絶対的恋愛事情。




御剣怜侍だ。 まあ、そこへ座りたまえ。紅茶でも出そう。聞きたまえ。
今日は休日で、書店に用があったので出かけていたのだが。 ふと、喉が渇いたので、成歩堂の事務所へ寄ることにした。
そうしてのんびりと、成歩堂が書類と格闘しているところを、いつものようにソファに座りながら眺めていたのだが。
そのペンはすぐに止まり、彼は私のところへ歩いてきた。 そうして、隣に座る。

「なんだ、もう休憩か?」
「うん、あのさあ」
「なんだろうか」
「ねえ御剣、ぼくたち、あれから結局、デートしてないよねえ」
これは、前にも聞いたような台詞、だな。

「そうだったか」
「ほら、家で、だけじゃなくてさ、ちょーっとだけ、で、いいから。 したいなァ、外で、デート」

次から次へと、わがままな男だな。
まあ、先日、了解をしたのは、私なのだが。よくよく考えると、やはり、戸惑ってしまう。

「―― 26の大の男が二人で…か?」
「大丈夫だよ、友人とか会社の同僚にしか見えないって」
「弁護士と検事が、一緒にいるのは、いろいろと疑われそうだが…」

次から次へと口をつくのは、断るための、口実だ。
それによってキミの世界を、壊す事を、私は恐怖している。

「私服なら平気でしょ?」
「……うム、まあいいだろう。では、トノサマンの劇場版を観に…」
「ストップ。お願い。そのプランは、やめて」
「なぜだ? 私は二度ほど観たのだが、それはそれは、素晴らしい出来だったぞ」
「…お、おまえ…3回観る気かよ…」

「では、どこへいくと言うのだ。言ってみたまえ」
「え…っと、食事して、こ、公園とか、遊園地…でもいいし、ぶらっと街歩くのでもいいし…
その後は………ほてる…、と、か?」
「最後は却下しよう。 だが、それ以外は、賛成だ」
「ほんと?」

相変わらず、うれしそうに笑うな。
私だってな、成歩堂。 キミの隣を歩きたい、くらいは、思っているのだよ。

「ああ、男に二言はないのだよ、さて…今は11時か。 用意が出来次第、出掛けよう」

本当はな、成歩堂。そろそろ私もそのようなあれをしてみたいと、思っていたのだよ。
キミとのことを、メイに話したら。

『健全なつきあいが一切ないだなんて、どうかと思うわ!
つまりは、あなたの体目当てなのね、成歩堂龍一は。
ふふ…今度の本…、この内容で、決定ね。』

最後の、本、という意味はわからなかったのだが。
恋人は恋人らしいことをしなさい。そう、久々に諭されてしまった。
自分は、下僕のようなやつらとの付き合いしかしていないのに、棚に上げてよく言う子だ。 まあ、メイらしい、と言えば、らしい。
所詮、彼女にとって、私は、弟のままだからな。…年齢はだいぶん私の方が、上なのだが。

それを聞いて、私も、恋人らしいデートというものを、してみたくなっていた。
なので、―― 実は今、すごく機嫌がいいのだよ。



天気がいい。爽やかな風が、たまに頬を撫でていく。

「ねえねえ御剣、アイスとクレープ、どっちがいい?」
「…これから食事にいくのではないのか」
「13時くらいでいいんじゃない? ぼく、甘いの食べてる御剣、みたいんだよなあ。デートっぽいし」
「目的は食事ではないのか、仕方のない男だな、キミは」

「だって、御剣の写真いっぱいとりたいからさ?」
「キミは、カメラが趣味だっただろうか」
「ううん、そーゆーわけじゃないけど、御剣、またすぐ外国行っちゃうからさ。たくさん写真があれば。さみしいの、ちょっとだけ慰めてくれるかなーって。」
「……、いくらでも、とりたまえ…、それから、別にテレビ電話等してくれれば…、いいのだよ」
「だって時差とかあるし。…まあ、ビデオメールくらいは送っちゃうと思うけど、御剣忙しいからさ、見るのも大変だろ?」

「では、私もキミの写真を、もらおうか。持っていくとしよう」
「うん。それにキスしてくれてもいいし、なんだったら、夜のお供につかってくれ…げふ!!」

容赦なくけり上げた。
下世話な話題は、だいきらいだと言っているのに、学習しない男だ。
まあ、…なんというか。
それもパフォーマンスのひとつと、今では理解している。
彼は、いつも、いつも、私に逃げ道を作ってくれているのだ。


「みつるぎ、愛、…愛が足りてないよ…?」
「そうか? 十分私は、キミを愛しているぞ?」
「…もー、まあいっか」

ぱしゃ、と写真をとられた。

「一枚目。 公園をバックに照れてる御剣」
「恥ずかしいから、題目をつけるのは、やめたまえ」

そのまま公園内に入っていく。こんなに穏やかな気持ちで新緑を楽しむのは、久しぶりだ。
成歩堂は前を歩き、私は数歩後ろを歩いていく。これがデートというものか。悪くない。
すっと、手が差し出された。

