正反対偏愛論。


一応、私と矢張は、付き合っているのだ。
それは、恋人という意味で、つまりは、二人きりでデートを楽しめる関係、というわけなのだが。 そういう意味で、わたしは先日彼を誘ったわけなのだが。

「…や。久しぶり」

矢張のうしろにいるのは。
髪の毛ツンツンの親友その2、成歩堂と、真宵くん、春美くん…。
これでは、家族……で遊びにきた、というようなものだ。

「…矢張、……まあ、いい」
「前によお、春美ちゃんが来てみたい、って言ってたの、思い出したんだよ〜」

まったく、私の気持ちなど露知らず、彼は明るく笑っている。
だが、そのような理由ならば、あまり、大人気ない言葉は言いたくない。
まるで、私だけが、彼とのデート…、を、楽しみにしていたようではないか。

「…わり、なんか機嫌悪くさした…みたい?」
「まあ、一応、デートのつもりだったのでな…。」
少しだけすねて、視線を反らす。
こんなことを、26にもなって言わせるな。まったく。

「けど、きっとこの方が、楽しいぜ?」

多分、いつでもこの男の言動には、悪気はない。
それは、わかっている。
しかし、今の台詞は、…、どうだろうか。
そうか、キサマは、私とふたりきりでは、楽しくないのだな。

「もう今日はキサマとは、口をきかん」
「…っええええええ!?」


「成歩堂、いくぞ」
「ああ、待ってよ御剣、まだ入場券買ってないだろ、ほら」
「む。すまない。ああ、キミは、矢張と違って気が利くな」

「…あのね、御剣、当て馬に使うの、やめてくれない?」
「……、うるさいのだよ」
「まあ、可愛いからいいんだけど。あんまり隙を見せると、ぼく、君を奪っちゃうかもよ?」

「それは、……そのようなアレは困る。」
「…じゃあ、素直に矢張の隣にいけばいいのに。 アイツだって、照れてるだけなんだよ。」

「…わかってはいるのだが…、…」
「まあ、当人同士の問題だしね。とにかく、ぼくは真宵ちゃんと春美ちゃんと一緒にいるから、ちゃんと仲直りしなよ?」
「…む。承知した」



後ろを振り返ると、やはりと視線がかみ合った。 いい顔をしている。
わかりやすい嫉妬の仕方だな、

「…矢張」
「よ、呼んだ?」

「その――、喋らないというのは、子供っぽすぎたのだよ」
「…うん」

「それに、真宵くんや春美くんは、すごく嬉しそうだ」
「だろ?」

「ついでに、私も喜ばせたまえ」
「……へえ?」

「…なんでもない」
「………、わかった!」


そう言うと、矢張は私の手を引いた。

26と25の男が、手をつないで、魚鑑賞。 周りに、迷惑な光景に映っていなければいいのだが。

「は、はなしたまえ」
「誰も見てないって。いこうぜ?」

「…こ、こんなことでは喜ばんぞ」
「…御剣、顔、赤いぞー?」

「…っうるさい男だなキサマは!」
「そんなの、小学生の時から、わかってんだろ?」

わかっている。
彼の性格も、
彼の、笑顔も涙も、怒り方も。

「まあ、な」
「あ、笑ったじゃん。やっぱ可愛いな、おまえ」

「う、…うるさいのだよ」
「誉めてんじゃん。あ、みやげコーナーあるぜ、行かね?」

「揃いのキーホルダーなぞいらんぞ」
「…わかってるって」






ひとしきり土産を見ていると、矢張が、何かを買ってきたようだった。
「会社のやつらに、な」
「…今君は、どこで働いているのだ?」
「絵は描いてるよ。メイちゃんのムチムチってやつ。 一応、アルバイトとか、あと、警備会社に戻ったけど、…また資格取り直しで、めんどかったけどなあ」
「警備員は資格がいるのだな」
「おう。あんまり内情言っちゃいけねえホーリツとかになってるから、言えないけどな」
「そうか」
「いろいろ種類あるんだぜ? 御剣がもっとえらくなったら、オレ、SPやってやろっか?」
「……遠慮しておく」
「いや、なんでだよっ」

「キミが、殺されたり傷ついたりするのは、イヤだからだ」

「…御剣」

「キミは、いつでも私の目の前で、へらへらと笑って、私を安心させていればいいのだよ」

「…、なんだよ、もー、…」

「では、行くとしようか」

「おう」












「あー、楽しかったな」
「そうだな。真宵くん、春美くん、キミたちはどうだった?」

「とても、お魚がいっぱいで感動いたしました!」
「ねえ、きれいだったよねえ」

「そうか。それはよかった」
「また来たいです」
「また、みんなで来たいね♪」

「…ああ、私もそう思う」



結局、矢張のやったことは、珍しく項をそしたらしい。
私の機嫌もすっかりとよくなっている。


「御剣、まだ、時間あるか?」

「ああ、かまわないが…」

「じゃ、ちょっと歩こうぜ?」

「ああ」


解散したあと、街を練り歩く。
矢張は、少し歩くだけで知り合いに会うのか、挨拶をしてまわっている。

みな、こいつが好きなのだな。



「キミは、もてるな」
「いや、そーゆーんじゃねえし」


「それに、やさしい」
「…なんだよお、機嫌わるいんじゃなかったのかよ」

「とっくに直ったのだよ」
「そっか。 …あ、…のさ、これ、やるよ」
「え…」

近くの公園のベンチに座ったところで、矢張は私にちいさな紙袋を差し出した。

「…私に、か?」
「き、気に入らなかったら、いいんだけどよ」

中をあけてみると、とてもきれいな、イルカの置物があった。

…どこかで、見たようなきがする。

「……、やはり、これは、…昔、私が欲しがっていたもの、か」
「ば、バージョンは違うんだけどな」
「…小学生の時の話だぞ」
「ん。そうだっけ?」

「………その、大事にする」
「…、ま、まじ?」

「ああ。部屋に飾っておこう」
「…そっかあ。へっへ〜」

「機嫌がさらによくなった。」
「じゃあ、手え繋いでていい?」
「まだ、夕方だぞ…」

「じゃあ、……どっか入る?」
「そのようなアレは、嫌いだ」

「…わがままだなー、もー…つうか、別にそっちに誘ったわけじゃねえし…。」
「…では、ウチにくるか」

「え…」
「それならば、かまわないだろう?」

「い、いく」
「…わかりやすい男だな。キサマは」



それでもやっぱり、


「うまい紅茶くらいは、ご馳走しよう」



私は、彼が好きなのだ。