祭りのはじまりは、りんごあめ。 「夏祭りに行きたいのだよ。連れていきたまえ」 親友のそんな一言で、ぼくは、仕事の手を止めて、財布だけ持って、真宵ちゃんと春美ちゃんと、ついでに矢張も呼んで。 一緒に、お祭りに、出かけることになった。 「ねえ御剣さあ」 「なんだろうか」 「おまえ25だろ、普通さあ、夏祭りに行きたいとか言うのって、春美ちゃんとかじゃない?」 言いだしっぺの御剣の隣を歩きながら、近くの土手で開かれている小さな祭り会場へ向かう。 すぐそばに神社があるから、そこの祭りなんだけど、屋台は土手の方まで、長々と続いている。 がやがやと賑わう人混み。ぼくが苦手としているものだ。 黄色い声、屋台からの熱気。焼きそばやお好み焼きなどのソースの香り。赤、青、黄色でできた店から、子供たちが嬉しそうにわたあめやりんごあめを持って出てくる。 「…その、嫌だっただろうか。」 「いや、そういうんじゃないよ。 ただ、珍しいなって。ぼくと同じで、おまえってこういうの苦手だと思ってたから」 「…うム。1週間後にまた、外国へ立つのでな。その…、思い出作りだ」 「そっか。今度はどこいくの?」 「ヨーロッパだ」 「またかよ。よく呼ばれるなー、この前帰ってきたばかりじゃないか」 「まあ、今回は3ヶ月だけだ。すぐに戻ってくる」 「そうか。おまえがいないと真宵ちゃんや春美ちゃんが、寂しがるからさ」 「…キミもか?」 「はは、おまえ、冗談言うようになったんだなー」 談笑しながら、前を歩いている矢張や真宵ちゃん達に目を向ける。 まあ、ぼくの財布はきっと今日の祭りの終わりには、空っぽになっている事だろう…そんなに入れてないけどね。 「矢張、ちゃんと真宵ちゃんと春美ちゃんのこと、見ててくれよ!絶対にはぐれないようになっ」 「わかってるって!」 そんな事言ってどうせ、どこかでデートの約束でもしてるんだろう。 あいつをあてにするのはやめて、2、3歩下がったところから、真宵ちゃん達の後をついて歩く、ぼくら。 「…成歩堂」 「なに? もうちょっと近づいてくんないと聞こえないよ」 御剣に目を向ける。オレンジの明かりで、照らされている親友は、いつもの格好ではなく、ちゃんと甚平を着ている。 ぼくは急いでたから、スーツのままだけど。 「その、何を食べる?」 「へ…、あ、ああ。そうだなぁ。じゃあ、りんごあめ」 「では、買ってこよう」 「あ、御剣お金…」 「キミの財布は、ここにはないだろう」 ふ、と御剣は笑って、屋台へ歩いていった。 なんだか、変な感じだな。 あいつがぼくに笑うのも、こんな風に、親友3人組と、真宵ちゃんと春美ちゃんで、祭りを楽しんでいるのも。 御剣と和解…というか、ちゃんと親友に戻ってからは、初めての事だ。 「あ、ぼくソーダあめでよろしく!」 後ろ姿に声をかけると、御剣は振り返り、了解した、と言った。 ふと、光に反射する御剣の髪は、きれいだな、と思う。 って、何考えてるんだ、あいつは男だぞ。 ぶんぶんと頭を振って、周りに目を向けると、御剣の方を見て、黄色い声が上がっている。 「…さすが、どこでももてるな、あいつは」 女性が御剣に声をかけ、丁寧に御剣は断っている。 そうして、こっちへ向かってきた。手には、りんごあめと、ソーダあめ。 赤と、青がきれいだ。 「食べたまえ」 すっと差し出されたそれを受け取る。 「ありがと」 「かまわない。悪くないものだな、この雰囲気も」 「そう?さっきからもう何人目だよ、御剣に声かけてきた子」 「…5、6人といったところだが。…それがどうかしたか?」 え。 あ、そうだよな。…また、何言ってるんだろう。 なんだか、胸がもやもやする。 ぺろり、とソーダあめをなめると、甘くておいしかった。 横目に見れば、御剣も赤いりんごあめを頬張っていた。 唇のよこに、赤いかけらがつく。 「、御剣、口元についてるよ」 指で拭ってやると、御剣が一時停止した。 「…どうしたの?」 「…いや、…別に」 御剣の顔が、ほんのり赤い。 「…あのさ、御剣」 「なんだろうか」 祭りの雰囲気に飲まれてるのかな。 御剣を、ずっと見ていたいと思う。