ケーキまにあっくプレー。




「ねえ、御剣ぃ」

成歩堂龍一が、こんな風に甘えた声を出す時は、ロクなことがない。

「な、なんだろうか…」
「ぼくさ、ケーキが食べたいんだよね」
「うむ…、買ってくればいいではないか」
「いや、買っては、あるんだけどね」
「(嫌な予感がするな) …、で、では、お茶にでもしようか。そろそろ仕事も区切りがついたのでな。」

私は、ノートパソコンをパタン、と閉じた。
すると、成歩堂にその腕を、掴まれる。

「…、なる…」
「ぼく、ケーキと恋人を一緒に食べたいんだよね」

にこにこと笑う、恋人である彼に、私はいつも、逆らうことができなくなる。 このように、ケーキよりも甘ったるい声で、彼はいつも我侭を言ってくる。
そもそも、どうして私が逆らえないのか。彼は熟知しているのだ。…結局、私は彼から与えられるスイーツが、一番好きだからだ。

「お茶にするんでしょ?」
「――、ああ」
「ケーキの種類はね。モンブランとイチゴショートと、アップルパイ。 それからもうひとつは、名前忘れちゃった。でも、おいしそうだよ?」
「そうか、…私はどちらでもかまわない。」
「御剣甘党だもんね? ああ、おまえよりおいしそうなのは、なかったけどね…」

彼の舌が、私の耳朶を、味見するように舐め、ちゅ、と音を立てて、銜えていく。
それだけで、ぞくぞくと痺れるような感覚に、襲われる。走ったわけでもないのに、すぐに息が上がっていく。
彼は本当に、ロクな事を考えない。
そうしてそれを受け入れてしまう私は、更にロクでもない人間なのだ。




「…その、何もベッドの上で、…いくらなんでもマナーがなっていないのではないだろうか」

「まあ、まあ。 ぼくはね…御剣と一緒に食べたいの」
「それはさっきも聞いた。 ――私は、あとで紅茶といただくことにしよう。」
「ええー? まったく、優等生なんだから、おまえは」
文句を言いながら、だが顔は終始嬉しそうだ。 そうして、スーツの腕が伸びてくる。
「…、成歩堂…、その…、本気か?」
「うん。――…いやじゃないよね?」
「だったら、とっくにキミをひっぱたいて、事務所に帰っているさ」
「…だよね。だって御剣、えっちだもんね?」
「――、…否定はしないが、肯定もしたくはない質問だな」
「いまさらじゃない、付き合って何年だよ、ぼくたち」
「…まだ11ヶ月だ、成歩堂」
「そうだった? ごめん、24くらいで付き合ってるつもりだったから。」
「――まあ、それも否定はしないがな…」
話を続けているうちに、服を脱がされ、ベッドに押し倒され、ついでに、腕を己のシャツでゆるく戒められる。
「これは、やりすぎではなかろうか」
「だって、このほうが興奮しない?」
「――私はいつだって、そうなのだが…、まあ、いいとする」

成歩堂と付き合って理解した。この男に対しては、あきらめが肝心だ。
「…絶景だね」
「――私の方は、そうでもない」
「じゃあ、デコレーションといこうかな」
「…っ…」
す、と成歩堂が腹を撫でるだけで、期待に胸が躍る。 結局、私は彼の言ったとおりの人間なのだ。

ぺろ、と効果音が聞こえてきそうなくらいに、成歩堂は舌なめずりをすると、持ってきていたケーキの箱に手を伸ばした。
真っ白い箱から、数個のケーキが出てくる。
「私の分は、冷蔵庫に入れてくれたまえ。」
「もう入れてあるよ。ショートでよかった?」
「…む。…ああ」
「どれがいいかな。そうそう、ビターショコラも買ってきてあるんだ。一番君に、似合いそうだから。」
「それは、どういう意味だろうか」
「ほら、御剣の肌って白いだろ? なんかこう、黒いもので、汚したくなるんだよね」
相変わらず趣味の悪いことを言いながら、成歩堂はその甘ったるいケーキを一口食べる。
「うまいか」
「うん。ちょっと苦い大人の味かな?」
「食べさせてくれ」
「いいよ」
成歩堂はそのまま、私にキスを仕掛けてくる。 甘くて苦くて、後は、もう、どろどろとした彼の、体液だ。
「ケーキの状態がよいのだが…」
「うそつき。ほら、もう感じてるじゃない?」
成歩堂はうれしそうに、私自身に手を伸ばして、それを撫で上げた。それだけで、意識が一瞬飛びそうになる。 
「、っん…、…」
「息あがってるよ?いやらしいなあ」
「黙れ…、やらせないぞ」
「うそうそうそ、ごめんなさい。…もう、ちょっとのことで怒るんだから」
「ふん、生意気なのだよ、キミは」

