成歩堂龍一という人間は、理解の範疇を簡単に超えていく。
そもそも最初からそうだったのだ。出会った瞬間、そして一瞬一瞬、彼からはなぜか目が離せない。
なにか、それはまるで物語の主人公のようなオーラが出ているのだ。
彼には良くも悪くも、味方が多く、また、彼はいつもそれに無償で応えている。
へらりと笑って、人を簡単に救い上げてしまう。

私は、そんな成歩堂龍一が好きだ。

それはいつのまにか、友人という枠を越えてしまっていた。
だが、私は彼にとっての親友でライバルとして、ずっと隣にたち続けたいと思っている。
その気持ちは変わらないし、変えてはいけないものだ。
だから私は、今日も彼にとって最善の行動を心がけよう。
そんな風に、思っているのだ。


『サンデー・サタデー・サンデー』



昨晩、彼に私は抱かれることになっていたらしい。
それが必然だったのか、それとも唐突な運命だったのか、なんなのか。
わからないうちに、気がつけば私は彼に組みしかれていた。
それはまるで、嵐のような夜だった。よく言う言葉だが、本当に、そうだったのだ。

「御剣」

彼はいつもの声色でそう言いながら、私を求めてやまなかった。
そしてきっと、私も彼に対してそうだったのだろう。
一瞬だったのか、それとも永遠だったのかわからなくなるような時間の流れの中、彼はたまに泣きそうな顔して、たまに笑っていた。
酔った上での出来事だ。そう、自分に言い聞かせ、彼を受け入れた。
そうして酔いがさめた頃には、私は動揺する自分をごまかしながら、彼のマンションのシャワールームにいた。
頭からほとんど冷水に近いような水を浴びる。
秋の虫の音すら止んだような時間だ。

「…、ん…」

体が痛い。とくに下半身と腰にきている。
無茶をされた。そんな感想だった。成歩堂は経験があるのかもしれないが、私にとって、このようなアレな行為ははじめてのことだった。
鏡に映った自分と視線があう。顔は紅潮し、首や胸に赤い痕が残っている。そうして、どろり、と内ももを伝うものがある。
それが成歩堂の残滓だと思うと、気恥ずかしいような、複雑な心境になる。

「…本当に、無茶をする」





きっと成歩堂は、疲れて寝ているだろう。そんな風に思いながらバスルームから出たが、そうではなかった。
それどころか、ビールをあおっている。
彼らしくない。いや、彼らしさとはなんなのか、そこまで私は彼を知っているわけではないが。
彼の一端、切れ端くらいは知っている私にとって、そんなような彼を見るのは久しぶりだったのだ。
確か、彼に何も言わずに連絡も入れず、失踪をしたあと。
そうだ、再会した時のような、そのような感じだ。

「成歩堂…」

声をかけ、相談に乗ると言い、約束を取り付ける。

彼は少しだけ笑い、やはり少し悲しそうな顔をしている。
私を求めたくらいなのだ。本当に何かあって、参っているのかもしれない。
私は、彼の為になるなら、なるべくなんでも、役に立ちたいと思っているのだ。
成歩堂龍一が私にくれた、一瞬一瞬、その価値に比べて、私は彼に何も返せていない。
だから、少しずつでも、彼の心を軽くしてやりたい。
そんな風に少なからず、思っているのだ。

「…もしかして、御剣って、ぼくのこと好きだったりしない?」

酔った上での告白ならば、明日には忘れているだろう。 冗談まじりで返答を返すと。

「…御剣、ぼくも」

「…、」

すぐにその返事が反射したように返ってきて。 私はなんだか、困ったように笑うことしかできなかった。
酔った上で、気持ちがかなって。
きっと、明日には忘れられているのだ。

「…そうか。」

成歩堂は、そのまま私に、先ほどのようにゆっくりとくちづけてきた。
入り込み、縦横無尽に暴れ回る舌に、唇から零れていく滴り。
「ん、…なる、…っ」
ベッドに押し倒されたまま、ぼんやりと、先ほどシャワーを浴びたばかりなのだが、と思う。
成歩堂が、それで少しでも楽になるのなら、もう一度シャワーを浴びるくらい、たいした労力ではないが。

