ウラオモテ。




成歩堂龍一は、いろいろな顔を持っている。

「やあ、真宵ちゃん、春美ちゃん」

彼女たちの前では、優しくていいお兄さんのようなタイプだ。

「…異議あり! 弁護側は、更に詳しい証言を、要求します!」

法廷では、切れ者で、黒い笑みを浮かべる。



そして。


「みつるぎおねがい〜っもう一回チャンスちょうだいっ、ね?しようよおおーーー」

私、つまりは彼の恋人であるわけなのだが、その前では。
まるで大きな飼い犬だ。

「…断る。途中で寝たキミが悪い。興がそがれたのだよ」
「ごめんごめんごめんんん、ちょーーーっとだけ徹夜続いてて…」
「言い訳は、好まない」
「うええええん、お願い。もう、1ヶ月ぶりの再会じゃないか、
御剣はぼくと、したくないの?愛し合いたくないの?」
「…だから、もうそのような気分では…」
「じゃあそのような気分にさせるから、ね、ね、ね?」

…これは少々、豹変しすぎではなかろうか。。
いくら、彼が大学時代に演劇を専攻していたとはいえ、
日常的に演劇のように、キャラクターを変えているとは、考えづらいのだが…。

「…キミは、一体、何人いるのだ?」
「え? ひとりに決まってるだろ」
「…、うム、わかるのだが、理解しがたい…のだよ。昼間とは、まったく違う人物のようだ」
「だって御剣の前だもん、これが素のぼくだよ。
かっこもつけてないし、運命の人が目の前にいるんだもん、骨抜きになってるんだよ」
「そ、そういうものか…」
「うん、そう、… だから、だめ?」

成歩堂は、ゆっくりと私の胸のあたりを撫でている。
…本当に、仕方のない男だ。

「ふ、まったく、キミが疲れているから、休ませてやろうと言う、私の心遣いは無駄になりそうだな」
よしよし、と飼い犬の頭を撫でると、へらっと笑った成歩堂は、嬉しそうに頬ずりをしてくる。
「御剣大好き、愛してる〜」
「ああ、わかっているから、やめたまえ…」
「御剣照れてる、かわいいーーーっ」

押し倒されて、のし掛かられて、顔中を舐められて。
…本当に、犬のようだ…、少々、どうかと思う。
「すき、すき、大好き」
「…わかったから、黙ってしたまえ」
「うんっ」

彼は、確かに大学時代は、こんな感じだったと矢張に聞いたことがある。彼女のことになるとでれでれしていたと。
…む。考えると、少し不愉快になってきた。
「御剣…眉間にシワが…」
「それは、いつものことだろう」
「ううん。違う。今ちょっと機嫌わるいでしょ。ごめんね、ぼくが途中で寝たりするから」
「もう、それはいいのだよ。寝たと言っても1時間ほどだ。…その、まだ、時間は、…あるからな」
「っ…御剣っ…もう、今夜は寝かせないからなっ」
「いや、キミが寝たまえ…っうぐ…」
ぎゅうう、と抱きつかれる。暑い。ものすごく暑い。
今夜は、熱帯夜だ。

本当に、彼はまるで多重人格者だ。
こんな風に、ベッドの上では、時に甘く、時に鬼畜で。
時に、ただの雄犬になりさがる。

…まあ、嫌いではないのだが。

「、みつる、ぎ…、もっと、足、開いて…」
「あ、…っ私は、あまり、体が、…」
「うん、わかってる。お酢飲みなよ、やわらかくなるかも…」
「それは、迷信、だ…っん、、…ぁあ…」

成歩堂龍一、26歳。
出会いは小学校の時だ。
友人として、私は彼のことをわかっているつもりだった。
泣き虫で、しかしよく笑い、好きな女の子には一途だった。

その後は、わからない。
中学、高校、大学時代、…彼は、どんな風に成長し、過ごしてきたのだろう。
その時の性格形成の段階で、私の知らないそれが、できあがっていったのだろうか。
…いや、考えすぎだ。
彼は、演劇をやっていたから、…だから。
いろいろな引き出しを、持っているのだろう。
それだけだ。

そうして私は、成歩堂の真実を、知ろうと、していないのかもしれない。
否、知るのが、怖いのかもしれない。

「いい格好だね、御剣…ほら、見える?」
「…。きさま、いつのまにこんな…でかい鏡、を買って…」
「うん。今月の給料で」
「……家賃は、大丈夫なのか」
「………、ごめんなさい、貸して…」
「バカモノ…、弁護士をやれなくなったら、どうするつもりだ、キミは…」
「…うん、ごめん…」
しゅううん、と、少々鬼畜になりかけていた成歩堂は、
また、飼い犬に戻る。
「まあ、そんなことは、私がさせない」
「…御剣、かっこいい…」
「ふ、当然だな。…まあ、キミは、それくらいでいいのだよ。…ほら、…手が、止まっているぞ」
「うん、せめて愛し合ってる時くらいは、御剣を満足させてあげるねっ」
「まったく、仕方のない男だな」
にこにことすぐに表情は変わり、声のトーンも高くなる。

