おれは少しだけ、太陽が嫌いになった。




A white rose shakes for wind






橋の下の階段を下りると、


いつもは週末にしかいる筈のない、お前とおれの秘密基地は、明かりがもれていた。







お前はおれに会いたい時に、ガレーラカンパニーの門をくぐる。

それは太陽の照りつける昼間で。

解体屋のお前は、資材を売る名目で、おれに会いに来る。

おれはそんな時、秘書に休憩を与えて。

四角い部屋の中、お前と二人になろうとする。

おれはそれとなくいつもの台詞で、仕事の話をお前とする。

それはすぐに済んでしまう話で、10分程度で終わる。


おれはまた自分の机に向かい、カリファに言われた書類に目を通す。

お前はずっと、おれを見てる。

ただ、見てる。



その腕がおれに伸びることは、ない。



そんな時のおれの心情を、こいつはわかってやってるんだろうか。



「解体屋が社長と仲良くしてちゃあ、しょうがねーからな。」


それと同じ内容の台詞を、投げかける前に――投げられた。


ああ――そうだ。


昔とは違う。

そりゃ、昔だって仲が良かったわけじゃねエ。

ただこのバカの髪を。

…この手で、お前の柔らかい空色の髪に触れる事も、できなくなった。


それが、どうしようもなく、おれの胸を締め付けた。




だから。



おれはお前に会いに、秘密基地のドアを開ける。

それは決まって月の明かりに照らされる夜間で。

市長で、社長のおれは。

だけどなんの名目も持たずに、お前に会いに行く。

もしもそれに名をつけるなら。


――昔に、戻りたいから?



ここにいる時のお前とおれは。

ここにいる時だけは。

兄弟子と弟弟子、で、いいんだろ?



なあ知ってたかフランキー?

お前がここにいるの、週末だってわかってるのにな。

週に3回は、ここに明かりがついていないか、おれは見ているんだ。


それは決まってお前が昼間に会いにくる時だ。


おれに、お前に触れたいという衝動を起こさせた、お前のせいだ。


きっと――おれの方が、お前を好きだ。









「ンマー、何してんだてめェ?」



ここはおれの居場所でもあるからと言って、鍵を作った。

だからおれはインターフォンも鳴らさずに、ここの扉を開ける。

いつもは週末にしかここにいないお前。

いつもは週末にしか扉を開けないおれ。


――今日は、


「アイスバーグ、今日は日曜じゃねえぞ??」



ああ。お前に会いたかったから、来てんだ。


「んじゃあ帰る」
「!!待て待てッそん位で機嫌悪くすんなアホバーグ!!」



機嫌なんか悪かねェよ。

少しはわかれ、バカンキー。




そうだ、おれは。

お前にそうやって抱きつかれたくて。

来てんだからよ。




「おつかれ」
「ンマー…、お前もな」
「あ、もしかしておれが恋しくなったか?」

――!!


フランキーは。
――ごくたまに、的確に図星をつくようになった。



「――殴るぞ」

おれがそんな時、どんな気分でいるか、こいつはわからねェだろう。

「…おれは、恋しかったんだけどなぁ」
「っ!?」


ああ、それでいい。

おれはお前に抱かれたいんだ。

何度だっていい。

どう思われたって、いい。

こうやってお前はおれを抱けばいいんだ。




「――我慢できなくなったか、アイスバーグ?」
「そりゃてめェだけだバカンキー、さっさとするならしろ」







『愛してる』

なんて、いらねえから。

必要だなんて、言わなくていいから。


おれとお前が存在してるこの時間。

全てお前と一つになって。

混ざり合って。


宇宙から魂が消える瞬間でも笑っていられるように。




今のお前を、おれにくれ。



そうして、お前はひとり、生きてくれ。


――おれはもう二度と、お前を喪いたくねェんだ。




「シャワー、浴びるか?」


その声で現実に戻された。
なんだ、なんつった?

