さて、つまらない話をしよう。


33の秋の夜長。

成歩堂龍一に、告白をされた。
私をずっと好きだったと言う。
成歩堂龍一に、告白をされた。
だが、その後の言葉はなかった。

それから一週間が経っている。
つまりは、別に現在、私たちは、付き合ってはいないのだ。 私はこのように、ケジメのついていない中途半端な関係が嫌いだ。
だから、私のマンションに彼を招待し、自分から言ってやったのだ。

「成歩堂、私たちの…式の日取りはいつだろうか?」

…む。なぜ紅茶を噴出すのだ成歩堂。もったいないではないか。それは私のお気に入りの葉なのだぞ。
こちらは真剣に聞いているというのに、…まったく。

「聞いているのか」
「…う、うん、うん。…えーと、段階踏んでないよね?」
「かまわん。予算…のことはまあ後にしよう。 それから、場所はどこがいいか。新居も決めなくてはな。 私としては、…」
「――み、御剣。」
「なんだろうか。…よもや、結婚の覚悟もないまま、私に告白をしたのではあるまいな、成歩堂龍一。」
「いや、…すごく、すごくうれしいんだけど。…でも、それっておまえに迷惑が、かかるだろう?」
「…成歩堂」
「ぼくはいいよ。こんなんだし。弁護士でも、ピアニストでもなんでもないし。でも、おまえは違うだろう、御剣検事」
「しかし、私は――、…その、…安心が、ほしいのだよ、成歩堂」
「安心?」
「キミは、もてるし、…その…、どこかへ、また、行ってしまいそうでな。 だからせめて、帰る場所は一緒がいいと…、考えてしまったのだよ」
「―― 御剣、何言ってるんだよ。 ぼくは、いつだって、おまえのそばにいるのに」
「、…本当に、そうだろうか」
「うん。もう、おまえをひとりになんかしないよ。…愛してる、御剣」

そうして彼は、初めてわたしに口付けをくれた。 

「では、付き合ってもらえるのだろうか」
「…、つきあってないと、思ってたの?」
「――ム。 言葉にしてくれなかったではないか。 …だから、不安だというのだ…っ」
「ごめん。 御剣、―― ぼくとずっと一緒にいてください。ぼくと付き合ってください。」
「ああ。勿論だ。 ……だが、最終的には、キミを私の籍へ入れよう」
「、は、ハハ…御剣龍一。なんか、ゴロ悪くない?」
「成歩堂怜侍だって、同じようなものだ」
「…いいんだよ、籍とか名前とか、そんなのは」
「そういうものか?」
「結婚だって、紙切れ1枚で。薄っぺらいじゃない?」
「―― そんなことは、ないと思うが…」
「ぼくはいいんだ、そーゆのってあんまり、好きじゃないし。…まあ、御剣が、家族ってやつになりたいっていうのなら――
将来はいいかなって思うけど。」
「…家族、か。…いい響きだ。私と、キミと、みぬきくんと。」
「うん…、そうだね。」

彼の手が、慈しむように、私の頬を撫でるので。
なんだか、霧消に、泣きたくなる。

「…私は、…怖がり、だろうか」
「まあ、人間は、大人になっていくにつれて、子供になっていくものだからね」
「…はじめて聞いたぞ、それは」
「造語みたいなもの。――、でも、確かにおまえは、そーゆートコあるよ。 やっぱり過去の経験からかな? 
『絶対の関係』が、欲しいんだろ?」
「…、まあ、そんなものは、あるものではないとは、わかってはいるのだが…、私にとって、キミは特別な存在だから、…なのだよ」
「大丈夫、もうお互いに、失踪ゴッコは終わりにしよう?」
「…ああ。…キミと、離れたくないのだよ」
「あはは、海外にばっかり行って、世界中を飛び回っている国際派検事の、台詞じゃないよ」
「っ…今夜くらいは、甘えさせてくれたまえ」
「いいよ、ぼくのスイートハニー。」

キスをされることは、あまり好きではなかった。
私は実際女性とはほとんど付き合ったことがない上、男に言い寄られることも多々あり、隙を見せれば奪われていたこともある。
特に、日本人と違って、外国人は手が早い。 スポーツ万能と呼ばれた私も、骨格の違いにはひれ伏すしかなかった。

