覚めたはずの夢に、おれはまた酔いしれている。

なぜ生きているのか、おれは今でも不思議に思う。

目を開ければ、もうそこに赤い世界はない。

日の光に白く照らされた天井。

耳を澄ましても何も聞こえない闇の世界でもない。

のんきな鼻歌。…へたくそな、鼻歌だ。

鉄の味のする空気は、どこへ行った?

…なんだ、この、甘い…くちづけは。

「――寝込みを襲うな、バカヤロウ」



True love


「はあ、はあ、はあ…」

痛い。熱い。苦しい。

おれは、負けたのか――?

おれが、負けたというのか――?

そんなはずはないだろう。おれは誰だ?

おれは、ロブ・ルッチだろう?

おれから。最強を取ったら、一体何が残る?

無だ。

ああ、もうこのまま、死んだっていい。

――死んだら、あの金髪にもう一度会えるだろうか。

いや、おれが行くのは地獄だ。あいつは来ない。

いたって、きっと、もう二度と顔なんて見たくなかったというだろう。

…おれは、大バカヤロウだ。

――ちゃんと、生きているだろうか。

おれの仕掛けた計画は、計算された計画は、達成されているのか?

あの街で…今も、あいつはアイスバーグさんと、幸せに笑っているか?

わざと、お前をおれから遠ざけて。

わざと、おれの存在をお前から消して。

わざと、お前の愛するアイスバーグさんを傷つけて。

わざと、お前とアイスバーグさんを、殺した。

カクもブルーノもカリファも、CP9の誰も

――…パウリーも、おれの計画を知らない。

勝てる賭けじゃなかったが、おれにはこれが限界だった。

――利用したのは、あの、トナカイだけ

あの炎の中から、アイスバーグさんとパウリーを連れ出し、救ってくれると信じた。

本当に。すがるようにした…小さな、賭け。

 

 

 

このまま、おれは死ぬだろう。政府はおれを切るだろう。

だが、それでいい。もうおれにする事は何もない。

 

見ろ、おれは嬉しくて仕方がねえ。

この麦わらたちは、ここにたどり着いた。

おれに戦いを挑めるほど、元気にな。

 

って事は、パウリーは助かったという事だろう?

 

 

おれの、最後の願い。

 

パウリーを殺したくない。

死なせない。絶対に死なせない。

 

どうか。あいつを――守らせてくれ。

 

 

 

…罪深く人を殺め続けたおれの最後の願いが。

誰かを守りたいなどとは、本当に滑稽なんだが。

 

 

地獄へ落ちて王に笑われてもいい。

 

誰に死を願われても、どうだっていい。

 

――パウリーから、何も奪いたくなかったんだ…おれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よう、捨て猫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…、……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分汚れてるなぁ。洗ってやろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だれだ…?

 

 

 

血のせいで視界が霞む。

 

腕が動かねえ…。

 

歪んで、何も見えねえ。

 

喉がカラカラだ。

 

 

この、かおりは。

 

 

…葉巻、か?

 

 

 

 

「 …ぁ…りぃ…?」

 

「なんてな。口、回らねえか。…しゃべんなくていい」

 

 パウリー?

 

 パウリー。

 

 パウリーっ…!!!!!!

 

 

「っ…あ…! …っは、 …んで…!!??」

 

 

瞼に、ぬるい感触。

 

ぼやけていた視界が、鮮明になっていく。

 

 

「…ぱうりー…」

 

「迎えにきた。…遅くなったな。…ゴメンな」

 

「…バカヤロウ…」

 

「再会第一声がそれかよ!」

 

笑っている。

ああ、よかった。 パウリーは、笑っている。

 

「、どうして、来た…」

 

「バレバレの嘘ついて逃げた恋人を追ってきた」

 

「――っ!あの街にいれば!!お前は無事だったんだぞ!!??」

 

「んじゃ、戻るとするか。顔がバレないうちにな」

 

 

バカヤロウ、どうして抱き寄せる。

バカヤロウ、どうして抱え上げる。

 

バカヤロウ、どうして――。

 

 

「…パウリー………、許して、くれ…」

 

 

「ああ」

 

 

「…っ…!!」

 

 

どうして、おれを許す?

 

 

 

 

「泣くな。…キスしたくなるだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から一週間、おれはパウリーのベッドの上で暮らしている。

へたくそなコイツの味の薄いリゾットも、食べなれてきた。

恐らく乱暴だろうと予想をしていたが、それは外れて、随分優しく介護されている。

おれの髪を梳かす時、決まってこいつは楽しそうに鼻歌を歌う。

麦わらたちの為に夢の船をアイスバーグさん達と造りあげたのだと、嬉しそうに笑いながら。

 

 

まるで、あの夜この部屋を出た時から、何も変わっていないかのように。

時間はゆっくりと流れている。

 

「…ン、…っ…」

 

「おはようのキス」

 

「――、うるさい」

 

「顔、赤いぜ? 腹話術の時は散々おれをからかっておいてよ」

 

「………、パウリー」

 

「ん?」

 

「――本当に、これでいいのか?」

 

身体は、きっともうすぐ動くようになるだろう。

おれがここにいるのが知れるのも、時間の問題だ。

たとえ、街の人間が真実を知らなくても。

 

ルルも。アイスバーグさんも。

 

おれの正体をしっている。

 

――何よりも、パウリー自身が…、知っている。

 

この呪われた身体を。

 

「…いいって」

 

「おれはCP9のロブ・ルッ…」

 

「わかってるよ」

 

「――お前、達を、殺そうとした――」

 

「…わかってる。苦しそうな顔してな」

 

ガシガシと、あの夜と変わらないおれの頭を撫でる指。

 

「…だれも、おれを許さないぞ」

 

「だろうな」

 

「…お前に、迷惑がかかる」

 

「んー…、おれが許すだけじゃダメか?」

 

「っ…、そうじゃ、ねえ…」

 

「迷惑だったら、わざわざ迎えに行かねえって」

 

「――大好きなこの街に住めなくなっても?」

 

「――大好きなこの街に住めなくなっても、だ」

 

目を開けば、いつもパウリーはおれに向けて微笑む。

 

「…一瞬でもお前と離れたらさ、…なんか、人生楽しくねえんだよ」

「パウ…」

「どこ行っても、おれはお前が横にいりゃいいんだ」

 

優しい、この額へのくちづけも、変わらねえ。

 

「…おれに対してちょっとでも悪いって思ってんなら――」

 

青くて、青くて、青いこの瞳も、変わらない。

 

 

 

「…言ってくれ。嘘でもいいから、愛してるって」

 

 

おれの好きな、青だ。

 

 

 

「――、……愛、してる」

 

 

 

 

 

 

ああ、おれは今、愛する為に生きているのか。

 

 

 

 

END