…なんだろう、この、感情は。 「なるほどくんっ金魚すくいやって! あとあと、ヨーヨーもとって!」 「それから、射的というのをやってみたいのですが…」 真宵ちゃんと春美ちゃんが近づいてきて、ぼくらにそう声をかけた。 「あ、ああ…矢張はどうしたの?」 「なんか、急遽、屋台のバイトが入ったって言って、ほら、あそこのかき氷屋さんで働いてるよっ」 「…あいつ、いつでもどこでもバイトしてるな。ある意味すごい」 「そうか。ならば仕方あるまい。 ―― 私の腕の見せ所だな…」 「いや、おまえ究極の不器用なんだから、ぼくがやるよ」 「ム。聞きずてならないな、成歩堂。金魚すくい勝負だ」 「言ったね。じゃあ、…負けたらどうする?」 「…キミに、…いや、なんでもない。そうだな、なんでも言うことを聞いてやろう」 御剣は不敵に笑うと、ぼくの手を引いた。 どくん、と胸が跳ねる。 本当に、なんなんだよ、これ。…ぼくは。 「ま、負けないよ。じゃあ、ぼくも負けたらおまえの言うこと今日1日なんでも聞いてあげちゃうね」 「言ったな、覚えておけ」 …結果は、まあ、わかってたんだけどさ。 「み、御剣、…ほら、1匹やるから」 「いらん」 「すねるなよ。なんとなく、自分でもわかってただろ」 「そんな事はない。」 ぼくは5匹。御剣は、…ゼロ。まあ、低レベルな勝負になっちゃったんだけど。 ぼくはまよいちゃんに金魚の入った袋をあげて、今度は自分で挑戦してごらん、とヨーヨーの屋台を指さした。ふたりは、歩いていく。 「勝負とかいいからさ、せっかくの祭りなんだし、さっきみたいに笑ってろよ」 「………、まあ、そう、だな。」 「罰ゲームは、それでいいや」 「いや、勝負は決したのだ。なんでも言いたまえ」 「…そう?」 「ああ」 「……、じゃあ、ぼくとつきあってくれる?」 わいわいわい。 土手の道は屋台が少なくなって、明かりがまばらだ。 蒸し暑くて、でも、みんな、みんな、楽しそうに笑っている。 ぼくは御剣と、土手に腰をおろした。 「…成歩堂、さっきはよく聞こえなかったのだが」 「……冗談だよ」 「…、そのような顔をしていない」 「あ、わかる? さすが御剣。天才検事。自慢の、ぼくの親友だ」 りんりんりん。 夏虫が鳴いている。 そろそろお祭りも終盤にさしかかってるのかな。 御剣は。 「その、…実は、今日、キミを誘ったのは…」 ぼくの方を見ずに川に視線向けたまま、小さくつぶやいた。 「うん」 「…、キミ、と、…の思い出が、ほしくて、な」 「たくさんあるじゃない。小学生の時の思い出とか。法廷での、勝負の事とか」 「…そうではなく、その、…このように、楽しい場で、今、現在のキミとの…」 「なんで?」 「…っ」 御剣の手に、自分のそれを重ねた。 「誰も見てない。お祭りに夢中だよ」 「し、しかし」 「…御剣、まるでぼくに告白してるみたいだ」 「、…ぁ…」 気づいちゃったから。 ぼく、おまえが好きみたいだ。 だから、ちょっとずるい告白。 「ね、つきあおうよ。」 「しかし、…、き、キミの気持ちは…」 「ってことは、御剣はやっぱりぼくの事好きなんだ?」 そうぼくが意地悪く言うと、御剣は、そうっと手を握ってきた。 少しだけ、震えている。 「ごめん、…あんまり、御剣がかわいいからさ。」 「そのような事はない」 「あるの。…ね、ちょっとだけ、…ふたりにならない? 真宵ちゃん達には、矢張と一緒に帰るように言っておくから。 ……っていうか、もう屋台手伝ってるみたいだし、ホラ」 視線を矢張のかき氷の屋台に向けると、3人で楽しそうに、商売をしている。 「…あ、ああ」 「じゃあ、ちょっとだけ待ってて、…神社行こう」 心臓が高鳴ってる。 御剣が、恐らくぼくを好きみたいで。 ぼくは、 それを嬉しいって思ってる。 土手から歩いてほんの数分、それでも、神社に近づくにつれて、暗くて静かになっていく。 石の鳥居をくぐって、そのまま石畳を二人で歩いて、左に曲がる。 緑の香りがする。ここの神社の祭りだっていうのに、誰もいない。 「静かだね」 「…そう、だな」 御剣は、ぼくが手をつないでここまで歩いてきても、嫌がらなかった。 