「、…ちょっと、今、ぼく以外のこと、考えてたろ? なに、元カノ?」
「30すぎの男の嫉妬はよろしくないぞ、成歩堂。 まあ、否定もしないがな」
「…っていうか、御剣、キス下手だね」
「っ…な」
「これじゃあ女の子、満足しないんじゃない?」
「――…、帰らせてもらおう」
「ままま待って、ごめんウソウソ、ちょっと本当に帰らないでよだって御剣が惚けてるからあああ」

ドアへ向かった私を、成歩堂が抱きとめる。…彼が吸ったものではないだろうが、煙草の香りがした。

さっき、キミが言っていた、絶対の関係、とは、なんだろう。きっとそれは、ただ単に家庭を作る、ということでは、ないのだろう。
私は――、独りだ。
父は死に、母もいない。親戚等はいるが、一緒に夕飯を食べようと言ってくるような相手ではない。
唯一、信じていた師、つまりは私にとっての父親代わりだったのは、実際の父の命を奪った相手で。
…考えていくと、真っ暗な闇の中に落ちていく。そこは寒くて、光がなくて、どこまでも、続いている空間だ。
何も聞こえない。何も、感じない。それなのに、自分だけが、そこに存在している。

…そこに、光を当てて、太陽のように暖かく、私を包んでくれた者。
それが、成歩堂龍一だ。
笑い、泣き、怒り、そんな感情を、ぶつける事のできる、唯一の存在。

―― ああ。 だからか。
だから、私はキミが欲しいのか。 離れたくないのか。
私の孤独に気づき、すぐに手を伸ばして、引き寄せて、抱き上げて、太陽に手を伸ばせるように、してくれた。
簡単に、当たり前ように、―― キミは私を救ってくれたから。
だから。

「…成歩堂。」
「なんでも言うこと聞くから。お願い機嫌直してよ、…ね?」
「もうその話はいいのだよ。 …私は、キミの言うとおり、…キミが、欲しかっただけのかもしれない」
「…、うん、わかってるよ。 それでいいよ」
「…わたしが、泣けるのは、…キミの前でだけだから、…、だから、…それで、キミは嫌ではないのだろうか。」
「うん。全然。 だって、それって多分、情熱的な告白と、同じだからさ」
「…こんなものは、ただの醜い独占欲だ」
「うん。 …独占してよ。大歓迎。…そうしたら――同じだけ、ぼくも、おまえを縛るから。」

子供がおもちゃを欲しがるように。 私はキミを望んで、そして、――キミはそれを、許すという。

「そうやってさ、ずっと一緒にいよう。 それってきっと、そんなに世間の恋人たちと、変わらないんじゃないかな」
「…、…そう、だろうか、」
「頭で考えすぎなんだよ、御剣は。 ぼくなんて大雑把だし、頭より身体が先に動いちゃうから、ホラ」
軽口を言った後に、また、ちいさなキスが落ちてくる。

「キミはうそつきだな。いつも思案して、計算して、ハッタリを駆使して、…そうやって伝説を築いた、無敗の弁護士だろう?」
「あはは、――それは昔の話だろ。 御剣の前じゃ、ただの恋する男だよ」

昔のように、にこにこと笑うのではなく、最近の彼は、優しい笑顔も覚えたようだった。
自然に、愛することのできるものの、表情だ。

「あ、そうそう御剣、ぼくひとつ、おまえに言って欲しいことがあるんだよね」
「なんだろうか」

「…すきって言って? まだ、その言葉をもらってないんだ」


ああ。
言っていなかったのか。

こんなにもキミを欲しているのに。そうキミに訴えていたのに。
なんだかそう思ったら、妙に面白くなってしまい、私は少々笑ってしまった。
成歩堂の不機嫌そうな声が、聞こえてくる。
「ちょっと、真面目に言ってるんだけどなあ。…まあ、いいか。秋の夜は、長いからね。続きはベッドの上で聞くよ」
「…、キミは、まったく、仕様のない男だな」
「そんなぼくが好きなくせにー」



「…まあ、異論はない。」



孤独な時間も。彼との引き換えならば、悪くは無かったような、気がする。
ニット帽子に触れる。
papaと可愛く書いてあるそれを目にすると、少しだけ、背徳の精神に襲われそうになる。
「…少し、だけ、かしてくれたまえ」

それを作った彼女に心から謝りながら、私は初めて自分から、彼に口付けた。