ライオンは檻の中で、ぐるぐると、同じところを歩き回っている。
ついでに、トラも、ぐるぐると同じところを回る。
なんでかな、って思ってたら、動物番組で、それは暑かったりストレスが溜まっている証拠なんだって言ってた。
今、目の前では、ぼくの想い人、御剣怜侍が、同じように、ぐるぐると部屋を歩き回っている。ついでに言うと、小一時間はそうやってる。疲れないのかな。
あー…、とか、うーん、とか、呟きながら、癖である唇を触ったりする仕草つきで。
(どうしたんだろ、御剣。)
つまりは、御剣はストレスが溜まってるってことだよね。御剣に限って、仕事が上手くいってない、なんて理由じゃあ、ないだろうし。
…もしかして、ぼくの気持ちに気づいちゃって、どうやって断ろうか、考えているとか。そうだったら嫌だなあ。気づかれないように、必死に親友やってるのに。
ああ、こんな事考えているのって、本当に腹黒い。 やさしいとか、明るいとか、たまに真宵ちゃんに褒められるけど、
あれって多分表面的なぼくしか見えてないからだよね。
御剣にだけは、知られたくない、10年以上の、片思い。 嫌になっちゃうくらい、あきらめられない、ぼくの想い。
「ねえ、御剣」
ぼくの言葉に、今までこちらを見向きもしていなかった彼が、振り向く。
「…なんだろうか」
「なにやってるの」
「ああ…キミに聞きたいことがあるのだが、どうやって切り出していいのか、悩んでいたのだ」
…うーん、これって正解かもしんない。
ああ、困ったなあ。
ぼくはただ、大好きな君の親友でいられれば、それでいいのに。
そんな嘘を、つき続けられれば、それで、いいのに、ね。
「何だ、そんな事。悩む必要なんてないだろ、ぼくと御剣の間柄で。ほら、 なんだって聞いてよ」
にこにこと笑うぼくは、作られたボク。
本当は心の中では、もしもこの気持ちが御剣に知られていたら、どうやって誤魔化そうかって、考えているんだ。
…だってしょうがないじゃない、不安なんだもの。
毎日、毎日が不安。おまえがまた、いなくなるんじゃないかって、そのたった一つの不安の為に、胃を傷めたりしているんだよね。
ホント、おまえって罪作りだ。残酷で鈍感で、…繊細で臆病で、…だから、目を反らすことができないんだ。
ぼくの愛しい人。でもどうかそのままでいて。御伽噺のお姫様みたいに、純粋なままでいて。
――誰のものにも、ならないでよ。 王子様とのハッピーエンドなんて、…、必要ないだろ?
「うむ。そうだな。…成歩堂。――キミは…、好きだ、と想う相手はいるか。…いたとして、それは――…」
「…っ!?」
嘘だろう。本当に気づいてたのかよ。その後につづく言葉は、私だろうか、で決定だ。
御剣の鈍感っぷりは筋金入りだから、こと恋愛に関しては、例えぼくがとなりで寝ていようが、この気持ちに気づくことなんてないと、高をくくっていたのに。
「………私、だろうか?」
(やっぱりーーーーっっっ!!)
