おれの恋人は、34歳で


 市長で
 社長で
 野郎共にばっかモテてて、
 変な髪形で
 髭面の、
 元兄弟子。


 どんなにおれが愛を伝えたってこれっぽっちも返した事ねえし、

 頑固で
 意地っ張りで、
 寝起きが悪くて、
 似合わないタトゥーがあって、

 口が悪くて、
 つうか変な口癖があって、
 
 目つきが悪くて、


 それから、



 それから。






 ――誰も知らない。お前の恋人は、おれだ。







A white rose shakes for wind






「ンマー…何してんだてめエ?」



 玄関から入って来てここへたどり着くまで約30秒。


「アイスバーグ、今日は日曜じゃねえぞ??」

 こいつがいつも来るのは、決まって週末。
 おれがここに来るのも、決まって週末。
 別に電話した訳でもねえし、日曜日はここに集合だと言ったわけでもねえんだけど。


 結局の話、週末にここで抱き合うだけの、関係――――だ。
 本当はもうちっと…甘い関係になりてーんだけど、ガラじゃねえし。
 つーかアイスバーグといると、喧嘩ばっかだしよ。

「んじゃあ帰る」
「アウッ!! 待て待てッそん位で機嫌悪くすんなアホバーグ!!」
 
 どうやったらこんだけ短気に育つんだ。まあ昔からだけどよ。
 おれも人の事言えねーけど。

 本当はいつだってその頬に、身体に触れていたいのに。

 おれはぎゅう、とアイスバーグを抱きしめる。

「おつかれ」
「ンマー…、お前もな」
「あ、もしかしておれが恋しくなったか?」
「――殴るぞ」
「…おれは、恋しかったんだけどなぁ」
「っ!?」

 すぐに床に押し倒す。
 最初は頑固だったこいつも、3度4度肌を合わせる内に、あんまり抵抗しなくなった。
「――我慢できなくなったか、アイスバーグ?」
「そりゃてめェだけだバカンキー、さっさとするならしろ」
 自分のシャツを肌蹴させて、カチャカチャとベルトを外したアイスバーグは、おれの首に腕をかけた。



 愛してる、って言われるのはまあ諦めたんだが。

 やっぱりちょっと、切なかったりするよな。

 その真っ青な瞳に捕らわれる度、想う。

 そのまま、こいつの心まで透けて見えたらいいのに。


「シャワー、浴びるか?」
「…、珍しいな。いつもは後のくせに。じゃあ先に入って――」
 そう言いながらアイスバーグはおれを押しのけようとする。
 やっぱアホバーグだな、本当はおれの行動パターンなんか、読めてるんだろ?
 なのにおれが行動するまで、こいつはあえて驚こうともしないし、嫌がる素振りも見せない。

 おれと違って、計算高いからな、アイスバーグってやつは。


 ――本当はわかってるんだろ?

 だったらおれは、言ってやらねえ。



「一緒に、入りてエのか?」
 最後まで押しのけられると思ったおれの意思に反して、アイスバーグの指がおれのシャツの裾を掴んだ。

「…わかってんなら、聞くんじゃねーよ。アホバーグ」



 こんな時におれに向けるお前の笑顔だけ、おれの中でずっとずっと輝いてる、一個だけの宝石。

 昔は毎日見れたから、磨くことも宝箱にしまう事もしなかった。


 こんな風に、たまにしか見れなくなるなんて、思わなかったんだ。



「フランキー、自分で洗える、動くんじゃねェ」
「これ、この前おれがつけた跡だな。いつもは大体消えてるからよー。なんか、新鮮だな」

 おれは湯船につかりながら、身体を洗ってるアイスバーグのわき腹に触れた。
 首筋は、最初つけたらめちゃくちゃ怒られたから、それ以来つけてねえ。
 胸の側、太ももの内側。
 足首、背中――それからタトゥーに。
 
 これがおれのもんなんだって、――そんな愛の証。

「くすぐってえっつうんだ、やめねェか、バカ」
 
 イヤがってねえ時の声、表情、動き。

 ほらな、アイスバーグ。お前はこんなにも、昔のままだ。

 16でおれと出会った時のまんま。
 
 お前の気を惹きたくてバカばっかりやってたおれだから、わかるんだぜ?

 おれ――もう、お前を、傷つけねぇから。

 そう胸の中でだけ、誓う。

 おれの作ったものは、お前を傷つけてばかりだったから。
 おれは普段泣かないお前を、泣かせてばかりだから。
 おれの存在はお前を、お前じゃ無くしたから。

 だから。


 あの時間の中、ただ自分に誓った事を、絶対におれは実行する。

 お前が一人だけ全部被って、トムさん所行こうとするなら。
 おれはそれを阻止して、だけどお前から離れる気もねえ。

 おれはおれ自身を作ったから。
 
 おれはお前を守るおれを、作ったから。

 だから――、おれの腕の中にいてくれ。

 ツクリモノのこの腕だけど。

 ツクリモノのこの身体だけど。

 



 おまえを思うおれは、作り物じゃねえから。

「なんだ、泣きそうなツラしてんな?」

 本当に苦しくて悲しくて泣いたときに、そっとおれの髪を撫でた、昔のお前。

 今おれの髪を撫でてるお前を、ただ。

 好きで、ただ…好きだ。


「ハズレたな市長さんよ、こりゃ、泣かせたいツラだ――」

 この心のまま、それでも優しくできないおれを。

 絶対に許せない存在のおれを。

 それでもお前、拒絶しねえんだ――。


「…名前で呼んでくれ、フランキー」


 髪に伸びていた腕が、そっと下りてくる。

 そのまま引き寄せられれば、鼻をつく石鹸の香り。

「てめェだけは…、おれを――」


 ああ、わかってるよ。 「アイスバーグ」

「…もっと」

ごめんな? 「アイスバーグ」

「…――、あ」

 んな台詞言われて、大人しくしてるようなおれじゃねえ事も、お前、わかってんだろ?


 ――なのにいつもと違うお前に、何があったのか想像もつかねえおれは。

 ――やっぱりお前より、バカだな。



 そのまま湯船に引きずり込んで、宝石を濡らして。

 髪を、身体をおれ色に染めて。

 怒られるってわかってんのに、首筋に何度も、唇を寄せた。








おれの恋人は、34歳で。


 市長で
 社長で
 野郎共にばっかモテてて、
 変な髪形で
 髭面の、
 元兄弟子。

 どんなにおれが愛を伝えたってこれっぽっちも返した事ねえし、

 頑固で
 意地っ張りで、
 寝起きが悪くて、
 似合わないタトゥーがあって、

 口が悪くて、
 つうか変な口癖があって、
 
 目つきが悪くて、



 そんな。



世界で一番綺麗な、おれの宝石。




だれにもやるつもりはねえよ。




だって一番輝かせられんの、おれじゃない。


おれは、


――誰もが知ってるお前の、恋人。