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『面白くねェ』


 思わずそう零れたルッチの声に、カクは苦笑を隠せなかった。
 自分の隣で、酔えもしない酒を延々と煽っている黒髪長髪の美形の男、ロブ・ルッチは。


「なんじゃイキナリ。ワシに芸でもやれというのか」

 わかっていてもそう誤魔化してやれる男、カクの。


『違う。あいつらだ、あいつら』

 ――何年も前からの、想い人だ。

「アイスバーグさんとパウリーが、仲良く喋っとるだけじゃのー」

 せっかく気を利かせたと言うのに、最近のルッチは妙に自分に心を開くようになった。

 誰かさんに感化されたのだと、今度は、少々の胸の痛みを感じる。

 カクは視線先で、この愛しい男を放って上司とばかり談笑している金髪の男を恨めしそうに眺めた。

(もっと大事にしないと、早めに奪ってしまうぞ)
 ちらり、とカクはまたルッチに視線を戻した。

『…楽しそうなツラ、しやがって』


 こんな切なそうな顔を、ルッチにさせて。
 こんな寂しそうな台詞を、ルッチに言わせて。

 ああ、もしも自分がパウリーの立場にあったのなら。

 絶対にこんな顔はさせない…、そう言い切れるのなら、とっくに奪っていた。

 カクは自分を我が儘で自分勝手で無鉄砲だと思っていたが。
 
 自信家のつもりで生きてきたつもりだったが。

 どうも、ことルッチに関しては、正反対になってしまう自分に気付いていた。

「ちゃあんと、お主の元に帰ってくるじゃろう。今だけじゃよ」

 そんな気持ちは億尾にも出さず、カクは水割りを口に運ぶ。

 酔えない同士のルッチとカクと。
 もうすでに泥酔寸前のパウリーとアイスバーグ。

 それぞれを家まで送るまで、あと数分という所だ。

『それはそうだが、…気に入らん』

「パウリーからアイスバーグさんを取ったら、パウリーじゃ無くなるじゃろう」

『それもそうだが、…気に食わん』

 子供のようなそんな台詞が、あのロブ・ルッチから漏れる事を知っているのは、自分だけだ。
 それはカクにとって嬉しくもあり、悲しくもある。

 この男は、パウリーの前では、きっとこんな弱音を吐いてはいないだろう。

 互いに格好をつけている、可笑しな関係。

「――あまり、深入りするでない」

 嫉妬まじりにカクがそう言うと、ようやくルッチはカクに視線を向けた。

『お前こそ、アイスバーグに夢中になりすぎるなよ』

「………る、ルッチ、おぬしそれは、本気で言うておるのか?」

 さすがのカクもがっくりと肩を落とす。
 自分のこの胸の内にある感情を、ルッチは気付かなかったのか。

 パウリーなどより、ずっとルッチを知っていて、愛していると言うのに。

 それは、パウリーのそれよりも、あまりに醜く歪んだ愛情である事は、わかってはいるけれど。

『そうだろう、今お前パウリーを睨んでいたじゃねェか』

 この、恋愛などまったく興味などない、と顔に書いてありそうだった男が。

 いつからか、誰かさんの前でだけ、素の笑顔を見せるようになった。

 ――恋仲になるまで、時間はそうかからず、カクは驚いたものだ。

 彼らに永遠の愛など、存在しないからだ。期限付きの恋人達が同じように笑い合える理由がわからなかった。

 パウリーは、永遠と信じていても、ルッチはなぜ――。

「もう一度言うぞ、深入りするでない」

『………、わかっている』

 なぜ、そんなに愛しそうにあの金髪を見ている?

 なぜ、そんなに焦がれている?


 ガレーラに潜入して、早3年。この男はもう引き返せない所まで、来ているのだろう。

 パウリーを独りこの街に捨て置き、血の世界へ戻る事ができるのか。

(早く、来ればいい)

(そうすれば、ルッチはわしのものじゃ)

 そう思う事でしか、今この男を奪わない理由が、成り立たなくなる。


 グラスの中で溶けていく氷。
 二人の関係は、妙にそれと似ていて。

 人工灯で光る氷が、愛しい人の面影を見せた。

 人工灯でも、カクには眩しすぎる。それが、憎い男を感じさせた。


 溶けて、早く壊れてしまえばいい。

 
 静かに、カクは待つ。 



 壊れてゆく太陽と月の。

 恋人達の消えゆく時間を。







 END