「ルッチ」
「なんだ」

「るーっち、聞いておるか」
「聞いている」

午前3時33分。

見事に3が並んだ時刻。 デジタル式の時計は、音もなく時間の流れをヒカリに変える。
「ワシ、今日誕生日じゃ」


「知っている」




じゃったら。

オメデトウの一言くらい、くれてもええじゃろ?


8月7日。


『逃亡者・生誕記念日』



―― ちょうど、13年前。

「気がつけばおれは、闇の中で生きていたからな」

そう、CP9での先輩ロブ・ルッチは、呟いていた。
なんの感情もなく、人を殺すのは当たり前。
正義や悪など、もうどうでもいい。

…絶対の正義?

『そんなもの、どこにも存在しなかったのだからな』


そう言ったルッチの瞳の闇が、あまりにも深かったので。

そう言ったルッチの口元が、あまりにも寂しそうに閉じられたので。


CP9に入って日も浅かったワシは。

―― この男に惹かれた。


…年を重ねても。ワシの思想は変わらんかったし(思想と呼べるシロモノでもなかったが)

――ただ、この世界の中核をなしている、中枢がどうなっているのか、少しだけ気になっただけじゃ。
望んでこの場所に来たヤツなどおらん。

カリファは頭脳明晰なトコと、あの美貌を買われて、親から売られたとか言っておった。丁度10歳の時じゃと。
ブルーノは、もともと親もこっちの世界で生きておったらしい。 ここでいきるのが当たり前だと、諦めたように笑っておった。
ジャブラは親ナシで。 むしろ、ここが落ち着くしいて、楽だと言っておったな。 なんというか、いる理由が、女というのも、笑える。ギャサリンはモテるのお。
フクロウも、もともと親がいなかったらしい。それを寂しいと想ったことはないらしいのお。
クマドリはアレじゃし。(笑)唯一楽しそうじゃったけど。

ワシか? ワシの話しはまた今度じゃ。 話すと長いしのお。 思想のコトもそうじゃ。

…そして、ルッチの過去は、ワシはなにも知らん。

――知る必要はないし、ただ、一番にワシを頼ってほしくて。
ワシだけでも、仲間なんじゃと。裏切らんのじゃと、そう感じて欲しかった。

孤独に身を任せて悲劇のヒーロー(ヒロインか?)ぶってるのが、そんなに楽しいんか、っと言ってやったことがある。
冗談のつもりじゃったけど。

…ルッチ、さらに寂しそうにしとった。

「スマン。ジョークじゃよ?」 (きっとワシ、ひきつったような顔じゃったろうなあ)

「…カク」

「ん?」
「お前、――         ?」





あの時、お前さん、なんて言っとった?



今はその言葉をそっくり返したい。



…この、5年で。

お前さんは随分と変わったんじゃな。

のう。ルッチ?



「パウリーにでも、祝ってもらえばいいだろう?」

ああああ、ムカつくのおお!!!

二言目には、パウリーパウリーパウリーとお!!!

そりゃあ、ワシもアヤツは気に入っておるよ。 一緒にいれば、笑うコトも増えたし、無欲じゃから(金には汚いが)、なんも裏ナシに話せた。


「…そんなコト、もう、ワシらには、ムリじゃろ?」

そう、ワシが言うと。

包帯グルグルで、半獣化から戻るコトさえしなくなった。
ロブ・ルッチは。

天井を仰いで、ひとつ、涙を流した。


―― ああ 。 最悪な誕生日じゃ。


「…冗談だ」

「――らしくないの…お前さん、そんなコト言うヤツじゃなかった」
「…そう、だったか…?」

「そんな風に!! 怪我したからって心まで折れたような! なにもかも失ったような面構えになるのが、ロブ・ルッチかっ!!??」


信じられるか。
ワシ、10の時から、ルッチを知っておるんじゃぞ?

そんな、そんなにも、ウォーターセブンが気に入っておったのか(情沸かんと言っておったろう)

そんなにも、あの借金まみれの男が大事じゃったんか?(好きだの嫌いだの、理解不能な言葉を並べおって)

――

ああ醜い独占欲。 執着。 我が儘。 ただ、自分だけを見て欲しくて??


――

今ワシは、何をしておる??




もう去年とは違うんじゃ。

アイスバーグさんも、パウリーもルルもタイルストンも他の職長も、街の皆も!!!


まるで夢か幻かのようで。

残ったワシとルッチは。

…ワシ、じゃあ。

「ワシが、そばにいるだけじゃ、ダメなんか?」


――ガンッッ!!!!

