御剣怜侍がぼくを好きだって、言ってくれてから。
御剣怜侍がぼくを好きだって、言ってくれたから。






月曜日は、思ったよりも仕事に集中できた。
真宵ちゃんは里帰りしているし、矢張もめずらしく朝からバイトへ行っているし。

ぼくは、昨日の夜のことが、少しずつ現実味をおびていくことがうれしくって。

一度だけ御剣にメールをして、
約束をひとつ、取り付けた。


火曜の夜なんだけど、おまえのマンションに行ってもいい?

すぐに、かまわない。とだけ簡潔に書かれた返信が返ってきた。

ああ、本当に、御剣は――。



『チューズデー・チューズデー』








たわいもない話をしながら、そろそろ寝ようかと思った矢先だった。

「御剣、何してるの?」
「…ム? その――、眠らないのか、成歩堂」
「え、寝るけど…、一緒に?」

一緒に夕飯を食べて、別々にシャワーを浴びて。
あとは、明日も仕事だし、御剣のソファーでも借りて、寝ようと思ってたんだけど。
当の本人は、当たり前みたく、枕をふたつ、並べてる。いつのまに買ったんだよ、御剣。
おまえはなんだか、不思議そうな顔でぼくを見た。 
だってホラ、なんだか順番が逆になっちゃってるからさ。
ここ何日かで、ずいぶんと関係の名前が変わってしまったぼくらだけど。 知り合いでも友人でも親友でも相棒でもなくって。

今、ぼくの目の前にいる御剣は。ぼくの恋人なんだ。

「し、しかし、キミと私は――」

隣におまえが寝ていたら、いくらぼくだって、そのままお休みってわけにはいかなくなるかもしれないし。
でも、大切にしたいから、はじまりはセックスだったけど。しかも酔った勢いだったけど。

「だってほら、したくなっちゃうし。 」

最初が間違いだったなんて、思ってない。今はカケラも思わない。
ぼくはすぐ後悔するけど、おまえがそれをくるりと逆転させてくれた。
一日一日。おまえの一挙一動で、ずいぶん悩んだし振り回されたと思うんだけど。

「…それは、そうだが」
「じゃあ、ソファー借りるね。 …なんていうかさ。その…、それだけが愛情じゃないだろ?」
「…それも、そうだが」

ぼくはね。
おまえを世界一大事にして、世界一幸せにしてやりたいって、本気で思ってるんだ。
だってそうだろ、御剣。
おまえは、ぼくを好きになってくれてたんだから。 それだけで、なんかもう、ぼく、なんでもできそうなんだ。

「おまえはぼくをくれたから。 それでもう、すっごく幸せなんだ」
「………ム、う…」

御剣は、なんだか不思議な顔をして、それから。

…あれ?

「成歩堂」

隣に座っていた御剣は、ぼくの両肩に手を置いて、そのまま――
…お、おっ――ええ???
視界が天井に変わる。なんだこれ、え、もしかしてぼく、御剣に押し倒されてる?
こんな風に、御剣を見上げるのなんか、初めてだ。

「み、御剣…、どうしたの?」
「では、こうしていよう。」

なんだか不機嫌な声が聞こえて、それでも、御剣はぼくの上からどかない。 そうしてそのまま、ぼくは初めて多分、
御剣から抱きしめられたりしてる、みたいだ。
御剣って、やっぱり思ったより軽いなあ。ちゃんと食べてるのかなぁ。大丈夫かな。って、そうじゃなくって。

「御剣…、もしかして、―― やりたかったり、したりして?」
「…………」

ちょ、どうしよう。 可愛すぎだろ。 なんだよそれ、ずるいよ御剣。まったくおまえってば。
あー、っもう!!!

