曇った窓に指でかかれたその文字を見て。

なんだか困ったように、お前は笑った。



『Christmas message』





例えば。

ドアにはクリスマスリース。

玄関を開ければ、そこにはキャンドルや、大きなクリスマスツリー。


ケーキ、シャンパン、七面鳥の丸焼き、色とりどりのオードブル。
そんなものが並べられたテーブルを囲んでのクリスマスイヴなど、

おれは送ったことがない。


サンタクロースなど、信じたこともない。


――お前にはわからないだろうな、パウリー。




…だが、今年は少しだけ、そんな真似事をしたくなった。
それはきっと、一緒に聖夜を過ごしたい相手が、いるからだろうか。




勿論そんな事は口が裂けても言えないが。

詰まりは、ひとり、自室でチーズとワイン片手にソファーに座っている。


月始めからもう降りだしていた雪は、今夜も当たり前のように街を包んでいく。
音の無い雪は、闇の夜を、月と共に照らしている。

『静かだな…』



―― コン コン …!


(…なんだ?)


2度耳に入ったガラスを叩くような音に、窓の方を伺う。
また音がしたので、近づいておもむろに右側のカーテンを開ける。
曇り硝子の中、少しだけ見慣れた背丈がぼんやりとそこに立っていた。


「ルーッチ!」

『…パウリー、か?』

向こう側から窓をこすり、ニカ、っと笑った顔が現れた。

この寒い中、いつもの格好で、頭は雪の結晶を光らせ、鼻を真っ赤にして。


『バカヤロウ…ッ風邪でもひきたいのかっ?』

窓を開けようとすると、パウリーはカーテンを開けてない方の窓を指差した。

『…?』

そうっとカーテンを開いてみる。


そこには。



 ――  Merry X’mas !! ――

と、でかでかと窓いっぱいに文字が書かれていた。


…、子供か。

なんだか可笑しくなって、頬が緩みそうになった。
お前といると、そんなコトばかりだ…パウリー。

こんな聖夜くらいは、嘘をつかなくてもいいだろうか?


少しくらいの戯れにつきあってやっても、いいだろうか。


得意そうな顔になっているパウリーへ、返事のように、窓に指を滑らせた。


「…え…?」


 ―― サンタクロースはいると思うか?――

また、パウリーがヘタクソな字を書いていく。

―― おう。おれん家、来た事ねーけど。――


…不思議だな。なぜ会った事がないのに、ここまで見解が違うのか。


サンタクロースは世界の子供たちにプレゼントを配っているらしい。
真っ赤な服を着た、優しく笑う髭のおじいさんで。
トナカイに引かれたソリに乗って街に降り立ち、大きな白いプレゼントの袋を背中に背負って、煙突から家に入ってくる。

そんな絵本なんて、おれは読んだ事もなかった。
クリスマスを聖夜だと気付けるような、そんな日々を送ってこなかったから。


気がつけば知ったのは、大人になってからだった。


だがもしもいるとしたら。


こいつみたいなんだろうな。


―― おまえ だよ。――




曇った窓に指でかかれたその文字を見て。

なんだか困ったように、お前は笑った。


窓を開けて、

冷たい氷のような頬に触れた。

『おれにプレゼントを持ってきたのは、お前が初めてだ』



手に下げられた箱の中には、粉雪のように白いケーキ。


サンタクロースは笑って、おれにキスをした。




END