――「だったら逃げんなよ」

踊りだしたくなるようなこの想いが、どうして目の前の男には届かないのだろう。


「(どうしてこの声を、お前に伝えることができねえんだろうな、パウリー…)」

――「どぉして、お前は逃げてばっかなんだよっ!!!」



――それはきっと、お前が俺を追うせいだろう。







、その夜から丁度1ヶ月後、この社は紅蓮に染まる。



『花月早々』



ただ、包み込んで欲しかった。
その温もりを味わうことがなければ、望む事も知りえる事もなかったのに。

「好きだよ」  (やめてくれ)

「愛してんだ」  (頼むから)

「ずっと――  …   (そんなもの俺は望んじゃいねえ!!!)







「…うわぁあああっ!!!」


素っ頓狂な声によって目を覚ました先には、見慣れた金髪。

『…、パウ…リー…』(なんだ夢か…)
「――び、びっくりした…」
『それはこっちの台詞だッポー』

聞きなれた声、慣れしたんだ肌の感触。

朝光の中眩しく目を射してくるザンバラ髪。 そしてガラス球のような、子供のままの瞳。
「だっ…だってよ、今すげえ嫌な夢見たんだって」

そして、その容姿に見合わない子供じみた台詞。
『それで、どんな夢なんだ?』


視界に点々と映る、壁の染み、カーテンさえない窓。

「…言いたくねえ」


らしくもなく口を噤んだその男の真意など、俺にはもう関係ない。

裸のまま抱き合っている男との別れが迫っている。

今自分がどうしてこんな状況に陥っているのかも、よくわからないが。

手を伸ばすとそこに触れる事ができる。
「ルッチ…?」


『―― ずっと、言いたかった事がある』

「え…?なんだよ」

お前がそうしてはぐらかすなら、俺もひとつ、謎かけを残そう。


ひとつひとつ数えて。

ひとつひとつ、忘れて、


最後俺は、コイツを忘れる事ができるのだろうか。



なあ、この台詞をお前、忘れるなよ。



ひとつでいいから。

お前だけは俺を覚えていろ。




黙り込めば恐らく。
「なんにもお前、おれには言わねえのな」

そう、何度か聞いた言葉だ。 ボキャブラリーの少ないパウリーは、同じことを繰り返す。

『知る必要はない。言ったろう、理由など、求める事になんの意味がある。 ここでこうしているだけでは、お前は満足できないのか』

そうして俺も言葉を選ぶのが得意でない事を実感する事になっていく。


幾度も幾度も。唱えて。

幾度も幾度も…願って。


一体何を、祈っていたのかさえ、俺にはもうわからん。



――『タイムリミットが近いそうじゃ。 お遊びは終わりじゃの』

…うるせえ。


――『私はこの街、結構気に入っていたから、被害は最小限にしたいのだけれど』

…どうだっていい。


――『ルッチお前…呑みすぎだ。自分を見失うぞ』



… 俺、俺とは誰だ?  誰だっていい。 俺が誰だって…――


「なあルッチ、春になったらさ、みんなで花見行こうぜ」




『(パウリー、おれに訪れる季節はきっと、いつだって雪の中だけだ)



―― ああ、花が咲いたらな。』
「なに言ってんだよ、咲くに決まってんじゃん」

俺とお前を隔ててるのはきっと、そういうものなんじゃないかと、俺はたまに思う。


…その笑顔、俺だけのものか?…

予行演習のつもりで、幾度か俺は、姿を消す。
そうでもしなきゃ、この男と出会い、過ごした日々を、ちいさく…

小さくちぎって捨て置く事が、俺にはできないから。

夜の数時間。 パウリーが気付こうが気付くまいが関係はない。

あと半年か? 一年か? 何年後だ?

いつから俺は、「その時」 を願えなくなった?



『…咲く事はない。』
ああ、今夜で何度目だったか。共にいるはずの部屋から俺が、遊びのように抜け出すこの行為は。

夜風が温く、身体に当たってゆく。

(一回二回…、七回ほどか)


なぜ俺は、笑っているのだろうな。

白くも黄色くも感じる光を見上げる。
こんな風に月を見上げても、星を、雲を見上げても。

きっと、パウリーは俺とは正反対の事を祈っていたんだろうな。

―― 気付きたくなど、なかったさ。

『もう、どうしようもないくらいに…お前なしじゃ、生きられねえ…っっ!!!』


脳裏に残る、陽炎のような残像と、声。

――「だったら逃げんなよ」


――「どぉして、お前は逃げてばっかなんだよっ!!!」

夢の中でさえ、おれたちは愛し合えないのか。
…否、俺だけがお前を愛せないのか。

――それはきっと、お前が俺を追うせいだろう。


――それはきっと、俺がお前を恋うせいだろう。




聞こえてくる風の音の中からお前を見つけ出せる気がして、愚かな俺の耳はお前を探す。
必死に耳を澄ましても、聞こえてくるのは、夜でも明るいこの街の喧騒だけだった。

建物を見上げ、ため息をひとつ。





うなされるお前が見た夢。


耳元で俺が囁いた台詞。

なあ、パウリー。

きっと遊んでいるかのように…花と月はただ優雅に舞い踊るだけだ。





END