「…御剣、…させて…」
「っ、…ぁ、…なる、…」
「入れないから。ちょっとだけ、もうちょっと…」
「し、しかし、…あ、…やめたまえ、そのような…」

成歩堂の印象的な髪型が、視界の下に下がっていく。
ちろりと、私自身に舌が触れる。そうして、すぐになま温かい口腔に包まれた。
音をたてて吸われる感覚に、眩暈がする。

「ふ、…あ、…ぁ…」
「…みつ、…るぎ…ん、…」

びくり、と体が戦慄く。当たり前だ、そのようなアレをされた経験など、私にはない。あるはずがない。
されたいと、思ったことすらないのだ、それなのに。
何かに急かされているかのように、成歩堂は行為をやめない。

「あ、は、…っ…、なるほ、どう、…だめだ、…」

とがった髪に触れる。固められたわけでもないのに、不思議な髪型なのだな、と再認識しながら、それでも、引き寄せてしまう。
そうして達するまでに、さして時間はかからなかった。また、あの気恥ずかしさが私をおそう。
成歩堂は、本当になにか悩んでいるのだろうか。それを私にこのような形でぶつけることで発散させているというのならば、仕方がないのかもしれないが。――少々、やりすぎだ。

「…御剣」

互いに荒い息の中、成歩堂は私を抱きしめたまま、離さない。

「…な、なんだろうか」

「明後日、楽しみだなぁ」

返ってきた言葉と声が、とても甘くて幸せそうだったので。

「成歩堂…」

「ぼくね、…ずっと、御剣のこと、好きだったからさ」

「…っ…」

成歩堂、これは酔った上での出来事で、情事で、告白なのだろう?

「……おまえがずっと、好きだった」

「…う、うム。…成歩堂」

「御剣…」

そのまま、成歩堂は寝入ってしまった。完全に酔っぱらいだ。
この状況を、どうしたらいいのか。

「成歩堂、シャワーを浴びたいのだが…」

小声で耳元にそう囁くと、そっと抱き寄せられていた腕が外れた。

青い時計が目に入る。

0時を少しまわったところだ。

「…明日、なのだよ」










その朝、私は成歩堂が目覚めないうちに、彼のマンションをあとにした。仕事がたまっているので失礼する。
約束が忘れられないように、日曜、10時、検事局にて待つ。そのようなメモを残しつつ、気づいた。

「まるで、果たし状だな」

そんな風に思いながら、眠る彼の額にくちづけを落とした。



たとえ何が起きたとしても、私の一日は変わらない。
己のマンションに戻り、赤いスーツに身を包み、紅茶を飲み、検事局へ向かう。
検事・御剣怜待の生き方を選んだ私の一日だ。
しかし、昼を回った頃、夕べの事が頭をよぎる。

「…成歩堂」

あいつのことだ。酔って記憶が飛んでいても、おかしくはない。それを寂しく思うのは、私の身勝手だ。
彼は少し疲れていて、飲み過ぎて、酔って、私を抱いたのだ。身近にいた存在が、私だったからなのだろう。
そう、思おうとするのだが、彼が酔った上でも、繰り返した睦言が耳を離れない。

「……すきだと、言った、な」

ずっと、好きだったと。それは私の台詞なのだよ、成歩堂。
伝えられるはずがない。自覚したのは最近ではない。彼に再会した瞬間から、きっと私の心は彼に向かっていっていたのだろう。
だが、彼には、彼を想う女性が多くいる。
よもや親友という位置から、その上へあがろうとなど、できるはずがないのだ。

思考をさえぎるように、電話が鳴った。

どうやら、彼に会う前までに、ロジックはまとまりそうにない。




「御剣だ」

『あ。ぼくだけど、御剣ってサンデーアイスは好き?』

「……。」


彼相手に常識もなにも、通用しないのだ。

成歩堂龍一という人間は、理解の範疇を簡単に超えていくのだから。

私はそんな彼が。

「―― まあ、好きだな」

『そっか。良かった。 明日のことなんだけど、真宵ちゃんオススメの…』



へらりと笑って、私を簡単に救い上げてしまう。