成歩堂龍一は、不思議な男だ。
少年と青年が同時に存在していて、くるくると表情が変わって、時に鬼畜で時に従順で時に温和で時に残酷で時に雄で、
――とにかく、数え切れない仮面を持っているに違いない。
それはきっと彼が大学の演劇を専攻していた時の賜物なのだろう。それから、ついでにハッタリの技術もそこで磨かれたのだろう。

思考している間に、私の身体は少しずつ汚れていく。
食べ物をそのようなアレの時の為に使うなどと、常識では考えられない、と思っていたのだが。
最初にそのようなアレをするときに、勉強として見せられたDVDに、似たようなものがあった。
つまりは、世の恋人たちは、そのようなアレの時にこのようなアレを……まあ、いいとする。個人の趣向なのだ。
…つまりは。
成歩堂の性癖は、まあ、きっと可愛いものだ、ということにしておく。

「あまいね」

「ん、…、こら、ぬりこむな、…そ、んなとこ、……っぁ…」
「だって御剣のおへそって可愛いんだもん。ほら、くちゅくちゅ言ってるよ?」
「…っ、つ…、や…、っ」
「御剣怜侍の性感帯、その4、おへそ。」
「、このっ…、あとで覚えておくがいい…っ」
「ええー、いやだなあ。 じゃあ、御剣が飛んじゃうくらい…激しくしようか?」
「っ…、…あ、…や、…だ…、なめるな、…舌、だめ…だ…、」
意識が朦朧となっていく。彼の舌はいつも熱くて(当たり前なのだが)、気持ちがよすぎて、困るのだ。

ぴちゃ、…ぴちゃ、…ちゅう、…。
耳をふさぎたくなるような音が自分と彼から奏でられる。毎度のことだが、コレは苦手だ。
「次はどうしようかな。 …わあ、御剣のこれ、すごいね…」
「…、は、…は、はぁ…」
「触ってほしい?」
「……」
「にらまないでよ。…ちゃんと、あげるからさ」
彼の瞳は、まるで、いたずらを覚えたばかりの子供のようだ。 そのきれいで、澄み切った瞳に、わたしは弱い。どうしようもなく、弱いのだ。
「、成歩堂…、…触ってくれ」
「うん。いくらでもそうしてあげる。 御剣怜侍の性感帯、その1、ぺ…」
「それ以上言ったら蹴り上げるぞ」
「…くすくす…、はあい」
成歩堂龍一は、
そのまま、甘くコーティングされた、わたしの、…その1を、銜えた。

「…ん…、バナナケーキ買ってくればよかったなあ。まだまだだねぼくも…」
「っ…、あ、…、…っん、ん…、な、…成歩堂、…っ」
彼のからかいの含まれた言葉にも、反応できなくなる。直接的な快感が、身体を支配していく。気持ちが良すぎて、意識が本当に飛びそうになる。
「…いいよ、…ん、…一回イッて?」
「、や、…っ、そんな、……っ、ああ、あ、…ぁああ…っ、ア、…」

成歩堂の舌が私自身の先に入り込もうとして、びくびくと電撃が走る。
添えられた指の動きにせかされて、あっけなく、私は白濁を、吐き出してしまった。
「、はあ、はあ、…は…、」
「よかった?」
「まあ、…否定はし、なくもない…」
「ふふ、そう。――じゃあ、ついでにバニラエッセンスを使っても、いいかな?」
「…? まあ、いまさらかまわないが…」

成歩堂は小瓶の中身を、私の身体に振りまいていく。
「…あまり、バニラの香りはしないものなのだな」
「まさか。ホンモノなら、鼻をやられてる量だよ?」
「……本物…なら、というのは、…どういう…、……っ!! あ、…っ??」

成歩堂龍一は、本当に、本当に、ロクな事を考えない男だ!

