それを見た時に、ぼくの思考は停止した。

今、目の前では。
なんだか頭のツンツンした外国ヤロウと、御剣怜侍がキスをしている。
そこで御剣がケリのひとつでも入れていれば、ぼくもなんとも思わずに、そのまま見過ごすことができたんだけど。
彼はぜんぜん嫌がってはいなく、少し照れたような顔で、何かを呟いているだけだった。
なんだよそれ、御剣。


ぼく、成歩堂龍一は、御剣怜侍を愛している。
彼にそれを伝えたことは無い。 理由は、御剣は常識に塗り固められた、生真面目なヤツだって知っているから。
一応親友であるぼくが、愛の告白なんてしたら、彼の許容範囲を超えてしまうと思っていたから。
だから、秘め続けていたこの、想い。

「…、なんで…」

足がすくんで動けない。目の前が真っ暗になりそうになる。
なんでなんで、どうしてどうして。
御剣怜侍が、あんな、よくわからないヤツと。
…もしかして、ぼくには相談ができないくらい、愛し合ってるんだろうか。
そのまま抱き合っている二人は、どこからどうみても、恋人同士だ。
なんとか足が動くようになった頃には、もう一度キスを見せ付けられた後だった。



家に帰って、ベッドの上に寝転ぶ。
なんだかやる気が出ない。1週間後の裁判の資料に目を通さなければいけないのに。依頼人には、用事ができて会えなくなった、と嘘をついてしまった。
信頼関係で結ばれてこその商売なのに、ぼくは最低だ。 でも、こんな気分じゃあ、仕事なんかできない。ぐるぐるとさっきの情景が頭の中を離れない。
御剣と一緒にいたのは、誰だ? 御剣は――。
「……あいつみたいなのが、タイプだったのかあ…、意外だなあ……」
自嘲気味に笑って、目を閉じる。 …どうしようもない、告白をするつもりは無かったけど、玉砕してしまった。
大好きだったよ。 本当に、今だって、過去形になんかできない。
ぼく、ちゃんと次に御剣に会った時に、笑えるかな…?
「…ちぇ…、しあわせそうな顔しちゃってさあ」
ほんの、ほんの少しだけどね、御剣。――おまえもぼくに惹かれているんじゃないかな、って期待していたんだ。

冬の冷たい風が、窓をかたかたと揺らす。その音が耳障りで、もうなにもかもが、嫌になっていった。





―― ピンポーン。

(うるさいなあ…)

「成歩堂! いないのか!! 何をしているんだ、キミは依頼人に対して――」

(もう他の弁護士を紹介したよ。こんな気分じゃ、勝訴なんて取れる気がしない。無罪なんて、勝ち取れない)

ぜんぶぜんぶ、おまえが原因なんだよ、御剣。 頼むから、そのまま帰ってくれよ。…もう少ししたら、立ち直るから。
手探りで探した、携帯の電池が切れている。時計を見ると、もう14時を回っていた。 っていうか、今日、何日だっけ?
「成歩堂っ!! …私を失望させるな!!」

―― へえ…おまえ、今、なんて言ったの? 失望させるな、だって?

考えるより早く、ぼくは立ち上がって、ドアを開けた。
「それはこっちの台詞なんだよ、御剣――――、昨晩は、あの男とお楽しみだったのかな?」
低い声でぼくがそう囁くと、御剣の身体がこわばった。
「あ……、ちが、…なるほ、どう…」
「あんまり良く見えなかったけど、日本人じゃあ、なかったよね? 随分いい趣味してるじゃない、…ねえ、御剣?」
「――…、」
「おまえが男好きだっただなんて、すごく意外だよ。だってあの、御剣検事だよ? …それが、あの男の下で、あえいでるんだ? はは、傑作だよ。」
「……、だ、してない…」
「聞こえないよ?」
「…、き、キミが、そんな――、差別的な人間だとは、思わなかった」
「そんなのきれいごとだよ。だって気持ち悪い…、生理的に受け付けないだろ?」
「っ…、すまな、…もう、来ない――」

最低の男になりさがったのに、なんだか高揚してくる。おまえの泣き顔は、やっぱりそそるなあ。
きっとこのまま、あの男のところへ行って、泣き付いて、慰められて、抱かれて――。

瞬間、自分の中で、なにかが壊れてった。

「ねえ、御剣、いいよ。」
「…なに、が…」
「―― ぼくがきみを、だいてあげるから。 いかなくて、いいよ?」

そんなやつよりずっと、おまえを大切にできる自信があるから。
その時の恐怖に染まった御剣の顔といったら。 







「…、――…、成歩堂…、どう、して、こんな――」
「猿轡、ロープ、貞操帯、バイブレーター、…いろいろあるんだね、ねえ、どれがいい?」
「たのむ、から…こんな、――、……っひ…」
「目隠ししてると、なんだか楽しいだろ? ――何されてるか、わからないもんね。 あの男は、どんな風に抱いてくれたの?」
「…だから、していない…と、言っている」
「…うそなんて、いらないから。」

本当は、とっくに、我にかえってるつもりだ。でも、止められない。目の前には愛しい人の裸体。
目隠しをして、一糸纏わぬ美しい肌が、震えている。
ほら、少しぼくが触れるだけで、さ。
「、ぁ…、」
「感じてるじゃないか。…どんな風に、ないたの?」
「、き、キミは――、同性愛者が嫌いなんだろう、だったら、どうしてこんなことをするっ」
「ああ、あれ、嘘だよ」
「う、そ、…だと…っ?」
「だって、ぼくは――」