か、考えろ、考えろ、成歩堂龍一。
たとえばぼくが、ここで切ない顔で、そうだよ、なんて言って、見つめたら、8割がた御剣は困ったような顔して、すまない…とか、言うに決まっている。
たとえばボクが、ここで呆れた顔で、まさかあ、って誤魔化して笑ったら、10割がた御剣は嬉しそうな顔をして、すまない…とか、言うに決まっている。
どっちにしても、答えは同じ、でも――、応えはまったくの別物。
ああ、ひどいね神様。
ぼくのたったひとつの愛を、こんな形で彼に伝えなければならない、運命にするなんて。
ぼくの、この思いが。 …どうしようもなく卑怯な想いで塗り固めてできたものだからかな。
「…、成歩堂…、その、…やはり、聞いてはまずかったのだろうか。」
「――い、いや、そ、そんなことないよあはは」
シュミレーションは得意なほう。演技だってやろうと想えばカンペキさ、神様。
でもね。
少しだけ残った良心との葛藤。ああ、真実を言ってしまいたい。そうしておまえが困ってぼくから離れていく未来。きっと数秒でやってくるそれ。
…やっぱりムリだ。
だってぼくは、おまえよりもずっとずっと、残酷で臆病で、恋愛に関していい思い出なんてひとつもない、だめだめなヤツなんだから。
本当はスマートに告白なんてできない。本音でぶつかるのが、怖い。
なんでだろうね、裁判のときは、そんな風に思ったことないのに。対象が御剣ってだけで、ぼくはきっと異議さえ唱えられない。
「――やはり、言わないほうが、よかったな。忘れてくれ」
「……、」
「その、友人であるキミに対して、失礼なことを言ったな。謝罪す…」
「いいよしなくて」
「…?」
…なんで、おまえが謝るのさ。
ぼくがおまえを好きだと、ダメだっていうのか。それが失礼だっていうのか。…謝罪の対象だって、いうのかよ。
ふつふつと湧き上がってくる感情を、抑えられない。これはなんだろう、御剣が好きな、はずなのに。…とっても、苦しい。
「謝罪なんていらない。だって…ぼくは、おまえが…、御剣が好きだから」
…たとえば、万が一ぼくが御剣に告白する機会があったとして。その時に言おうとしていた台詞とは、まったく違うものになった。
出来ればスマートに、いいムードのときに、甘く、そうする予定だった。
それが、この、険悪なムードの中、自分のカッコはよれてきたスーツで、ソファにごろんと寝転がりながら、おまえを見上げて言っていた。
どっからどうみても、最低のシチュエーション。
御剣の瞳が見開かれて、ぼくの方をじいっと見ている。 なんて言ってくるんだろう。
ああ、振られるのかあ。立ち直れるかなあ、ぼく。――まいったなあ。もうすでに泣きそうなんだけど。
「…なる、ほ、どう…?」
「気持ち悪いでしょ? ごめんね、御剣に信頼されている親友のボクは、おまえに邪な考えを持ってる、どうしようもない、男だよ。
――ずっと、前からね。そもそも…おまえに会いたくて弁護士になったっていう時点で、なんだかそれっぽいって思わなかった?」
さらさらと、こぼれていくのは悲しい言葉の数々で、ぼくはぼうっと、フローリングの床にそれが落ちてってるんじゃないかな、なんて事を考えていた。
だって怖くて、御剣の顔、見れないから。
友情まで壊しちゃった。ぼくってほんと、ダメなやつ。誤魔化せたのに。逃げられたのに。なのに、どうしようもないほど、…ぼくはバカだ。
「…そんな、…昔、から…なのか」
「っていうかもうすでに多分、小学生の時点で御剣にほれてたよ。まあ、さすがに当時のぼくも、気づいてはいなかったけどね」
はき捨てるように言って、居た堪れなくなって、立ち上がる。
さっさと家へ帰ろう。…そうして頭を冷やそう。
「成歩堂、どこへいくのだ?」
「帰るんだよ。おまえだって、ぼくと一緒にいたくないだろ」
「…、…っ私は…!」
「いいよムリしなくて。…覚悟、してたからさ。ちゃんと、―― 嫌われる、覚悟。」
へらっと、御剣の目は見ないで、顔だけ向けて笑って、手を振る。
