私は、安心していた。
自分と彼との関係が、変わらなかった事に。


成歩堂は、もはや完全に父の顔をしている。
私は、その顔をみる度に、心が温まる。
みぬきくんはかわいい。たまに遊びにいく私にも、懐いてくれている。

もう、成歩堂が弁護士をやめてから、7年と半年、経つ。
お互いに30を越え、触れあっても、キスをするくらいの関係。
それでいいのだと、思う。
私は枕事には淡泊な方だし、なによりも、家族になれたようで、それだけで幸せに包まれている。

…そう、だったのだが。

この状況は、なんだというのだろうか、成歩堂?


トランプ・トリップ



「…、キミは、なにをしている?」

夜半…もう、2時を回ったくらいだろうか。
先日アメリカから帰還した私は、そのままの足で、この成歩堂なんでも事務所に足を運んだ。
みぬきくんに挨拶をし、お土産を渡し、成歩堂、みぬきくん、おどろきくんと共に、外食をし、その後解散した。
そうして、マンションに帰ろうとしたところ、みぬきくんが友人宅に泊まりにいくというので、
寂しいから一緒に飲み明かそうよ、と成歩堂に誘われた…、までは覚えているのだが。

「ねえ、御剣…、しよう」
「、…? ああ、…なんだ、たまっているのか…、まあ、たまにはかまわないが…、寝込みを襲うのはやめたまえ。
一応私たちは恋仲であるのだから、きちんと了解を…、っあ」

「…、おまえはほんとにひどいやつだよね」
「、なる、ほどう…?」

成歩堂も私も、大人になりすぎたのだから。
子供のようなセックスはいらない、と、私は思っていた。
彼だって、本当にここ半年は、私と夜を過ごしていない。
きっと、同じ気持ちなのだと思った。

「…いつまで、待てばいいの」
「なんだか、様子がおかしいぞ、飲み過ぎたのか…?」
「酔ってなんかないよ。だってぼくが飲んでたのは、グレープジュースだから」
「…わ、ワインではなかったのか」
「もう、ぼくは…御剣にとっては、ただの相棒に戻っちゃったのかな」

成歩堂は、寂しそうに笑っていた。

私は、彼のベッドに、縛られている。懐かしいピンクのネクタイで、腕を戒められ、足は、なにやらよくわからないが、鉄製のもので、開かれたまま、拘束されている。

「成歩堂、そんな事はない。私は心から、キミを思っている」
「心だけなんだ」
「…何か、間違っているだろうか」
「ううん、…きっとそれが正解なんだろうけど。…ぼくは、御剣がほしい。抱きたい。…めちゃくちゃにしたい」
「っ…、キミは、…まったく、…それで、こんな真似を?」

チャリ、と金属音がなる。
未だかつて一度も、このような真似を彼がした事はない。
なので、正直、今、私は戸惑いを隠せない。
彼を愛している、それはもちろん事実だ。仕事よりも、自分よりも、
彼を大事にしたい、と思っている。
だから、こんな顔をさせているのはつらい。
「、だって、…御剣はいつも、すました顔して、キスだけして、みぬきの頭をなでて、オドロキくんに笑顔を振りまいて、帰っちゃうじゃないか」

口調が、まるで昔の頃のようだ。
がむしゃらに、私の愛をほしがっていた頃の、成歩堂。

拗ねたような顔で、私にキスを求めてくるので、応える。
「…、ん、…っは…」
「…ぼく、の方が…、おまえを好きなのは、わかってるけど、…やっぱり寂しいし、…悲しいよ」
「、すま、ない…不安にさせていたのだな…、…その、……、では、…なんというか、その…」

このような、行為は、本当に半年ぶりで。
彼の熱も、情愛の言葉も、記憶には残っているのだが。
どうにも、顔が赤くなっていく。

「…言ってよ御剣。おまえが言ってくれないと、…できない」

祈るように成歩堂は、私を見つめている。
…鼓動が高鳴っていく。ああ。


どこが私は、淡泊だというのだろうか。
成歩堂が、気づいたようだった。

「………、こっちは、ほしがってくれてるみたいだけど」
視線は、私の下半身へ向かっている。
少しだけ、口元が意地悪く笑っている。
…顔から火が出そうだ。
深呼吸を、一度した。
彼を不安にさせてばかりの、私だが。
たまには、…、少しくらいは、彼を欲しがってみせてもいいのかもしれない。

「成歩堂…、キミで…、…私を、…満たしてくれ」
「もっと、言って」
「っ…、だ、…抱いてくれ…」
「もっと」
「…、…っ…キミの、……が、…欲しい。…っあ、…」

熱に浮かされたような瞳が、少しずつ近づいてきて。
「ぐちゃぐちゃにかき混ぜて、泣かせてもいい?」
低い声が、耳元に響く。
ああ、成歩堂。
「かまわない…、キミの好きに、…してくれ」
「言ったね。…御剣…、覚悟、してて…」

