Let's love for love
「ルッチぃッ!! カクッ!! おまえらもこっちで飲めよ、なぁ!!!」
 ブルーノの店の中に響く、酔っ払いの叫び。
「――お呼びがかかったようじゃ、ルッチ」
 カクにそう声を掛けられ、ルッチは現実に引き戻される。
 一瞬見せたルッチの表情に、カクが絶句している事に、当人は気付いていない。
『飲みすぎだぞ、ポッポー』
 ルッチはカウンターでアイスバーグの隣に鎮座している恋人に、そう呟いた。
「いいーんだよぉ、ね、アイスバーグさん〜」
「……、ンマー……、ココロ、さ、…ふ…らん…と…さん」
 パウリーが上機嫌でそうアイスバーグに話しかけたが、そのままガレーラの社長は、カウンターに突っ伏した。
「限界じゃの。 ワシが送っていく――そっちは頼んだぞ、ルッチ」
 カクはその身体のどこにそんな力があるのかと思うくらいに、軽々とアイスバーグの腕を自分の肩に回し、店を出ていった。
『まかせろッポー』
 そう言いながらルッチはカウンターに近づいていった。
「んん〜るっち…おまえも、飲め、ってぇ〜」
『いいかげんにしろ、ヨッパライ』
 ポカ、とパウリーの頭をルッチは軽く小突く。
「…今日お前、告白、されてたろ」
 突然のパウリーの台詞に、ルッチの身体が一瞬硬直する。
『いつもの事だ』
「ムッカツクやつぅ〜…。 すげー、かわいい子、だったじゃん」
『何が言いたいんだッポー』
 パウリーはルッチに不意に抱きついた。
『!? 店の中だぞ、パウリー』
「関係ねーもん…、ルッチはおれのだ…」
 そんな独占的な台詞ひとつさえ、ルッチには心地いい。
 他人からの好意など煩わしいとしか思わなかったが。 ことパウリーに関しては別らしい。
 一瞬頬が緩みそうになるのを抑えつつ、ルッチはパウリーの髪に触れる。
『いい加減にしろ』
 そしてぎゅう、と髪を掴み、引っ張った。
「いッ!? 痛い痛いって!! 離せよルッチ!!」
『こっちの台詞だ、さっさと離せ』
 観念したのかパウリーはルッチから離れ、痛む頭を押さえた。少し涙目だ。
「あー、酔い、覚めちまっただろ〜?」
『丁度いい、さっさと一人で帰れ。おれはもう帰るッポー』
 ルッチがそう言ったとたん、彼の身体にまた犬がしがみ付いてきた。
『今度は殴るぞ』
「離さねーもん。帰さねーもん」
『………、しょうがねえヤツだ』
 ルッチは軽く溜息をつくと、パウリーの痛む頭をそっと撫でた。
 三分後、ブルーノの視界に映ったのは、店を出る二人組の金髪と黒髪。
 金髪が一方的に寄り添う姿が、彼を苦笑させた。
 暑くて、熱くて、頭がどうにかなりそうな深夜一時の、狭い寝室で。
 さらに熱い男が、自分の身体を揺さぶっている。
 ルッチは酒の味のするキスに何度も応えつつ、相手の身体を引き寄せた。
「…、る、っち…ッん…ルッチ、いいか?」
『――ッ、ん、…ッく…ッッ!!!』
 ルッチは、パウリーと交わる時間に声を出さないよう、口を噤むようにしている。
 それがパウリーには切なくある事で、腹話術の声でもいいから、聞きたいと何度もルッチにそう言った。
 答えを返す事ができないルッチに、パウリーは口付ける。
 いままでもそうだったのかと聞かれ、お前だけだと半年前ようやくそう言った。
 意識してそうしないと、ルッチは自分の声で、愛しくこの男の名を呼んでしまうから。
 腹話術の声で喘ぎ声など、出せるか、と本当は頬でも引っ張ってやりたい。
 
 ようやく自分の上で落ち着いた男に、そっと台詞を投げかける。
『…は、っは…知っているか、パウリー』
「――、え、何、だ?」
『セックスの時に相手に気持ちいいかと聞く男は、自信がねえからだそうだ』
「グワッッ!!!」
『お前よく聞くよなァ…?』
 ルッチの上でパウリーは赤面し、ルッチの肩を掴んだ。
「しょッしょうがねえだろ!!そんなハレンチな事誰から聞いたんだ!?」
『流行の少年向け雑誌に書いてあった、とカクが言っていたからな』
「んなの嘘だ!!!」
『あと、煙草より葉巻を好むヤツは、童貞だった期間が長い――とも書いてあったらしい』
「もう言うなって!!おれはお前が初めてだったんだってわかってんだろーが!!」
『…く、…ふ、はは…』
「笑うなぁぁ〜〜〜!!」
 この男が、愛しくてしょうがない。
 自分の存在意義さえ、生きている理由さえ、全部消去して。
 この男との時間だけ、残ればいいと、ルッチは頭でそう思っていた。
 酒場で念を押してきたカクの言葉が、胸に残る。
 深入りをするなと、言われなくても何度も自分にそう言い聞かせようとしていた。
 それなのに、今自分を優しく抱く男が。
 ルッチの腕を掴み、自分へと引き寄せ――堕としてゆく。
 底のない沼のように、この男には終わりは無く、どこまでもルッチを引き込んでゆく。
「なあ、ルッチ…」
『なんだ』
「ずっと、一緒にいような」
『――――――』
 ああ、そうしたいと答えられない自分がどうしようもなく滑稽に思えて。
 そうしたいと思う自分があまりに愚かで。
 笑いながら、ルッチは嘘を吐く事もできず。
 小さく、頷いた。
「へへ〜…、じゃあ、もう一回。 ……つーか、なあ、おれってへたくそ?」
『テクがある方じゃねえな』
「――グサっとくるな、それ」
『…それだけじゃねえ、この行為の意味は』
「なんだ、それ?教えろよ」
 澄んだ瞳の中映る自分が、笑っている。
 この笑顔は、本物だろうか。
『解るまで、抱けばいい』
 それはルッチにもわからない。
 テクニックやムードや時間だけでなく、己の想いを押し付ける為だけでなく。
 この行為には意味があるのだと、つい手に取った雑誌に書いてあった。
 そんなものをこの年になって読むのも抵抗があったが。知りたくて目を走らせたページに。
 冗談のようにふざけた書体で書いてあった二文字。
 それがこの行為の意味や理由だと言う事が、ルッチにはわからなかった。
 だが、パウリーに抱かれる度に胸中を占める感情が。
 とてもそれに酷似している気がして、同時に恐怖を覚えた。
「ルッチ」
『?』
「、わかんなくてもいい」
『…そうか』
「おれ、お前を抱いてると、幸せだし、お前も…そう見える」
『…自意識過剰だ』
「お前、ちょっとだけ苦しそうだけど、たまに幸せそうに笑うから」
『…』
「だからおれは、お前を抱くんだ、と思う」
 もし、自分を抱くパウリーの胸中に、この感情に類似したものがあるとしたら。
 自分は一生この男を忘れる事が出来ない気がして。
 ルッチは足が竦む感覚を覚えて、自分からパウリーに口付けていた。
 夜風が、絡み合う二人だけの部屋に、吹き抜ける。
 それが、二人の間を分かつように、感じて。
 まるで子供のように、ルッチは目の前の身体にしがみ付いた。
END