あーあ、
あーあ、…、手、震えちゃって、かっこわるいね、ぼく。
好きだなあ。
だって、好きなんだもん。
御剣怜侍が、好きで好きで、たまらないんだもん。
「成歩堂!!」
「…っえ…?」
えっと。…なんだろう、今のぼくの状況は。 なんだか混乱しているから、1つずつ、解決していこう。
とりあえず、御剣がぼくを呼び止めた。ついでにぼくのスーツの裾を掴んで、そのまま腕を掴んで。
それから、背中から、抱きしめている、みたい、なんだけど。
呼び止めるにしては、やりすぎじゃないかな、御剣。
「――…、バカモノ、…、何でそうキミは、1人で勝手に突っ走るのだ」
「、だ、だって、…っていうか、いやじゃないの、そんな、ぼくに触れて」
「何が嫌だと言うのだ」
「だから、おまえはノーマルだろ。男のぼくに告白されたって、困るだけだろ?」
自分で言っていて、苦々しくなる。
「キミだって、ゲイではないだろう。女性と付き合っていたではないか、小学生の時だって、女の子が好きだったろう」
「それはそうだけど…、でも、」
「まあ、この際、性別などはどうでもいい」
「いや、いいのかよっ」
「時代遅れだな、成歩堂。そんな事では弁護の時に理解がないと、依頼人に逃げられるぞ?」
「…わかったよ、誤魔化したいんだろ。ぼくの告白、なかったことにしたいんだろ。」
「違う」
「いや、違わないね。けど、ぼくは御剣が好きだから。おまえがなんと言おうと、それは変わらないから」
「――…では、なぜ、逃げる?」
「なぜって…だからさっき説明しただろ」
「…私は、キミを嫌わない。」
「けど、好きにもなってくれないだろ? もちろん、恋愛の意味でね」
自分の口調はどんどんと、ひどいものになっていくけど。
背中から伝わる、御剣の体温が気持ちよくて。
ああ、どうせなら、正面から抱きしめたいな。そうして、キスをしてみたい。
「…だから、キミは、…どうしてそうひねくれて――、まあ、いい。」
ああ、今度はなんだよ、御剣。
ああ、なんだ、キスか。
まったく、こんな触れるだけのキスじゃ、僕は満足しないよ?
「…こうすれば、少しは伝わるだろう?」
耳元でそう聞こえて、ようやく我にかえる。
キス? ぼくと御剣が? なんで?
「――なに、してんの、御剣」
「…ふむ。面白い顔だな、成歩堂龍一、ハトがまめ鉄砲をくらっているぞ」
「…………………あの、一言、きいていい?」
「ああ、かまわん」
「もしかしてぼく、なんかすっごい勘違いしてないかな?」
「そうだな。…まあ、…っ…ん…!」
ぼくが好きな御剣怜侍。
とても、きれいな髪の色をしている。
色が白くて、きめ細かい肌をしている。
鋭い目つきで、事件を推理して真実を追究する、瞳をもっている。
服の趣味はぼくには理解できないけど、でも、着こなせるのはおまえくらいだって、思ってる。
耳に届く声はいつも自信に溢れていて、法廷に響く音をしている。
みんなに信頼されている、天才検事。慕う部下もいる。
顔は言うことがないくらい整っていて、老若男女問わず、魅了し続けている。
それなのに、妙に抜けていて、世間を知らないところがあって、
トノサマンに憧れていて、正義の味方を目指していて。でも、その道を一度踏み誤って。
―― 戻ってきてくれた、今はもう、昔ぼくを信じて救ってくれた、
…大好きな、御剣怜侍だ。
「…、…、だいすき、御剣……だいすき、…すき…、おまえが、すきだよ、…っみつるぎ…」
「――…、ああ。…、成歩堂、…私もキミが、」
ねえ、神様。
あんまりにも片思い期間が長すぎて、捻くれてしまったぼくだけど、御剣への気持ちは、本物です。
だから、この笑顔がずっと続きますように、消えませんように。
「…、…泣くんじゃない」
「…うん、…」
「私は、とてもキミが好きだ」
御剣の美しさが、ぼくのせいで、少しでも穢れませんように。
幸せな勘違い論。
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