一言一言が、体中を駆け巡っていく。
目眩がしそうだ。

「……、しかし、それは、なんだ」

成歩堂は、私に一度キスをすると、ベッドの上に、
…みぬきくんの商売道具だろう、ステッキだのトランプだの、を、並べていく。

「…したかった事。全部、していいんだよね」
「……そうは、言っていない」
「言った。ぼくの好きにしていいって。」
「っ…、き、キミは、ふつうに私を抱くだけでは満足できんのかっ」
「だって、御剣がぼくとしなくなったのって、倦怠期じゃないの?
じゃあ、新鮮な事するしかないだろう?」

こ、こいつは。

「っ…最初から、これが目的ではないか…!!」

「…ばれたか」

へらっと成歩堂は笑う。先ほどの表情はなんだったのだ。

「ふざけるな異議を申し立てる!はずせ!!帰らせてもらう!!」

「だーめ。ここは法廷じゃないんだから〜、ほら、大丈夫大丈夫」

ちゅ、と私自身に成歩堂はキスをする。
やめろ、舐めるな。…っ!?

「な、なるほどう、落ち着け、待て、それはいやだ、やめろ」
「……くせになるらしいよ? コレ」

成歩堂は私の目の前で消毒液に浸した、綺麗な銀の細い棒をちらつかせた。
思わず、言葉を失う。

「見てると怖いかもしれないから、明かりを小さくしようか?」

成歩堂は、にっこりと悪魔のように笑うと、私の頬をなでた。


「、な、…なんでもしていい、かまわない。だから、それは、…困る。
そのようなアレには慣れたくないのだよ…っ」

情けないが涙声だ。私はマゾヒストではない。
痛いのはだいきらいなのだ。

「…御剣の泣き顔、そそるんだよなあ…どうしよう、かな?」
「…な、成歩堂…」

無情にも、電気が消された。
暗闇の中、懐中電灯の明かりがともされる。
これではまるで、肝試しではないか。

「様子を見て、ちょっとだけ、…するよ」
「、あ、…や、…やめ、…」

成歩堂はそう言うと、私の胸にキスを落とした。
舌が這っていき、どんどん下降していく。
そうして、それを口に含まれた。
じゅる、といやらしい音が、室内に響く。
暗くて、うっすらと光る電池の切れかけた懐中電灯が、私の半身を照らしている。
「う、あ…っ…、ん、ん、ん…」
「…はいるかなあ?」
くすくすと、成歩堂が笑う。完全に楽しんでいる。遊んでいる。
…最低な男だ…。
指で先端をなでられ、舌が音を立てて、吸っていく。
それだけで、もう、意識を失いそうなくらいに、気持ちがいい。
「は、はあ、…、なる、ほど…、成歩堂…」
「…へいきだよ、初心者用の、いちばん細いの、買ってきたから。
でも、先は丸くなってるから、傷つきにくいし。
…ぼく、器用だから。おまえと違ってさ?」
淡々と成歩堂がささやいているのを、どこか遠くから、聞いていた。

ああ、もう、わかる。
彼は、こうなったらもう、止まらないのだ。

「あんまり暴れたら、だめだよ…いいこにしてて?」

危ないから…。

そう、彼は言うと、容赦なく、私の先端から、
持っていた銀の棒を、ゆるゆると入れてきた。

びくん、と、体が戦慄く。

「っあ、あうっ…あ、…や、やら…、…っや、…あ、う…ぁぁ」

怖い、怖い。怖い。
熱い。痛い。

「、…御剣、…もっと聞かせて、その声」
「…ぁ、は、っは…、う、うう…」

涙が溢れた。生理的なものだ。

成歩堂は手を止めると、優しく私自身を撫でた。

「痛い?」

こくん、とうなづく。

「我慢できない?」

泣きながら、もう一度うなづく。

「…そうだよね。ごめん」

すぐにそれは、抜かれた。
肩から、力が抜ける。

成歩堂は、私自身を、ぺろぺろと舐めている。
「ん…うう…」

そうして、私の体を、反転させた。
「なる、ほどう…?」
「もう、痛いことはしないから。」
「…、…本当だろうか。…泣くほど、痛かったのだ」
「うん、ごめん、あんまり御剣がぼくの事放っておくから、いじめたくなっちゃったんだ」
「、…それは、謝罪するが…、私だって、キミが誘って…くれれば、断らなかった…」

「…だから、それじゃあ、意味ないだろ」

成歩堂はため息をついた。
顔もみれないので、とりあえずベッドの縁を見ていた。
不意に、冷たいものに、襲われる。
「…今度、は…なんだ?」
「手品。練習したんだけど、鳩は出せないから…これ」

…意識が遠くなる。

成歩堂が、また、耳元でささやく。聞き間違いがなければ、それはエッグだ。
…食べ物をこのようなアレの為に…使用するなど、酪農家への冒涜だと、彼は思わないのだろうか。

「これで慣らしてあげる。ちょうどローション切らしてるからさ」
「…嘘をつけ。なぜ、先ほどのアレを買って、それが用意できないのだ」
「御剣怒ってばっかりだね」
「キミがそうさせていることくらい、わかるだろう」
「じゃあ、気持ちよくさせちゃおうかな…機嫌なおして?」

