後の祭り。(後編)





遠くで、花火の音がした。
祭りの終演に、―― この町では花火を鳴らすらしい。

矢張やマヨイくん、ハミくんは、帰路についただろうか。
そういえば、まだヨーヨーをとってあげていなかったな。来年は、プレゼントしよう。
それから、射的は得意だ。確か、成歩堂の家にあるぬいぐるみにそっくりなものがあった。あれも、来年あれば、とってやろう。

それから。それから。
たくさん、これからは、彼らとの思い出を、作りたい。

そうして、成歩堂、とも。
こんな風に、作っていくことができるのだろうか。
そうして今日が、初めてになるのだろうか。

私を押し倒している、男の頬に触れた。
風呂上がりで、少しだけ額に汗をかいている。
首に巻かれたタオルで、それを拭いてやる。
「…ちゃんと髪を乾かしたまえ」
「うん」

普段のツンツンととがった髪とは違うので、まるで別人だ。
ぽたり、と私に、滴が垂れる。
片目をつぶると、指先でそれを拭われる。
「御剣…」
「なんだろうか。 一度どきたまえ、これでは濡れてしまうではないか」
しかし、成歩堂は微動だにしない。
まあ、力づくではかなわないのを知っているので、私も無理にどかしたりはしない。
「…のど、かわいた」
「ああ。冷蔵庫に水がある。取ってくるから、…どきたまえ」
「御剣と、…キス、したい」
「………、…っ…ん…」

一応、確認をしておくか。

「…な、なるほどう、…その、…どっちがどっち、なのだろうか?」
「え…入れることしか考えてなかった」
「そ、そうか。」

なんだか、先ほどから彼は可愛いので、もしかしたら、逆なのではないかと思っていたのだが。
まあ、貞操どうこう言っていた時点で、確かにそうだな。私は、どちらでもよかった。ただ、もうひとつだけ、確認したいことがある。
「…成歩堂、…聞きたいことが、ある」
「うん、なに?」

心臓がどくどくと鳴る。

「き…キミは、私を、…どう思っている…のか、…を、…わっ!」
ほとんど裸のまま、成歩堂は私に抱きついてきた。
少々暑い。そうして、苦しい。

背中に、手を回す。
「さっきまでね。本当に、今日の夏祭りまで、気づかなかったんだよ。ぼく、おまえを親友だと思ってたし」
「まあ、そう、だろうな…」

怖かった。だから、少しだけきつく、抱きしめてしまっていたと思う。
成歩堂。

どうか、勘違い、とは、思わないでほしい。
どうか、そうではありませんように。
どうか、

キミにとっての一番の、愛を、…くれないだろうか。

「今は、おまえが好きだって、はっきり言えるよ。  御剣怜侍が、大好きだって」

「…なる、ほどう…」
「だから、つき合おうって言ったんだ。 だから、こうして愛し合おうって、言ったんだよ」

髪をすくキミの手が愛しい。
すり寄せてくる頬が愛しい。
甘く響く声も。
きっと、私はキミのすべてが、ほしくて。恋しかった。

「、う……、っく……ひ、っく…」
「…御剣。ぼくを好きになってくれて、ありがとう。すごくうれしい。」
「、ん、…ずと、ずっと…、好き、だったのだ…。き、キミが、私を、闇から救ってくれた…、のに、
親友、で…相棒に、なれた…のに、私は、…もっと、もっとと、キミをほしがって…いた…」
「うん」

もっと、欲しがっていいよ、と成歩堂は囁いて。
私の額にキスをひとつ。
私の髪にキスをひとつ。
私は、手をのばして。

ようやく、成歩堂を、手に入れた。
ずっと、ずっと、ほしかったもの。

太陽のように、笑うキミだ。 あたたかく照らす、光だ。

「成歩堂、…ずっと、そばに、いてほしい」
「…いいよ。 おまえが日本にいる時も、外国を飛び回っている時も。
ぼくはおまえのだよ、御剣」
「…約束…だぞ…?」

涙声で、情けなく嗚咽で、身体は震えていて、自分でも、まるで自分ではないような感覚に陥って。
少々苦笑しながら、私はそう伝えた。

「うん。誓うよ…だっておまえ、ぼくがいないと駄目なんだろ?」
「そう、…だと、…思う…」
「じゃあ、…手ぇ出して」
「? こう、か」
成歩堂は私の差し出した左手をもって、その甲にキスをした。
「…これで、ぼくはおまえのもの。」

あまりに、絵になるので、困った。
顔があかくなる。そんな、真似をされるとは、露ほども思っていなかった。
忠誠の誓いなど。…貴族ではあるまいし。

「私は、どうすれば、いいだろうか」
「そんなの、決まってるだろ」



成歩堂はにやりと笑って、今さっきまで、とても神聖なことをしていたとは思えないくらいの、淫猥な言葉を私の耳に残した。

成歩堂。


―― これで、私はキミのもの…、だろうか?
















身体が重い、鈍く痛い。…動かない。


「…御剣、大丈夫?」

「………、だいぶ、無理をした…」

「ごめん。マッサージしようか?」

「遠慮する。…というか、上からどきたまえ」

「だって、…離れがたいんだもん」

「重いのだよ、離したまえっ」

「さっきまでは、ぼくの名前呼んで、離さないでくれって言ってたのにぃ」

「うるさい、のだよ……、いい、から…、も、…っぁ…」

「ね、御剣…ぼく、もう1回…いや、2、3回はいけそうなんだけど?」

「ばかを言うな、…うご、かすな…、…っおい……?」

「―― まだまだ、お祭りの夜は、長いんだよ、御剣。  まあ、そんなぼくに惚れちゃったんだから、…あきらめて観念して?」


「…、後の祭り、というやつか。」



私の言葉に、
キミが笑うから。

私もつられて、笑う。








了。