深紅に染まるは空。

 真紅に染まるは彼。

 真紅に染まるは己。


 深紅に染めるは、心。





 
エゴイスティック・レオパルド





 ――なぜ、目の前にこの男がいるのだろう。

 血だらけになって床に臥せっていたルッチは、ぼうっとした頭でそう考えていた。

「おい。――大丈夫か、ルッチ」

 耳障りな声。

 耳障りな自分の心音。




(…てめェの方がぼろぼろじゃねェか)

 まるで自分達の間には何もなかったかのように、パウリーはルッチの頭をそっと撫でた。

「…さわ、るんじゃ、ねェ…」

「あー、可愛くねえぞー、それ」

 手をはじかれても、パウリーはルッチの側を離れない。

 一瞬だけ、パウリーを見上げる。

 眩しすぎる髪と、青い瞳が、ルッチの目に映った。

「――消えてねぇなら、おれを消せ」

 ルッチはそう言うと、瞳を閉じる。

(もう、どうだっていい。どうせ、夢だろう――)

 情けねェ、と心で呟く。

 自分はこんなに弱くはなかった。

 五年前までは、こんな風に誰かに依存する事もなかった。

 カリファも、カクも、ブルーノも。

 誰一人、この任務の事を忘れた瞬間など、無かっただろう。

 だが、ルッチは少し、違っていた。

 月日が流れていくのと同じスピードで。

 感情が、この男に向かって流れていくのを、止める事ができなかった。


 ――愛してしまったのだ。パウリーという男を。


 抱かれた回数は29回、口付けたのは51回。その腕に包まれて眠ったのは――。


「…帰るか、ルッチ」
 
 ――一体、何度だったか。

 パウリーはそう呟くと、血だらけのルッチを優しく抱き上げた。

(…あ…?)

 そして、52回目の口付けをルッチに贈った。

「――ぱう、りー…、なぜ、だ?」

「あのなあ、そりゃこっちが聞きてぇ…つうか聞いちまったんだったな。お前が政府の諜報部員で、あー、しい、CP9だっけか?」

「、おれは――お前、を殺してやろうとしたのに――」

「また物騒な事言ってんなお前。普通引くぞ、つうか別れるぞ?…別れねーけど」

(こいつは、一体何を言っているんだ?)

「お前は…っアイスバーグさんが好きだって言うから!だから一緒に死なせてやろうとしたんだろうがっっ!!」


――どうせこの手で殺さなければならないなら。

一番の幸福の中で、殺してやりたかったのだと。



 叫んだ後、三度ルッチは咳き込んだ。

 その背を少し乱暴にさすりながら、パウリーも言葉を返す。

「んだそりゃ、そんなエゴで殺されるトコだったのか、おれは?」

「もっとも愛している者と死ぬんだ、それが幸せだろうが!」

「…まあちょっと声のトーン落とせ、お前が死ぬぞ?」

「――うる、せぇ、離せ――」

「その原理でいくとな、今おれはお前と心中する事になるが、問題あるか?」

「…、は…?」

「ったく暗い目してるっつうか、なんか色々抱え込んでるヤツだと思ったが、ここまでとはなぁ。――まあいい。殺すぞ〜?」

 そういいながら、パウリーはルッチの手を取り、人差し指を立てさせた。

「、何、を…している」

「指銃、だろ? 今度は、喉元狙えよ?」

 にい、と笑い、その指を自分のそこにもっていく。

 ルッチの指は、どうしようもなく震えていた。

「、や、めろ――」

「てめえに殺された方がなんぼかマシだ。あんな風に、燃やされるよりはな。ほら、早くしろ」

 爪が、パウリーの喉に刺さる。

「…っいや、だ…」

「お前は何で死にたい? やっぱおれのロープか?」
 
 ――どくん、どくん、どくん、どく…。

 ルッチの心の臓はどんどん高鳴っていく。

 理由をつけるなら、恐怖だろう。


(こんな事ができるなら、最初からあの時に――)

「それが、お前さんの望みだろーが、ルッチ」

「違うっ!!」

 ばっと腕で振り払い、そのままルッチはパウリーに抱きついた。

「…んー。ひさしぶりだな。 いい気分だ」

 まるで遊んでいたかの様に、パウリーは無邪気に笑う。

 それに反して、ルッチは嗚咽を漏らした。

「、っく…」

「よしよし、あー泣くなって。 お前泣くんだなぁ?」

 ぽんぽん、と、パウリーはルッチの背を叩く。

「こんな事、おれは望んでねえ」

 パウリーに掴まれた腕と指が、震えていた。

「じゃあ、どうしたい?」

「……………」

「言えよ、大概の事は叶えてやっから」

「…、お、お前に…殺されるなら――それで、い…」


「ばぁーっか」


「っ!てめェ!!人が真剣に!!!」

「違うだろ」


「…、あ…?」

 額に、頬に、唇に、瞼に、口付け。

「こう、されてえんだろ?」

「…、おれはお前を――っ」


「おれの事が、殺したい程好きなくせによ」

「――から、お前…は、アイスバーグさ、ん…をっ」

「はぁーっ…本気でお前、おれがアイスバーグさんとお前、どっちが好きかわからねえのか?」

「てめぇ、がアイスバーグさん、一番、なのはウォーターセブン中が、知ってるっ」

 それは最もな台詞だ。

「ルッチ」

 真剣すぎる瞳に捕らえられ、ルッチはパウリーから瞳を外せなった。

「ロブ・ルッチのエゴの為ならな。死んだっていいんだぜ、おれは」

 そしてそれもまた、エゴだ。

「…パウリー」

「あれだけ抱いてやってんのにお前、そんな事もわからねえのかぁ?」

 その台詞に顔を赤くし、ルッチは構わず叫ぶ。

「、てめえ一度もっ、おれの事好きなんて言ってねえだろうがっ!!」

「――そりゃ、お互い様だ」

「…、おれは…ずっと――ずっと――!!」

 愛しているのだと言う前に。

「ごめんな。愛してる」
 
 パウリーはそう言い、ルッチのクセの強い髪に触れた。

 ルッチの目から、大粒の涙が流れる。

「、ん…ふ…っ…っく…ひっ――っく」

(殺したんだ、おれはパウリーを愛しているから、殺した)

(自分以外の誰にも、パウリーを渡したくなかった。だから、殺した)

(あの炎の中、一瞬でもパウリーがおれの事を考えてくれたのなら、もうそれでいいと思った)

(そうしてパウリーがあの人と共に、空のキレイな所で、永遠に笑ってられるなら)

(こんな歪んだ感情は、捨てていいと、思っていた)



 何度も、何度も、パウリーはルッチの背を撫でる。



「……、帰り、たい」

「ああ」


「お前の家で――お前と…ずっと…」

「誰にも何も、言わせねえから。 安心しろ」

「…けど、アイスバーグ、さんは…」

「お前を殺そうとしたら、おれはあの人からお前を守ってやる」

「よく言う…、二人とも、おれより弱いくせに――」

「ま、あれだ。多分許しちゃうんじゃねえか?あの人のこったしよ」

「…そりゃ、言えるかもな」

「だろー?」



(ああ、これはきっと死の前に見る夢だ。

 ならば、この夢に今は酔おう――)



 そうしてルッチは、久しぶりに、笑った。


 それが覚めない夢だとルッチが気付くのは、もう少し後の話。




 END