「っ…キミは……、う、…っ…、き、きもちわるい…」
「ぼくは結構楽しいかな。いい感触だよ」





楽しそうな成歩堂の声が聞こえる。
その後の展開を、簡潔に説明しよう。

体中を生卵でコーティングされ、胸は、トランプの先で刺激され、
そうして、今、
「このステッキ、ぼく用だから、安心して?」

…そんなおもちゃのようなもので、遊ぶように、私を…。

「…、なるほど、…ぁあ、は、…そんなもの、…入れる、な…」
「伸縮自在なんだよ…、まあ、そんなに入らないだろうけど」

言葉が通じていない。
これが、半年分の彼の欲望なのだろうか。
気持ちがよくない、といえば、嘘になる。

水音と共に、黒いステッキが、私の中へと入っていく。
今の体勢は、成歩堂に後ろから抱かれているような形で。
両足の戒めは解かれたが、もうすでに力は入っていなかった。
成歩堂は、左手で私自身を弄びながら、右手でその手品の道具を、出し入れしていた。

「、っあ、ぁ、ア、…っ…」
「どこまで入ってる?」
「、し、らな…わか、ない…」
「今ね、7センチくらいだよ」

何が悔しいと言えば、先ほどと違って、気持ちがいいということだ。
まるで飴と鞭だ。成歩堂はそれをわかっていて、しているに違いない。

「…知ってる?腕くらいまで入っちゃうらしいよ、人間の体って、柔軟性があるよね…」
耳朶を噛まれた。
それだけで、達してしまいそうだ。
「、…も…、抜き、…たまえ…、いい、だろう…、もう、…っああ」
「だって、おまえの記憶に刻みつけなきゃ。…二度とぼくとの夜を、思い出なんかにしないために。
御剣から、抱いてくれって、いつも言うくらいじゃなきゃ…、満足できない」

耳の奥まで、舌が入ってくる。
敏感なそこを、何度も、何度も。
「、う、…っあ、…わ、忘れない、から…、もう、…二度と…」
「本当? 2週間に一度くらいは、ぼくを求めてくれる?」
「、や、…約束する、本当だ…」

「…愛してるよ、御剣…」


ステッキが抜かれた。
ベッドに押し倒され、ネクタイから解放された。

成歩堂は、月夜の光に、抱かれながら、私を、抱いた。

「、、あ、ぁ、ァ、っ…な、る…、あああ、…っ」
「…っは、…はあ…、御剣。…ねえ、…きもちいいだろ?」

頷く。キミが問うから。

「…ぼくはさ、…おまえ、の事になると、…余裕なくなるから…、…ごめんね…?」

首を振る。キミが、謝るから。

「なる、…謝るの、は…私のほう、…っあ、う…ん、…だ、…、キミは、もう、そんなに、私の体、…なんか、
興味、ないのかと…」

ぴたり、と成歩堂の動きが止む。
ああ、勝手に腰が揺れる。

「…そんなはずないだろ。ぼくの人生のほとんどは、おまえでできてるのに」

また、そんな顔を、させてしまった。
私が悪いのだ。

約束をしたのに。
キミを愛すると。キミだけを、見ていると。
キミ以外、愛さないと。


私は、いつのまにか、それを破ってしまっていたのだな。


手をのばした。
成歩堂は、その手のひらをとって、口付けて。

「、ねえ、御剣…、きっとね、体が動くかぎり、ぼくはおまえを、抱くよ。…いやかい?」

懇願するように、頬をよせてくる。

私は。

嫌ではない、とかすれた声で言った。

成歩堂は、寂しそうに笑った。


「…、キミ、となら…、死んだっていい、のだ…、本当、だ…」
「そんな物騒なこと言わないでよ」
「…どうやって、キミの想いと、同等の言葉を返したらいいのか、…わか、らないのだよ…」


成歩堂の、私への執着と愛情は、混ざりあって、もう、どちらなのかわからない。
それに答えられるだけの感情を、私は持ち合わせていない。
墜ちることも、狂うことも、できない。

そばにいる事しか、できない、のだ。



「…御剣。…いいんだ、…それだけでいい」



成歩堂は、ふと、暗闇の中、両手を振り上げた。
瞬間、視界に、鳥の羽が舞った。

はらはらと、翼の欠片が。何枚も、何枚も。
私に、振り落ちる。

―― これは、夢だろうか。

とても、きれいだ。



「…成歩堂」

「みぬきにね。教えてもらったイリュージョン。…練習したんだよ。見せたくて」

「…このような時にか」

「うん。けど半年も経っちゃった」



…本当に、
私は、恋人失格だな。

入ったまま動くのはつらいが、なんとか状態を起こし、成歩堂に抱きつく。
息が、荒くなる。

「御剣…」
「…キスがしたい…、それから、もっとキミを感じたい。
何度も…何度も、突き上げて、…内臓をかき回すくらい、
思い切り、抱いて欲しい…のだよ」

成歩堂の耳元で、そう囁いた。
顔が赤くなる。
恥ずかしい、そのような事を、言うのは初めてだ。



その言葉に、キミが微笑むから。


ああ。

もう、


その後は、夢の中のような、