シャワー、か。


「…、珍しいな。いつもは後のくせに。じゃあ先に入って――」


おれよりも厚くなった胸板に手を伸ばす。

しかしらしくねェな。

つうか自分からどこうって言う意思はねェのかこいつは。


ん?

あ。この目。


一度だけ、見た事があるな。


「一緒に、入りてエのか?」


はずれか、あたりか、どっちだ?




「…わかってんなら、聞くんじゃねーよ。アホバーグ」




――あたり、だな。



ったくお前ってヤツは。

昔から、素直じゃねェなあ。

お前の頭ん中なんか、読める訳ねえだろう?

勝手に顔が笑う。


しょうがねえ、おれはコイツが好きだから。

そんなツラされたら。笑うっきゃねェだろ?








「フランキー、自分で洗える、動くんじゃねェ」

よくもまあ、この狭い浴槽ん中、男二人入れたなあ。

…まあほとんど電気消して抱き合う事もねえから、今更見られて困る所なんか、ねえはずなんだが。

雰囲気が違うだけで、勝手に心臓がドクドクいってる。



「これ、この前おれがつけた跡だな。いつもは大体消えてるからよー。なんか、新鮮だな」

フランキーは遊んでいるかのようにおれに触れてくる。

興味本位のその行為にさえ、

おれは、――感じている。


「くすぐってえっつうんだ、やめねェか、バカ」


――こんな時だけ感じる、背徳感。

本当におれはどうしようもねえ男だ。

やめろと言いながら。

触れてくれと、心叫している。




ふと、視線を落とした。


「なんだ、泣きそうなツラしてんな?」



こいつは本当、昔から少しも変わってねェ。


寂しくておれの背中に抱きついてくる所も。

本当に欲しいものを欲しいと、言えねェ所も。

泣いてるくせに、泣いてねえと言う所も。




ずっとお前を見ていたおれだから――わかるんだぜ?


懐かしさに思わず、髪を撫でていた。

ここにいる間だけ、触れられる空色の髪を。


何度も、何度も、撫でる。



「ハズレたな市長さんよ、こりゃ、泣かせたいツラだ――」



――、ああ。


そうだ、わかってる。




『解体屋が社長と仲良くしてちゃあ、しょうがねーからな。』




けどよフランキー。

頼むから、ここにいる間だけは。



夢でも幻でもいいから。


互いを喪う前のおれ達じゃあ、駄目か?






「…名前で呼んでくれ、フランキー」


壊したいのに、壊したくなくて。

おれはただ、目の前のそいつを抱き寄せていた。

少しだけ、鉄の匂い。



「てめェだけは…、おれを――」



社長でも市長でもない、おれの。


おれの名を、呼んでいてくれ。




「アイスバーグ」


なあ、おれが死んでも、    「…もっと」


「アイスバーグ」

花を飾る墓が無くても。    「…――、あ」




魂なんて残らないとしても。



ずっと、


おれは、お前の側にいるから。  「フランキー…、」



お前だけを。愛してるから。




お前は、おれを呼んでいてくれ。



「愛してる、アイスバーグ」



それは――言うなって。



ここは浴室だから。
頭ん中にその台詞だけが響いて。

おれも言ってしまいそうになる。




太陽の照りつける昼間には、おれに触れてこないお前の腕、指。




触れて欲しいと伝わりそうになるから。

視線を合わせられない、市長で社長の、おれ。



ああ、兄弟子のくせに、

情けねえくらい、今おれは。

このままずっとお前の腕に抱かれていたいと思ってる。




フランキー。




聞かなくていいから、聴いてくれ。



もうどうしようもないくらいに、昔から。



おれの方が、お前を好きだ。

だからおれを――。

もう二度と、一人にしないでくれ。









おれは少しだけ、太陽が嫌いになった。

それなのにお前の髪からは。

照りつけるそれと同じ、



太陽の匂いがした。