「ついでに媚薬プレイもつきあってよ、―― み、つ、る、ぎ?」
「――、やめ、…やめて、くれイヤダ、…っぁあ、…うう、…さ、さわってくれ、……っっく、…ひく…」
「…かわいいかわいいぼくだけのスイーツ。…いいよ、いくらでも食べてあげる」

残酷な笑みを浮かべて、小瓶の残りをわたしの中へと刷り込んでくる。
「ちが、…だめ、だ…成歩堂、コレ、…は、…シャレにならない…っ…、」
「知ってるよちゃんと説明書読んだもん。即効性。とっても元気になれる、でも、合法だから、安心してね?」
「ふ、…ばか、もの…っ…こんなものなくたって、…いつだってわ、たしは、きみを――、きみに、…かんじ、て…」
「…うん」
「ちゃんと、キミが好きで、キミを愛しているから、こんな無茶にも付き合って――…」
「うん」
「…っ、…くそ、…あ、だめだ、…思考、が…、っあ、ん、…ふっ……っあああ…」
「うん、大好き御剣。」

涙でにじんでよく、彼の顔が見えない。くそ、切なそうな声を出すな。
どうして、いつもいつもいつもキミは、私を試すようなことをするのだ。
どうして、信じては、くれないのだ。
―― 不安そうに、わたしを抱くな!!

「成歩堂、……っ……腕、はずせ、」
「逃げちゃわない?」
「…ない、から、…」
「…ほんと?」
「ああ! ……っはやくしろ」

すっと、自由になった腕で、涙をぬぐい、彼の表情を確認し、安堵する。
よかった。壊れてしまったときの、彼ではない。
そっと、頬を撫でる。じんじんと下半身は熱いが、なんとか理性で持ちこたえてみせる。

「御剣…、怒った?」
「当たり前だバカモノ。こんな、…っあ、…」

成歩堂が私の胸に吸い付いた。
ちくり、と感じる痛みと。
「最後まで、してもいい…?」
「、あ、アタリマエだ、…こんな状態で放ったら、金輪際、口もきいてやらん」
「…なんか御剣、子供みたいだね?」

笑うな。キミが言うな。…まったく、成歩堂龍一。

「――ああ、なんでもいい。…いい、から、そろそろ…、っ」
「うん、…愛してるよ…」
「、わ、たしも、だ――っ、あ、あ、あ、…」

ケーキには見向きもせずに、成歩堂は私を犯していく。
指で、舌で、それから、彼、自身で――。
それによって記憶が曖昧でふわふわとしていって、心地よくて、泣きそうになって、いく。
どろどろと溶かされていく。心も身体も、思考すら、全て。チョコレートのように、生クリームのように。

「成歩堂、な、る…成歩、…どう、…ぁん、ん、あ、あ、っァ、…ひ、…ぁあ、…、っと、…もっ…、」
「うん、深く、…突いてあげる。…ここ、…っだろ?」
「ん、ん…、うん、…そこ、…気持ち、イイ、…っあ、…きもち、いい…」
「…御剣…、…怜侍…」
「っ、あ、……」
「怜侍、…かわいい、…ぼくの、ぼくだけの、…っ…」
「…、成歩堂――…もう、…ぁ、ああ、あああっっ…」

「うん、一緒に、いこ?」

耳に囁かれて、そこまではなんとか、覚えている。

真っ白な、テーブルクロスが広がっていく。
光に反射して、――、私は、眩しさに目を瞑り、意識を飛ばしていた。












「ねえ、御剣ぃ」

成歩堂龍一が、こんな風に甘えた声を出す時は、ロクなことがない。



「…なんだろうか」

それでも私は返事をする。 必ずだ。

「あのさ…、…ぼくをきらいに、ならないでね?」

「なるわけがないだろう。」

「絶対?」

「――ああ。」

ついでにキスを贈る。…まだ、甘い。

それが、せめてもの私の愛の証なのだから。

それは、
彼、成歩堂龍一が、私に注ぐ愛情の100万分の1にも満たない、せめてもの。


「ねえ、御剣…ショートケーキ食べる? 紅茶も用意するよ?」
「…いや、今は結構だ」
「おなかいっぱい?」

「ああ――、私は、キミだけで、満足だ」