「10秒だけ、手ぇつないで?」

目を細めた成歩堂が、手をさしのべてくるので、その手を握る。
幸い人目はない。
だが、ほんの少しだけ、胸が高鳴っていく。

「デートだね?」

「うム、そうだな」

「幸せ、だね?」

「まあ、そうだな」

「10秒たったよ?」

「…そうだな」

しかし、成歩堂はふりほどこうとは、しない。
私もまた、然りだ。

「…きす、しちゃおっか?」
「それは、困るのだよ」

「ちぇー」

「では、こうしよう」

俗に言う恋人つなぎをした手を、自分の口にもっていく。
そうして、成歩堂の手の甲に、くちづけた。

「み、みつるぎ…っ?」

「続きは、夜でかまわないな?」

「…うん。 かまわない〜」

幸せそうな顔をする、キミが好きだ。
ほんの少しのことで、歓喜し、抱きついてくるところも、好きだ。
その、一番そばに、いられる。隣を歩ける。
――ああ。 私は、幸せものだな。

こんな、優しい時間を過ごす人生なんて。数年前までは、考えられなかった。
私の人生のすべてを塗り変えてくれたのは、成歩堂だ。
価値観、人生観、そのすべてを。変えてくれたのも、成歩堂だ。

たまに、思う。キミがいなかったら、私はどうなっていたのだろう、と。
すると、まるで地面がなくなってしまったような、空が暗くなるような。そんな感覚に陥る。
だから、あまり考えないようにしている。
ネガティブな思考は、いつまで経っても、直らない。
…キミが、私を、変えてくれたから。私は、ここに生きていられる。
私は、キミに依存している、のかもしれない。

「御剣…」
「…、あ、すまない、少々考えごとを、していた」
「いいよ。 熟考している時の御剣見てるの、好きだから」
「そ、そうか」
「そうなのだよー?」
「まっまねをするなっ!!」
「あはは。 よかった。――…笑っててね、御剣?」

どくん、と心臓がはねる。
何度も、何度でも、キミは、私を恋に落とす。
ほんの一言で、ほんの表情ひとつで。

まったく、困るのだよ。
キミが、好きすぎて。周りが見えなくなる。

「…成歩堂。その、クレープが食べたい」
「オッケー。 じゃあ、あっちにクレープ屋さんのワゴンがあるから、行こう!」
「て、手を離したまえっ!」
「やーだよーー」

顔が赤いから。キミを見ることが、できない。
これでは、キミに夢中だと、言っているようなものだ。

…ああ、だが。 いいか。
どうせもう、彼はすべてをお見通しなのだ。

見通して、すべて理解をして、それでも、私を選んでくれたのだ。

「はい、アイスクレープ」
「…うム、いただこう」
「ひとくちちょーだい」
「…、うむ、かまわない」
「こっちも食べる?」
「ああ、いただこう」

公園のベンチに座り、クレープを食べ合う男の図は、おそらく異様なものだろう。
しかし、当人たちにとっては、それが日常だ。
日常に、なっていって、欲しいのだよ。
別に、法律に背く行為だとも、思ってはいない。そんなものもない。罰せられはしない。

日本は、割とゲイには寛容な国、に見せかけている。
だが。
男同士が手をつなぎ、道を歩き、よもやキスなどをし始めたら、眉を顰めない者は、いるだろうか。
色々な国を巡り、それぞれの価値観で物事を見てきたつもりだが。
私たちは、今、歓迎される世界での恋を、していない。
見てみぬふり、という行為に許され、ただ、存在している。

それが、怖い。ただ、ひたすらに。
何が怖いといえば、理由はひとつだ。

キミを、失いたくないから。

「ねえ御剣。今、ちょっと、ぼくとの事、後悔してない?」

成歩堂の声がふってきて、びくり、と身体が竦む。

「…そんなものは、したことがない」
「―― 嘘、つくのヘタだよね。おまえ」

左隣を見ることを、躊躇する自分がいる。彼は今、どんな表情をしているのだろう。

「そんな顔撮ったら、あとで見て、…泣いちゃいそう」

「逆だ、成歩堂。 私は、キミを離す事など、到底…できないのだよ」
「それ、ホント?」
「ああ。 もう、雁字搦めにして、縛り付けておいているのだよ」
「―― 何を?」
「私の中にある、キミだ」
「じゃあ…今ここにいる、ぼくは?」

「―― それは、できないのだよ」


隣を見た。
彼の顔は、見えなかった。

それは、彼が自分を抱きしめているからだと解るまで、数秒掛かった。

ああ。暖かいな。

「…成歩堂、今はまだ昼の12時で、ここは森林公園で、向こうには、犬を連れた家族が、歩いているのだよ」

「うん、知ってる」

「それから、…、それから、……ああ、なんだっただろうか…」

「うん、わかってる」

「―― 離さないのか」

「うん。絶対に」

「…そうか…」

「ねえ、御剣。ぼくは、他人にどう思われたって、いいんだ。 おまえは…?」

「―― キミさえいれば、何もいらない」

「…」




口付けを拒まなかった。むしろ望んでいた。
ほんの一瞬だ。

「しちゃったね」
「そうだな」
「…困った?」
「―― そう、…でも、ない」
「ねえ御剣。今、ぼくね、幸せだよ」
「…そうか」
「うん、…だからさ、キミが何にも考えないで、ぼくだけ見ててくれる、そんな場所にいこうよ」


――、また、昼間から、か。
そう、言おうと口を開きかけた。

だが、それを拒むように、もう一度、キスをされた。


「…成歩堂。 キミの家で、食事にしよう」
「うん、賛成」



本物の微笑みを浮かべるその頬に、今日もまた、触れる。