「ねえ、御剣。ここ、座って」 「ああ」 神社の境内に御剣を座らせて、その正面に立った。 「…どうして今日、誘ったの?」 「、先ほども言ったように、キミ…と、の、思い出を…」 「うん、じゃあ、つくろっか」 キスをした。 御剣は、硬直したままだ。 「…な、成歩堂、…っ!?」 「今日ね、たくさんおまえに女の子が声かけてただろ。嫉妬した。」 「キミは何を…」 「今日ね、おまえが珍しく和服でさ、すごく綺麗で、戸惑った。」 「っ…いや、…そのような、」 一言言うたび、キスをおくった。 額、鼻、頬、瞼、そして、最後に、深く、唇を。 「っなる、ん、…ん、っんう…」 「…、ん、…ちゅ、…っく…」 そのまま抱き上げて、裏手に連れ込んで、堅い石の上に押し倒すと、 御剣の足が、砂利を蹴りあげて、ジャリ、と音が鳴る。 はあ、はあ、と御剣は涙目でぼくを見つめている。 いやがってない。 御剣は、困ったように、ただ、ぼくに流されている。 「…ぼくの気持ち、わかった?」 「…あ、ああ…とても」 「良かった、ねえ、…止まらないかも、どうしよう」 「っ止まっ!? いや、そのようなアレは困る! ここは神聖な場所だ、…っあ」 「うんわかってる最後まではしないから、ちょっとだけ。…もうちょっとだけ、…」 なだめるように言いながら、御剣の髪をかきあげて、首すじに吸いつくようにキスをした。 「、あ、…っ…成歩堂、…やめ、たまえ…」 「かわいい御剣。、本当、に、…ほら、ここも」 手をさ差し入れやすい服を着ているから、その期待に応えるようにして、膝から太股、そうして下着まで、指を走らせた。 「なっ、成歩堂! 困るのだよ、…ぅあ、…っん、…んん」 「…ぼくも困ってる。おまえ、色っぽすぎ…なんだよこれ」 遠慮なく指を動かす。下着をずらして、そのまま御剣自身を、追い上げていく。 「あ、あ、あ、っ…っあん、…あ、…な、なるほど、だめ、…だ、…っや、…っ…あ、」 「大丈夫汚れないよ。…なんか、なんでもできちゃいそうだから」 抵抗もなく、ぼくはそのまま御剣の反り上がったそれを、口に含んだ。 御剣が甘い声をあげる度に、満足感と充実感に包まれる。 髪を掴まれても、頬をひっかかれても、ぜんぜん痛くない。 御剣は、数分で果てた。気がつけば、ソーダあめとは違った苦いそれを、ぼくは飲み込んでいた。 こんなことができちゃうなんて、本当に新発見だ。 「…、うう…、なぜ、こんな…」 「……あ…ごめん。」 はっと、我にかえる。御剣は真っ赤になりながら、倒れたまま、顔をふせている。 「こんな場所で、恥ずかしいではないか…」 「うん、ごめん。…み、御剣。本当、ごめん」 「……、し、しかし…、その…、」 「え?」 少しだけ、御剣がこっちを向いて、起きあがってきた。 そうして、自分でひっかいたぼくの頬に、触れる。 「…すまない、ひどく、ひっかいてしまった」 「なんで御剣が謝るんだよ。…あ、いてて…」 「その、…き、気持ちはわかったのだが、…まだ、なにも言っていないではないか」 「…あ。ごめん、もう、つき合ってるつもりだった」 「私は、返事をしていない」 うん、けど、顔が笑ってるよ、御剣。 それに、頬をぺろぺろ嘗めてるし。 そんなことしたら、ぼく、我慢できなくなっちゃうんだけどなあ。 「…聞かせて。 御剣の返事、ちょうだい?」 音が遠のいていく。ただ、もう、おまえしか見えなくなる。 「その、…私は、…キミを…恋しく思っている」 ああ、だめだ、御剣。ごめん。ほんと、ごめん。 脳天直撃。本当に破壊力抜群だよ、その、台詞。 「御剣。この近くにホテルあった?それともぼくのマンションでいい?」 「ままっま、待て、こら背負うな!!恥ずかしい!!!」 抗議なんて聞けない。聞くはずない。そんな必要ない。 夏祭り。 神社。 遠くから聞こえる、祭りばやし。 それから、御剣が、ぎゅう、とぼくの首に抱きついて。 「…その、うちのマンションが一番近いのだよ」 そう、笑って言った。 「異議なし」 すぐ横にある御剣に、ちゅ、と口付けた。 ―― まだまだ祭は終わらない。 |