この声をあの馬鹿に届けてはくれねえか、風よ――。



アクア・ラグナの影響で湿り気を帯びた生ぬるい風が、頬を撫でている。

眼前に広がっている光景は、ロケットマンの走り出した蒸気で、煙で白く雲っている。

薄れて行く視界に、石の壁と線路が映る。


おれは、初めて、今――少しはお前の気分を味わっているんじゃねえかと思うんだ。フランキー。



風と共に去った青へ、偽りの慟哭。





ココロさんも、ヨコヅナも、チムニーも、ゴンベも。

麦わらの一味、ガレーラのパウリー、ルル、タイルストン、そして――お前の仲間が、お前の元へ、向かったぞ。

ああ? 大丈夫だ、格好悪いところを見せちゃいねえよ。 

――バカは放っておけねえもんだ。
そんな風にココロさんに言ったらな、笑ってくれた。



本当にまったく、お前は――そういう所は変わらねえんだな。

何度おれに、こんな思いさせりゃ気が済むんだ、このバカンキーが。

心配なんか、してるワケねえだろう。

…バレてる、か。 

そうだ、今のは嘘だ。まあ、つく必要もねえ。


さっきな、グルグルになった思考の中で、ずっとお前を想っていたよ。

――フランキー…、てめえ…無事なのか……!!?

そればかり何度も何度も何度も繰り返した。

お前からの答えなんざ、返ってくるはずもねえのに、だ。



なあ。

過去への扉を、少しだけ開けてみたんだ。

カティ・フラム。 フランキー、お前がトムさんを乗せていった海列車へ向かっていった日と。

ココロさんが、酷く酒に溺れるようになった日の事を。

そうすると、だ。

額に汗が滲んでよ、心臓がドクドクと鳴りやがる。



四年前。お前が現れた時から、感じる事の多くなった感覚だ。

――また、お前を失ったら。

そう、考える時に、おれはいつもこうなっていたな。

声に出さなくても、フランキー、お前は気付いて。

おれはそれを、否定ばかりしていた。 


――また、お前を失ったら、おれはそれに耐えられるか?


一度失った存在を、またおれは失うんじゃねえかって。

その為に設計図を託して、お前を島から追い出して。



そうしなくてはいけなかったおれ。

それを、させなかったお前――。



バカンキー、その結果がこれじゃねえかよ。

聞けよ、これだけでいいから、聞け。

「……、ごめんな、フランキー」



言えなかったじゃねえか、一度も。一度もだ。

許してねえとか許さねえとか、そんな事ばっかでよ。


おれ達は、逃がさない為に互いの身体をがんじがらめにしてよ。

言葉も無く、それから逃げてただけじゃねえか。

それを言ったら、お前を放さなければいけねえんじゃねえかって。

そんな事ばかり考えて、気がつけば夜になり、また朝が来て――。


ココロさんやヨコヅナには、心配ばかりかけて、すまねえって何度も言っていた。

トムさんにも、お前を離せない事を――何度も懺悔している。 祈る祭壇さえ、ここには無いけれど。




お前はいつだって、おれには出来ない事をするな。

あの――トムさんが連れて行かれた日に、おれは駆け出す事ができなかった。

お前は、血だらけで列車に向かって行った。


もしも今、おれがお前と逆の立場だったとして。

お前はおれを追いかけただろうか。


ほら、おれはそれが出来ていない。







何の為にお前がこの島に残ったのか――おれはわからないままにしている。


そうじゃねえと、また、あの日に戻っちまうから。

お前を、失った日に――トムさんの夢を叶える事だけに、おれは日々を費やす事を決めた。

まだ、大手を振るってトムさんに、この街を見せられる程、おれは何もしていないけれど。

あの、お前が――現れた日にな。

街の復興だけを考えていたおれに。

心から笑うのを必要としていなかったおれにな。

笑顔が戻ったと、ココロさんは言った。 

部下にも、親しみやすくなったなんて、言われた。



――おれの中にずっと眠らせていた『お前』。


眠らせておく事で、立ち上がり歩く事ができていたんだ。

お前を許さない事で、お前を愛している自分を考えない事で――おれはきっと、そうできていたんだと思う。



もうおれは、それをしねェ。



おれは、初めて、今――少しはお前の気分を味わっているんじゃねえかと思うんだ。フランキー。

おれは、結局は独りになった事がねェ…。

ココロさんもヨコヅナも、おれも、トムさんも――いない中、お前は生きていたんだろう、お前の中にその四年間があるんだろう?


そんなお前に、おれは――、また『ひとり』になれって、そう叫んだんだったな。

この島を出ろって、叫び続けていたんだな。


それでも、できなかったクセによく言うと自分でも思うんだが。


おれは、お前に、この空の下、どこでもいい。

お前だけは、この青空の下いつまでも、あの笑顔でいられるように。

ひとりでも、笑って――生きていてほしかったんだ。





さっき、な。

本当は笑えてなかったかもしれねェ。

ちゃんと、ココロさんに、すまねェって言えてなかったかもしれねェ。


悪い、嘘が下手になったらしい。

お前につくのは得意だったのにな。


――お前を、一緒に追いかけたかったなんて――

「嘘、だからよ。」








この声を、あの馬鹿に届けてはくれねえか、風よ――。