「じゃあ、今夜ずっとキスさせてよ。おまえが、眠れないくらい」 「…、」 「夢中になってよ、御剣。ぼくみたいにさ」 『ウェディング・ウェンズデー』 彼の紡がれていく言葉が止まらないことに、私はとても安心している。 彼のすべてに耳を傾けていれば、 彼のすべてに目を向けていれば、 彼のすべてに感情を、―― そんな一時を私に与えてくれた、成歩堂龍一という存在に、私はとても感謝をしているのだ。 「…っ…、あ、…っ、なる、…ほどう…」 名前を呼んでいればいい。 そうすれば彼は嬉しそうに笑い、幸せそうにこちらへ少しずつ、向かってくる。それは彼自身ではなく、彼の感情だ。 「御剣、…御剣、…だいすき…」 何も考えず、ただ、目の前にいる成歩堂龍一という男のことだけを、思っていればいい。 「――成歩堂…」 「…御剣…」 ただ、互いの名を呼び合うだけの時間だ。 それを繰り返し。また、繰り返す。 「御剣、…もう一回、だけ、していい…?」 「…、っく…、はは…」 そうしてたまに、キミは私を笑わせてくれるのだ。とても自然に情けない顔で懇願してくるたび、 私はきっとキミの真実に触れているのだろうな、そう、思う。 乱れた髪を梳いてやると、成歩堂はこちらへ目を向けた。 「もー、なんで、笑うんだよ、そこで」 「キミが崩したムードだろう?」 「そ、そういうこと言うかな…」 成歩堂は私の腹のあたりにぎゅう、としがみつくようにしている。 「もういい時間だろう、そろそろ寝なければ」 「…2時かぁ。…確かにそうだけどさ」 「そんなにしがみつかなくとも、私は逃げないのだよ、成歩堂」 「――…それ、ホント?」 「うム。安心したまえ。」 キミが私にくれるそれには、到底かなわないくらいのものであろうが、 ほんの少しでも、キミに届けばいい、そんな風に思う。 「―― 御剣。もう連絡もしないっていうのは、ナシにしてくれよ」 「…うム」 「ぼくら、恋人になったワケだしさ?」 成歩堂は私の手を握り、自分の頬に当てる。 ああ。私はキミを、笑顔にすることができるのだな。 「―― 覚めると思っていたのだが、そうではなかったようだ」 「…はは、ぼくも同じような事、考えてたよ。 御剣がぼくを受け入れてくれるなんて、夢みたいだって」 成歩堂は私の上からどき、もう一度手を差し出してきた。 私はそっとその手のひらに、指を触れさせる。 「…成歩堂」 「ん、なに、御剣?」 「…、……」 たまに、言葉につまってしまうのは、なぜなのだろうか。 それはキミの前でだけだ。きっと、ロジックがからまっているせいだろう。 感情のタガが、キミの前では簡単に外れてしまう。 そうしてそれでも、キミはゆっくりと、私の答えを待ってくれているのだ。 「―― もう一度くらいならば、よいかもしれないな」 「…っえ、ホント!?」 まったくキミは、わかりやすい男だ。 わざとわかりやすくしているのかと思うくらいに、わかりやすい人間だ。 「30分で済ませてくれたまえ」 「………ムードないのはお互い様だね」 そしてその時間が終わったとき、彼からとんでもないものを渡された。 それは、真っ白な紙に緑の文字で、何本か線の引いてある――。 「はい、御剣、ぼくと結婚しよう」 「………本気か、成歩堂」 「うん。本気も本気。こんなに本気になった事ないよ、ぼく」 「…本当、なのか、成歩堂」 「うん。本当だよ」 「嘘ではないのだな」 「嘘なんかつかないよ。御剣には」 「――…成歩堂…」 「うん、何、御剣?」 「…なんと、言ったらいいのか、こんな奇跡があっていいのか、私には、信じられない」 「うん」 「…この感情を、なんとキミへ伝えたらいいのか、わからないのだよ」 「うん、ゆっくりでいいよ。ぼく、待ってるから」 「…成歩堂」 「御剣が、書きたいときでいいから、名前を書いてほしいな」 「――…では、…今、書いても、いいのだろうか」 「――…うん」 それは、傍から見れば、あまりにも、子供のままごとのような時間だったのだと思う。 これを受理する社会の中で、私達は暮らしていない。生きていない。 しかし、それでも、私はこれで満足なのだ。 成歩堂、キミが。 キミが、私にこうして、この白い紙を渡してくれたことが、 あまりに奇跡で、あまりに、…言葉に出来ない、そんな、行為だったのだよ。 「御剣、見せて」 「ああ、これで、見えるだろうか、成歩堂」 「うん。御剣、字ぃキレイだね」 「はは、…キミの字もなかなか、…っ、ん!」 「御剣、どうしよう」 「…成歩堂、聞かずともわかるか、一応聞いておこう。なんだろうか」 「そのようなアレは困る行為、またしたくなっちゃったんだけど」 「キミはもう少し、こう、遠慮というか、配慮を覚えたほうがいいのだよ」 「…でも、御剣。ぼくら、夫婦になったんじゃなかったっけ?」 「――…、はあ…まったく…、スキにしたまえ」 「御剣。――もう大好きだよ、愛してる。世界中の誰よりも、ずうっとね」 |