ルッチのベッドの横に置いてある椅子を蹴った。
その音にさえ、病人は反応を返さない。

「…お前はおれのなんだ…」

「――、っは…、んじゃ、その台詞」
「お前がおれの何を知っている」


「 …そんなの( 全部、全部知っておるはずじゃ。…よく考えろ、ワシ、ずっと一緒におったろう? ) 」



 ああ ワシ ルッチの コト なんも 知ろう と せんかった。


…怖かったから。
あの瞳の理由も、別にしらなくてよかった。
ルッチの全てを知ったら、どこまでも堕ちて行くような気がした。

最悪じゃ。


あの男なら。

あの太陽から生まれたような金髪の男なら。笑ってできたであろう、コト。

ワシはそこから逃げておった。
ずっとずっとずっと、知らん振り。

―― 永遠の逃亡者、

なにもかもから、逃げておった。
自分の未来からも過去からも。


今だって、現実を直視できとらん。




「――、なんなんじゃろ…」
「…カク、おまえ、ガキだなあ」

「(…あ) ルッチ…?」


久しく視線さえ合わせてくれんかったから、新鮮じゃ。
「気に食わねえとモノに当たりちらす、都合が悪いとすぐに黙り込む。 感情は作り笑いで隠す。その繰り返しだ」
「――(むしろルッチはワシの事よく見とるのお) …じゃから、なんじゃ。」



「ちっとも大人にならねえ、なろうとしてねえヤツの誕生日なんて、祝ってやらねえさ」

「―― ハア? 誕生日というのは、生まれた事、生まれた日を祝うもんじゃろ?」
「うる――せえ、おれがそう決めたんだ。お前だけ、だ」


「…なんじゃ、ソレ」


「――キスもしねえクセに」



「…はっ!??」


なに言って…

「嫉妬しても、言ってこねえクセに」
「…ううう…(パウリーのことか?)」



「いつまで待たせるんだ。お前?」


ルッチが、半獣化を解いた。 3日ぶりくらいか?

…もう、何ヶ月経ったんじゃろ。


本部に戻って、仕事もキャンセルして(というか、暫くはCP9の仕事、入ってこないんじゃけど)

「…待たせるって、なにをじゃ?」





「――はあ…。 来い、カク」

手を差し伸べられる。


なんじゃこの展開。 別にワシ、いらん。知らん。

じりじりと何かにせっつかれているような気がして。
冷や汗が垂れる。

いいんじゃ、別にルッチが欲しいワケじゃのうて、ルッチは振り向くわけがなくて。

だから安心で。だから、ワシ、ずっと――。

「カク。 もう、逃げるな。 せめておれからは」

「…?、なに、いっとるんじゃ。ワシ…がお前さんから逃げておるじゃと??」


(気付くな。気付かんでくれ。のう、違う違う、違う――)


「カク…お前、生きていて楽しいか?」


「――っっ」


ああ あの時と、同じ台詞。



「 祝い台詞なんてな、 生きている事に感謝しているヤツが、欲しいと、言え。」

「…、っつ、うるさい!!!!」



―― ダン!!!ガン!!ガン!!ガ…っ…!!!


「やめろ。任務でもねえのに…傷をつくるな」


がむしゃらにドアや床や、棚やテーブルを叩くワシの拳を、ルッチが遮って止めた。
痛い。

痛い、のお。



…心が痛いんじゃ、ルッチ。


ぽたぽたと、涙が流れる。


ああ これが 涙 、か。

「――っく、うううう…、うう、ルッチ、は、ワシのじゃっっ!!!」
「…解った」

「ワシがずっとずっとずっと!!!! ワシだけのもんじゃったのに!!! なんであんなヤツに獲られるんじゃ!!!パウリーなんかに!!!」
「ふ…、ようやく、認めた、か」

「―― ? 」



あたたかい。


なんじゃ、コレ?


「ッ…? ん、…」


「誕生日、おめでとう、カク。 …誕生祝いだ」





――


―― ああ。



もう、ワシ。


ルッチから逃げなくて、ええんじゃな?


「…こわくない」
「そうか」



「ルッチ、好きじゃ」


「そんなのは、出会った時から知っている」






くやしいから。


今度はワシから とろけるような甘いキスを。





二人きりの狭い個室。

窓の外を、優しく風が吹き抜けて。

今日も。

―― 緑色を揺らす。



深い、恋人の瞳の色に、よく似ておる。







END