「御剣。そのままでいて」
「――…、…っ…、な、…成歩堂…?」

ぎゅうっと、自分の上で拗ねてる御剣を、抱きしめる。

「おまえもぼくも、今日も仕事だろ?」
「…それは、そうだが」
「おまえって、仕事投げない主義じゃなかったっけ?」
「…投げるつもりはない。私の一日は変わらない」
「もう、0時過ぎてるんだけど?」

くすくす笑いながら、ぼくはゆっくりと、ゆるく肌蹴られた御剣の服を取り去っていく。 御剣の顔は見えないけど、ぼくのネクタイを外そうとしているのは、解る。 御剣ってけっこう、感情のまま生きるヤツだったのかな。正反対だと、思ってたんだけど。 
背中に少し触れるだけで、御剣はピクリと反応をしめす。そのままゆるく撫でるように愛撫して、甘い息がぼくの耳に当たって。
ああそっか。御剣。もしかして。

「欲情してる?」
「していない」

「御剣も男なんだなぁ」
「キサマ、黙れ、…っ…、ん…」

「かわいい御剣。 …ねえ、ちょっとだけ言ってみてよ。 ぼくにどうされたい?」
「……!! だから、先ほどから、キミは…っ」
「ちょっとくらいいいだろ。 ね、御剣」

ニヤけながら御剣の顔を見ると。
そこには、ぼくの思っていたのとは、少し違う表情をしている御剣がいて。

「……私は、ただ、もう少しキミに触れて、…いたいだけだ。肌を合わせれば、気持ちが、…」

いつもの饒舌なはずの御剣は、どこにもいなくって。
ぼくから離れようと、必死だったさっきの御剣と。
まるで恋わずらいをしているような顔の御剣が、同時にそこに存在していて。

「…御剣、それってハダカで抱き合ってるだけってこと?」
「――う、うム。」
「それはちょっと、いやカナリ拷問なんだけど」
「……そう、だろうか」
「あー…、でもまあ、御剣がそれがいいって言うなら、」
「成歩堂」

御剣は、澄んだ瞳をしている。
ぼくとは違ったやわらかくって、きれいな髪と。
色素の薄い瞳に見つめられると。

「私は、――、キミに感謝している。 逃げようとする私を、いつもキミは引き止めてくれる。
そうして、そばにいてくれるのだ。 こうして抱き合っているだけで、とても、とても…、安心するのだよ」

「…」

ああ、

―― なんて、きれいなんだろう。

やっぱり御剣は、月の光みたく、あったかくって、澄んでて、透明で。

なんて、きれいな感情なんだろう。

「……もう、毒気抜かれちゃったよ」
「…た、たまにはきちんと伝えねばな。とくに、キミと私は、互いに随分不器用で、それか、…んっ」
「御剣、していい?」
「っ、き、キミ、い、今自分が何を言ったのか、もう一度考えたまえ――っ、お、い、成歩堂っ!?」

御剣がわるい。

ぼくはこんなに御剣が好きで好きでしょうがないのに。
この数日、御剣のことばっかり考えて、夜も眠れないって言うのに。
この十五年、御剣のことばっかり考えて、生きてきたって言うのに。

御剣がわるい。

ぼくがこんなに御剣が好きで好きで大好きでしょうがないのに。

「だってほら、これが一番の愛情表現だろ?」

そんな、うれしいことを言われたらさ。体中全部使って、御剣を愛したいって、思うじゃないか。
泣きたいくらい、うれしいこと、言われたんだからさ。

「な、成歩堂、待て、待てと言って――」
「やだ待てないよ。 だってもう、充分待ったんだろ、ぼくらはさ」

御剣を、そのまま抱きしめて、抱えて、すぐそばにあるベッドに、縫い付けるように押し倒して。
それでも、ほら、おまえは抵抗なんてしないじゃないか。

「あ、…っ…、…き、キミは、まったく、…強引すぎるふしがあるのだよ」
「あと、なんかある? 早く言わないと、もうおまえ、何も言えなくなるぞ?」
「そ、それは、そうかもしれないが――っそ、それから、コロコロと考えを改めるのは、やめた、ま、…、ん…、」

御剣。

御剣、大好き。



御剣怜侍がぼくを好きだって、言ってくれてから。
御剣怜侍がぼくを好きだって、言ってくれたから。


「じゃあ、今夜ずっとキスさせてよ。おまえが、眠れないくらい」

「…、」

「夢中になってよ、御剣。ぼくみたいにさ」

「……、――とうに、なっている」


ぼくは、ようやく、御剣怜侍を好きだって、言えたんだ。