キミの用意したトノサマンの中身が、誰であろうが、 キミの中身が、何であろうが、 キミにとっての私の中身が、偽りであろうが、 キミが変わらずそこにいてくれるのならば。 キミとの時間があるのならば。 『マンデー・ラブ・チューズデー』 成歩堂、キミには春がよく似合う。 桜の木の下、顔を赤くしながら酒を飲む姿を、私は知っているからな。 成歩堂、キミには夏がよく似合う。 暑い太陽の下、汗をかきながら自転車で走る姿を、私は知っているからな。 成歩堂、キミには秋がよく似合う。 月夜の下、秋の音の中、だんごを食べる姿を、私は知っているからな。 成歩堂、キミには冬がよく似合う。 雪の降る下、幻想的な光に包まれ、白い息を吐く姿を、私は知っているからだ。 「ぼくね、御剣のことばっかりだったからさ。」 キミがそんなように言うから。好きだと繰り返すから。 私はなんとなく、心で思った言葉を伝えてみた。 そうすれば、隣にいる彼は、珍しく黙り込んでしまった。ほんのり顔が赤い気がするが、横顔なので、よくわからない。 「み、御剣…、それ、ちょっと、ぼくには嬉しすぎて困る…」 「思ったことを言っただけだ」 「――だ、だから、…ちょっと、ぼくには早すぎるんだって」 「なんだそれは、することをしておいて、何を言う」 彼といる時間は、普段のものとは、流れが違うのだと思う。それはとても穏やかなものだ。 ゆっくりと流れていく時の中、私はキミの頬にたまに触れ、そうしてキミは私の髪に触れる。 「御剣…、今日、楽しかった?」 「うム。キミにしては気のきいたプランだったのだよ。とても満足した」 「そう、良かった。 また、たまにでいいからデートしてくれる?」 「まあ、気が向いたらな」 優しく穏やかに笑うキミの顔を見ていると、なんだか世界は優しくあるのかもしれぬな、などと、らしくもなく思う。 「…成歩堂、その、だな…」 「うん、何?」 「そういえば、キミの相談事をまだ、聞いていなかったのだよ」 「ああ、えっと…、み、御剣が好きすぎるんだけど、どうしたらいいかなって、そんなカンジかな」 「それが、ヤケ酒とつながるのか?」 「そうじゃなくてさ。 御剣はきっと、ぼくの事トモダチくらいにしか思ってないって、そう思ってて。 そしたらグルグルしてきちゃってさ。 うまく言えないんだけど。それに、本当に勝手にあんなことしてごめん」 「ならばいい。 キミは酒癖がよろしくないのだな。覚えておこう」 「べ、別にそんなことないって、そんな弱くないし…」 「それから、襲い癖があるようだ、気をつけたまえ」 「っそ、それは御剣にだけだって、いや、それはもちろん、謝るけど…」 くるくるとよく表情が変わる。私とは大違いだ。 そのすべてに、飽くことなく、私は惹かれているのだろう。 「成歩堂――」 「え、なに?」 キミと私は、なにやら相対しているな。 大きな瞳、黒く尖った髪質、 それから。 「キミは、とても優しい人間だ。これからも、そうあるのだろうな。」 「…御剣?」 成歩堂、キミは。 どうして、キミは私を選んでしまったのか。 「返事をしよう。成歩堂、私はキミとは付き合えない」 「…っ…、」 「…相談事は終わったな。 では、私はこれで失礼するとしよう」 キミの顔を、うまく見れなかった。 それから、立ち上がろうとするのだが、上手く力が入らない。 今日一日は、まるで本当にキミという存在そのものを現したようなもので。 アイスを食べていれば、そこにトノサマンが来て、私を驚かせ、 映画館へ行けば、それは私の観たかったものがやっており、 デートの最後には、彼らしい真っ直ぐな告白が待っていた。 『御剣、ぼくと付き合ってくれないか』 あまりに自然に、キミは優しすぎる男だ。 きっとキミには、すてきな女性が似合うだろう。 私の好きなキミには、キミの隣には。 ―― そうではない。 私が、キミにふさわしくないのだ。 「御剣っ!!」 「――、離し給え、成歩堂龍一」 「いやだ」 「…、告白の返事は、したろう」 「この前と言ってることが違う」 「酔っていたのだ、お互いにな」 「…、じゃあ、御剣、…なんでそんな顔、してるんだよ」 「…………見るな」 キミの用意したトノサマンの中身が、誰であろうが、 キミの中身が、何であろうが、 キミにとっての私の中身が、偽りであろうが、 キミが変わらずそこにいてくれるのならば。 キミとの時間があるのならば。 それ以上の幸せは、ないはずなのだ。 私はきっと、そこから逃げようとしていた。 「御剣。大好き」 「……」 「御剣、キスしていい?」 「………」 「…するよ、御剣」 それは、ほんの一瞬触れるだけだった。 目が覚めれば、酔いがさめれば。 すべてが冗談で、夢であるのだろうと、私は思っていた。 彼が私に触れたのは偶然で、必然のはずはないと、思いはじめていた。 彼からの電話も、私の取り付けた約束も。友人に戻るためのもので。 それなのに、成歩堂、キミは、 「、成歩堂…」 「御剣。おまえがぼくを、好きだって言ったら」 「…、私、は…」 「それって、やっぱり夢なのかな。」 「っ…、……、…」 真っ直ぐな瞳がすきだ。 私を救い上げてくれようとした。その瞬間に私の目に映ったのが、強く光るその瞳だった。 好きなのか、だと? 「……成歩堂」 「…」 「忘れたほうが、キミのためだ…」 「…それはちょっと、聞けないなぁ」 成歩堂は、もう一度、私にくちづけてくる。今度は少しだけ、深いものだった。 ゆっくり、ゆっくりと、私にまるで、与えようとでもしているかのようで。 「もしかして――御剣ってぼくのこと好きだったりしない?」 キミのマンションで。 まるで土曜の夜の再現のようで。 ああ、ミクモくんがいなくとも、再現は可能なのだな。 そんなことを、ぼんやりと思う。 そこにいるのは。 にじむ視界の中、きっと私を最初に救い上げてくれたときと、変わらないキミであるのだろうな。 「……まあ、そういうことに、」 「それじゃダメ。夢と一緒になっちゃうよ」 「…」 成歩堂。 「ぼくは好きだよ。御剣、おまえは?」 「…――っ…、」 手を伸ばす。 自分でも情けなくなるほど、震えている。 成歩堂は私を抱き寄せて。 ちいさく笑って。 もう一度、キスをしてきた。 また、青い時計の針が目に入る。 日付をまたいでキスをしたのは、初めてだな。 「成歩堂…―― キミが、とても好きだ」 「それって今日限定? それとも明日も? あ、明後日は?」 「ふ…おそらく、この先ずっとだ――」 手を伸ばす。 キミはいつも、そこにいる。 |