心臓が跳ねる。その度に。
翻弄される、彼と、彼自身に。

「、あ、…、成歩堂、…もう…」
「うん、…御剣、…いっぱいにしてあげるね…」
「、ん、ん、ぁ、…っう、……っぁぁああああ」

ぎしぎし、と、ベッドが悲鳴をあげている。
少々…、いや、大分、成歩堂の部屋のベッドでは、私たちには小さすぎるのだ。
かといって、床でやるには、背中が痛い。

そもそも、あまり彼は、私のマンションに来たがらない。だから、だいたい週末は、彼の部屋で過ごすようになっている。…まあ、月に4回あればいい方、だ。

だからなのか、彼は私を求める。
何度も、何度も、飽くことなく。
今夜だって、眠いのなら、徹夜をしていたのなら、ただ、
隣で寝ていてくれれば、私は満足なのだが。
どうにも、私の恋人は、愛し合うことが好きなようだ。

「、あ、…っん、…あ、あ、…」
「…御剣、かわいい…、きれい…、すごい…、っ…」
「っう…っあ、…っあ、あぁ…」
「これね、背面騎乗位っていうんだよ…、鏡があるから…御剣のこと、全部、みれて、…うれしいな…」
「っ、わか、った から…、少し、黙り賜え…っ」

背中から延びてくる手が、私自身を掴み、極みへと導いていく。
「、っや、…、め、…ぁあ、…っん、あん、…」
「なんで? 気持ちいい、でしょ?」
「う、…、ぅん…、…って、…いって、しまう…」
「平気だよ、だってまだ、…ほら、明日は休みだろ?」
「…しか、し…、っあぁ、! …なるほど、う…っ」
「すき…だいすき御剣…、もっと、感じて?」
「もう、十分、…すぎるほど、…だと、…っあ、言って…、」
「うん…でも、ぼくは…、まだまだ、足りないんだ」

成歩堂龍一は、今、どんな表情をしているのだろう。
寂しそうな、声が、私の胸に突き刺さる。
まだ、不安なのか。

私の1年間の失踪により、彼の精神は少しだけ、弱くなり。
再会し、仲直りの時に、愛してるから、もう二度といなくならないで、と。 そう、告白された。
私は、うなづいた、ただ、それだけだ。

それが、1ヶ月前の話で。
彼は、会う度に私を求めた。…すべてではなくとも、すぐに、私を。

「、成歩堂、顔がみたい…」
「……、今は、だめ。…だって、きっと、…ひどい顔してる」
「かまわ、ない…、キミが、…なんだっていいのだ。…どんな君でも…、愛していることに変わりはないのだから…」

「みつ、るぎ…」

私はいまだかつて一度も、彼に好きだと、言ってこなかった。

一度も。

彼は、好きだ、というだけで。
好きか、とは、聞いてこなかったのだ。
成歩堂龍一は。
さみしがりやで泣き虫で、こわがりで。

「だから、…キミの顔がみたい」
「、うん…うん、うん…っ」

そうっと彼からおろされ、ベッドに寝かされる。
髪の毛をすかれ、それから、額にキスをされた。
涙が、瞼に落ちる。
やはり、泣いていたな。
頬に手を延ばし、撫でた。

「2週間後、経つことになってしまった…。
寂しいだろうが、…ちゃんと、キミの元へ帰る。必ずだ。待てるな?」
「うん、知ってた、イトノコさんから、聞いちゃった。」
「…そうか」
「けど、大丈夫。御剣が、ぼくを好きになってくれたから。
もう、…平気だよ」

嬉しそうに、くちづけてくる。
飼い犬でも、鬼畜でも、なんでもない。
ただの、成歩堂龍一が。

私の、恋人の。

「ばかだな、キミは…、…毎日メールをしてもいい。電話にも出よう。
…それから、…」
「うん、…毎夜…、ぼくのことだけ考えて、ぼくの夢で眠って…」
「、ど、努力しよう」
「…つづき、してもいい? 御剣が嬉しいこと、いうから、…本当に、寝かせられないかも…」

「…ああ、いくらでも、受け止めよう」



そうか。
これが、キミ、なのだな。

傷つきやすくて、優しくて。
しかし、時に誰よりも、強い。

「…御剣、生まれ変わっても、ぼくと一緒にいてね…」

「……ああ、約束しよう」


睦言だけを繰り返して、ただ、ただ、ただ、求めてくる。

成歩堂龍一は、たったひとりなのだ。