正反対情愛論。
(前編)



みかん色の、その髪が、すきだった。
太陽に焼けた、その肌が、すきだった。
笑う顔が、泣いた顔が、怒った顔が。 くるくると、常に変化しているその表情が、すきだった。




ほんの一瞬目を奪われて、誰もが彼を、いい意味でも、悪い意味でも、笑う。
奴の何も知らないくせに。
簡単に笑うな。

親友は、私と、成歩堂だけだ。
近づくな、と、そう、思ったときに。

初めて、これが嫉妬なのだと、理解した。 頭を抱えて、ため息をついて、否定しようとして。

奴と付き合ってきた年数を思って、あきらめた。

これは重症だ。 今日明日にどうにかなるものでもない。
だったらいっそ、嫌ってしまおう。

そう思って、彼には悪い態度ばかり見せ付けてきたつもりだ。 実際、奴を好きになる要素なんて、どこにもないはずなのだ。よく考えてみろ。
数えてみればいい。見つかるはずもない。

…そうして4つほど、理由が見つかった時に、私はそれを、また、あきらめたのだ。

ああ、私は、恋わずらいをしているのだ、と。

どうしようもない。あがくのをやめよう。そう思っていた矢先だったのだ。
彼からの、告白を受けたのは。




そうして今、彼は、私の自室で、ベッドの上で、背に、触れている。

「…、御剣、…、大丈夫か…?」
「、あ、…ああ」

それは、あまりに、衝撃的だった。
絶対に、このようなアレな事態になった場合には。
矢張は、――紳士的になど、なるはずがないと。

それなのに。なぜだ。なんだ、この状況は!

「身体、その体勢だと辛いだろ、枕抱えて、うつぶせになってみろ」
「――、あ、ああ、そうだ、な」

そんなはずはない。こんなはずはない。
誰だキサマは! 矢張政志だろう!? ヤッパリヤハリ、だろう??

「…嫌だったら言えよ。ちょっとでも痛かったら、すぐに言え」
「、わ、…わかった…のだよ…」
「ん。 いいこー」
「あ、頭を撫でるな、ば、馬鹿にするのは、やめたまえ…」
「…おまえ、顔真っ赤じゃん。 んな照れるなって、いまさらじゃね?」

こんなのは、嘘だ。信じろといっても、ムリがあるはずだ。
よく、考えろ。矢張は。

そうだ。 こいつは、常に、自分の愛するものに対し、正直で、優しくある男だ。
…そうだ、った。
チリ、と心臓のあたりが痛くなる。 過去の女性への嫉妬だろうか。 
最近の私は、そんなことばかり、考えている。

「御剣。…触ってて平気か?」
「は、…キサマは何を言っているのだ、触れないで、どうやって事をしようと……」

振り向くと、そこには、真面目な顔をした矢張がいた。

そ、んな、瞳は、卑怯なのだよ。
なんで、そんな優しい目を、こちらへ向けるのだ。
違うだろう、そんなのは、キャラクターでは、ないだろう。
困るのだよ。 新しいキミを見せ付けられるのも。
今までのキミの、優しさで包まれることも。

顔が、勝手に、

「―― こわくねえか?」

「……」

ああ、そうか。キミ、は。

「…なあ、オレが触れてても、苦しくなんねえか?」

私を、好いて、くれているのだったな。

本当に、優しい、優しすぎる、男だ。

「……泣いてんじゃん」

涙を拭われた。
見られたくない。こんな顔は、見られたくないのだよ。

苦しいのに、嬉しくて。
どうしたらいいのか、わからなくなる。


ああ。

その、みかん色の髪に、触れたいと思った。
その、太陽に焼けた肌に、触れたい。
その、笑顔を見たい。

「…ムリ、しなくていいからな。 おまえ、人間恐怖症になってたって、おかしくねえんだから。
ぜんぜん、それは、恥じることじゃねえよ。 …オレには、なんだって見せたって、平気だろ?」

「や、めろ、…やさしく、する、な…」

「ほら、オレ、バカだから。すぐ、忘れっちまうから、平気なんだって」

閉じていた目をうっすらと開けると、キスをされた。

「…っ…、矢張、……っと、…もっと…」


あたたかい手が、私の髪を、頬を、撫でていく。
いつのまにか、仰向けにされ、そうして、シャツの上から、身体中に、キスの雨が降り注ぐ。

―― どうしたら、いいのだろうか。

―― 私は、キミに。

「……っ…、頼む、から、私を、…………っ…捨てないで、くれ…るか…?」

自分の喉から発せられた声が、あまりにも、上ずっていて。

苦笑しそうになる。


すべてを受け止めてもらえる自信など、あるはずもない。

真っ黒な闇の中を、歩んできた私と、 光の当たる場所を常に、走るキミが、交わることなど、あってもいいのだろうか。

ああ、そうか。
嫉妬だけではなかった。この気持ちは。 ほんの少しの、恐怖心、だったのか。


矢張は、何も言わず、笑っている。


次に、キミから私に、届く言葉は、なんなのだろうか。