おまえをずっと、愛してきたんだ。おまえしか見てなかったんだ。おまえ意外、いらなかったんだ。
その願いが叶わないって理解してて、でも、でも、でも――――。
御剣があんまり、ひどいからさ。
ちょっとだけ、お仕置きだよ。
おまえとの友情の引き換えでもいい、一生に一度でいい。そのまま刑務所行きでいい。おまえが裁きたいなら、そうしてもいいから。

「…成歩堂…、泣いて、いるのか…?」
「まさか。…そんなわけないだろ」
「―― 頼む。何をしてもいいから。この目隠しを取ってくれ。キミの真意が知りたい。瞳を見れば、わか――っん、ん、…っ!!」
「…、は…、っ…ちゅ…、」
「…成歩堂…、そんなことを、するな…」
「…きもちいいでしょ、…男なんだから、――、…ねえ、あいつだと思っていいから。…、だから…おまえが欲しい」
「…――っ!?」

ああ、これじゃあ、告白したのと、同じだね。 こんなはずじゃ、無かったのに。
御剣はちっとも反応してくれないし。…なんだ、生理的に受け付けてないのは、おまえの方なのか。まあ、恐怖でそれどころじゃないか。
けど、一回だけでいいからさ、おまえの欲望をぼくに頂戴? 

「なる、…まて、…待って、くれ――」
「ゃだ。…っ…、ん、…」
「…、――キミのことが好きだ…っ」

「――…へえ?」

「本当だ! 彼にはそれを相談していて、ムリならば、自分と――、といわれ、少しだけ、気持ちは傾いたが、ほんの冗談のキスだった。
それ以上はしていない、…だから、だから、こんな形で――」

目隠しを取った。きれいな瞳から、何度も何度も、雫がこぼれる。
…ぼくは、何を――。 …ちっとも、我になんか、かえってないじゃないか。

「成歩堂…、成歩堂、わたしは、キミ、が好きで――」
「…ご、めん…」
「…、よかった…、キミは、成歩堂龍一のままだな」
安心したように、御剣は笑って、これも取ってくれ、と、自分を戒めている布に目を向けた。
急いでソレを解いて、抱きしめる。
「ごめん、ごめんごめんごめんごめん、ご、めん、なさい――…っ」
「……はは、…大丈夫だ、まだ何もしていないだろう、成歩堂?」
「したよ、散々おまえを、傷つけた――…、愛してるのに、、愛してるから、嫉妬して、もう、止められなくて――、ごめん、ごめ、」
「それじゃあ、…その…、……しよう」
「え…?」
「なんだか今なら、キミには、何をされてもしてもいい気分なのだよ。…さっさと抱きたまえ。そうしたいのだろう?」

御剣は、いつもの口調で、さっさとしたまえ、とぼくの頭を引き寄せた。


なんだか、その後の記憶は曖昧だった。



「っあ、ア、あ…ぁ、――ッ、成歩、…どう、…、っああ!!」
「…っは、…、御剣、だい、大…丈夫…っ?」
「ん、ああ、…ぁ、…平気、…だ…、…っ…っと、もっと、…成歩堂、…キミ、をもっと…、」

御剣は、ぼくの想像よりも、扇情的で、魅惑的で、それはもう、目が眩むくらいに、美しくて。
恥らって、でも、誘って、ぼくをどんどん、引き寄せていく。
ぐちゃぐちゃと、卑猥な音がBGMなのに、おまえの声は、どんな歌姫よりも、キレイな高音を部屋に響かせて、ぼくの脳を侵してく。
足を背中に絡めて、こんな、ホントに初めてなのかよ、って疑いたくなるくらいで。
でも、背中を刺す痛みが、彼の痛みをぼくに伝えてきて、きっと、我慢をさせているんだ、と、苦しくなる。
「むり、…だ…、い、ク…、――っ、あ、あ、…っ――ッッ!!!」
「、っは、ぼく、も――っ…御剣、御剣、み、…――ッ」

ほとんど同時に達して、涙と汗と精液でめちゃくちゃのシーツに、覆いかぶさるように倒れこむ。
ぜえぜえと息が上がって、でも、それが気持ちよくて仕方がない――。

「……御剣…、あの、」
「謝罪はいらん。」
「でも、ぼく、…」
「――…、ふ、…はは、情けない声を出すな。…――、私は、キミが好きなのだよ。…キミが、欲しくて仕方がなかった」
「大事にする!! 一生守るから!!…許して、くれなくてもいいから、…そばに、いてもいいか」
「…――ああ、…好きにしろ」

照れたように一度笑って、御剣はぼくに背中を向けて、横になった。
「抱きしめててもいい? あ、何もしないからさ、…身体、つらいだろうし、その…」
「…もう、いいのか」
「へ…?」
「1度で満足とは、成歩堂龍一は、淡白なのだな」
「御剣、それって――」
「足りないのだよ。―― 望めば、抱いてくれるのだろう?」

振り向いた顔は、自信に溢れた、いつもの彼だった。
ああ――、
御剣怜侍って男は。



ぼく、成歩堂龍一は、御剣怜侍を愛している。
彼にそれを伝えたことは無い。 理由は、御剣は常識に塗り固められた、生真面目なヤツだって知っているから。
一応親友であるぼくが、愛の告白なんてしたら、彼の許容範囲を超えてしまうと思っていたから。
だから、秘め続けていたこの、想い。

もう、蓋を開けて、君に頭からかぶせてあげよう。それでおまえが満足するまで、何度でも、愛を注いであげるよ。

「成歩堂、…ちょ、待て――、さすがに…、――もう…」
「遠慮なんてらしくないなあ。ぼく、…まだ、元気だよ?」
「いやだから、私の方が、が限界なのだ――っあ、ああ…んっ」

まあ、ぼくの方がエッチで変態で一枚上手だから、とりあえず今夜は覚悟しててね、御剣。



kiss×3