなったのさ」 「ないしょ」 「ふうん、まあいいけど。じゃあ、ちょっとかけてみるかなー」 携帯を取り出す。 真宵ちゃんがにやにやしながらこっちを見ているから、ドアを開けて外へ出た。 秋風が気持ちいい。 「…なんかちょっと緊張するなあ」 ぼくの夢物語や妄想じゃなければ、今ぼくと御剣は好きあってるんだよな? でも、告白しただけだし。付き合って、とは言ってないけど。 そもそも、あんな風に御剣が、好きだって思っててくれて、ぼくに抱かれても、怒りもしなくて。 …ほんとは夢なのかも。 「ぐちゃぐちゃ考えてもしょうがないよな。真宵ちゃんの言うとおり、御剣がよろこんでくれることをしよう」 電話をして3コールめで、御剣は出てくれた。 『御剣だ』 「あ。ぼくだけど、御剣ってサンデーアイスは好き?」 『……。』 あれ? 質問が唐突すぎたかな。 『まあ、好きだな』 「そっか。よかった。明日のことなんだけど、真宵ちゃんオススメのアイス屋があるから、一緒に食べに行かないか?」 『…ふ…、うム、まあ、かまわない』 「……なんかデートみたいじゃない?」 ちょっとだけ御剣の気持ちが知りたくて、そんな事を言ってみる。 『では、デートという事にしよう』 「っ…、…う、うん。 あ、あのさ御剣昨日――」 なあ、御剣。ぼく、おまえに好きだって言ったよな? おまえも、ぼくを好きだって、そう言うことになるって、言ったよな? 聞きたい。知りたい。 そんな気持ちが逸って、うまく言葉にならない。 『すまない成歩堂。そろそろ糸鋸刑事が来る時間なのだよ。話の続きは、明日にしよう』 「あ、うん、ごめん。 じゃあ、また、明日な」 『―― 10時に検事局。忘れるなよ、成歩堂』 そう言って電話は切られた。 「……」 結局聞けなかったけど。御剣の声は終始穏やかで、ぼくを嫌がっている感じではなかった、と、思う。 そのとき、ガチャリと事務所のドアが開いた。 「なるほどくんっどうだった!?」 「き、聞き耳立てるなよ、真宵ちゃん」 「聞いてないから、聞いてるんだよー」 「…御剣、サンデーアイス好きだって」 「じゃあ決まりね、次はね……」 んー、でもこれじゃあ、せっかくの御剣とのデートプラン、全部真宵ちゃんに決めてもらうことになるよな。 たとえぼくが、恋愛経験なんてそんなになくって、御剣の好きなものなんて、ひとつ、ふたつしか知らないからって。 全部決めてもらうんじゃあ、なんだか、違う気がするし。 「真宵ちゃん、ありがとう。あとはぼくなりに考えてみるよ」 「なるほどくん…、うん、その意気だよっ」 にぱっと真宵ちゃんは笑うと、さっきのぼくじゃないけど、鼻歌なんか歌いながら、事務所へ戻っていく。 ぼくは、秋空を見上げながら、御剣のことを少しだけまた、想った。 (…御剣と言えば、アレしかないよな) ぼくはもう一度、携帯電話に耳を当てた。 そして、決戦の日曜日がやってきた――。 髪形はいつもの通り、キッチリギザギザ。カンペキ。っていうか、変えようがないんだけど。 休日にスーツっていうのも味気ないし、せっかくの御剣との初デート…もどきなんだから、秋らしいニット帽と上着にする。 「み、御剣はまあ、いつものスーツだよな、検事局にいるわけだし。 って、あああ!!もうこんな時間だ!!!」 迎えに行く、なんて言っておいて遅刻するわけにはいかない。 ぼくは急いでマンションを出て、止めてある自転車にまたがって、そろそろ覚えてきた道を走っていく。 天気は快晴。秋の風のにおいがする。 「なんかけっこう、デート日和ってヤツかも」 またゆるんでいく頬をそのままにして、ちょうど10時5分前には、御剣の執務室のドアの前にいた。 もうそろそろ顔パスになってきたな。まあ、イトノコさんには、また来たんスか、アンタもヒマっスねー、とか、言われたんだけど。 自分だってなんでここにいるんだよ。とは、言わなかったけど。 深呼吸をちょっとだけして、ドアをノックする。 「なんだろうか」 「あ、御剣、ぼ、ぼくだけど――」 「…うム。入りたまえ」 「…お、おじゃまします」 いつもなら遠慮なく開けるドアを、少しだけ遠慮がちに開ける。 部屋の中には、当たり前なんだけど、御剣怜侍がいて。 ぼくは、そのことにいつも、安堵する。 ああ、今日もおまえは、ここに居てくれた、って。 「時間通りだな、成歩堂」 「うん。――あれ? 御剣、私服?」 「デートなのだろう?」 そう言って少しだけ笑った御剣を、ああ、やっぱり好きだな、って思う。 ああ。 言いたいな。 御剣、ぼくはおまえが好きだって。 何度だって、言いたくなるんだ。 「うん、じゃあ行こうか。」 真宵ちゃんの紹介してくれたアイス屋は、意外とシックな大人の雰囲気の店で、 ぼくと御剣も、そんなに居ても違和感はなさそうな感じだった。 席に座って、頼んだ色とりどりのサンデーアイスを食べながら、御剣と取り留めのない世間話をする。 話の半分は御剣の仕事と趣味の話だ。 そうしてアイスを食べ終わったころ、ぼくのミッションは始動する。 「うム、では真宵くんと春美くんに――…、な、なるほどうっ!? み、見たまえ!!!」 「え、なに、どうしたの御剣?」 取り留めのない世間話をしているところに、イキナリ彼が現れたら、きっとこのデートは印象に残るよね。 ぼくは法廷に立つ時のようにニヤリと笑う。 少年のように瞳を輝かせて、喜びを隠せないような顔を見せるのは、やっぱり彼に会った時だけなんだな。 御剣は、目の前に突然現れた彼に、 「さ、サインをいただいてもいいだろうか。成歩堂、すまないが少し席を外すぞ」 なんて、ぼくの予想通りの言葉を言ったんだ。 「…ぼくじゃ、トノサマンには勝てないよね――」 まあ、中身は、やっぱり矢張なんだけど。 それはもうちょっと、ナイショにしておこう。 |