飼い犬に、首輪。




「先生、こんにちはー!! オレです!」
「…オドロキくん、また、きたんですか」

「当たり前じゃないですか。弟子が師匠のところに通うのは普通でしょう」
「とっくのとうに、破門しましたが」

「いやですー。オレには先生しかいないんですから。 そんなことより、はい、お土産ですよ。先生の好きなクッキー詰め合わせ、あーんど、紅茶ですっ」

にこにこと笑って、 まるでなにもなかったかのように。
犯罪者の巣窟であるこの牢に、やってくる。
まだ22歳の、2本髪の立った、青年。

「ありがとうございます」
「えへへ。 先生の笑顔みるためですから〜」

私にとっては、ただのコマでしかなかった存在が。 捨てればすぐに、忘れるだろう存在だった、はずの。
それなのに、予想は大きく裏切られ。 今では、こんなにも。 いえ、今でも、こんなにも。

さて、…困りましたね。
懐いた犬には、弱いんです。

手招きをすると、ぎゅう、と抱きついてくる。あたたかい。

「せんせえ…、キス、していいですか?」
「オドロキくん。場所をわきまえなさい」
「…だって、わきまえようとしても、先生はずっとここにいるから…」

しゅうん、と触覚が下がって、まるで犬の耳がたれているように見えますね。
かわいいですね。この子犬は。

「しょうがないですね、…一度、だけですよ?」
「はいっ」

監視カメラの視覚はここだよ、と成歩堂に言われた一角に彼を導き、そうっとくちづける。

「、ん…」
「…、先生…。せんせい、…っ」

「ごめんね、…オドロキくん」
「っいいんです!なんにも言わないでください! オレは、―― オレと、響也さんだけは、先生のそばにいます。 ずっとずっと待ってますから…、だからぁ…」

「泣かないでください。 …いいこですね」

髪をなでる。

「先生。先生…ここから出たら、あなたをください。先生をください。オレの、オレのに、なってください…っ」
「…、いつになるか、わからないのに、ですか?」

…でられるわけもないのに。

「ずっと待ってます! オレ、待つの好きですから、オレ、大丈夫ですっ!!」
「………、私は、待てないかも、しれません」
「え…」
「だって、オドロキくんが、…心代わりしてしまうかもしれない。 それが、こわい。
それなら…いっそ…」

「先生…」
「……なんて、ね。 どうです? 真に迫った演技だったでしょう…」

力なく笑うと、
「オレ、毎日来ます。先生が、怖くないように。」
「オドロキ、くん…いけません、キミはこれから、弁護士として…」

しん、とした世界に、響く優しい声が。
涙を誘うから、困るのですよ。

「オレ、先生が好きです。大好きです」

「っ……ふ…」
「泣かないで先生。オレね、先生のわらった顔が、好きなんです」

何度も、キスをされた。
ああ、私は。

…こんなまっすぐな愛を受け取れる人間ではない。

闇に身を乗じているのが、お似合いの、汚い人間に、成り下がっているのに。
それなのに、この腕を、手を、ふりほどけない。

「…、オドロキくん…もう少し、だけ…ここにいてください」
「はい。オレ、先生の言うことは、なんでも聞きますから」
「…こまった生徒ですね」

「オレ、世界でひとりだけ、先生の生徒ですから。弟子ですから。
……ついでに、恋人にも、立候補、してるんですけど?」

ぐりっとした大きな瞳が、いたずらをする子供のように光って、ちゅ、とフレンチキスをしてくる。

「…まだまだ、お子さまには、あげられませんね」
「おれもう22ですよ、子供じゃないのに…」

王泥喜、法介。キミは。
いつのまにか、大事な存在になっていた。
成長が嬉しかった。懐いてくるかわいい、飼い犬。

追ってほしい、
見ていてほしい。

忘れないでほしい。
そんなものは、幻想でしかないけれど。
せめて、今日1日くらいは。


「…ちぇえ。…じゃあまた、明日、来ますー」
「はい。お待ちしていますよ。」

「あ、先生」
「はい?」

「その、…髪の毛、一本ください」

「…なにに、使うんです? …はい、どうぞ」
プチン、と髪を一本抜いて、彼に渡す。
オドロキくんは、私の髪にキスをすると、ぺろりとなめた。

「、…悪趣味ですね…汚いですよ」

そうして、くるくるっと、左手の薬指へ、髪の毛を巻く。

「へへっ、これね、おれのステディリングです。 先生のは、おれが買ってきますから、待っててくださいね!」

「―― ば、ばか、ですね…」

「ひどいですよ、そんな言い方ないじゃないですかっ」

「指輪くらい、買ってあげますよ」

「これがいいんですー! だって、ほら、これって、セカイにひとつだけですよ!」




ばか。
ばか、です。


狂おしくて愛しくなるほど、愚かで。


「……、法介くん」

「はい?」


「いえ、…、また、明日」


「はい、また、明日っ」




神がいるのなら、早く、彼に本当の愛を教えてあげてください。

どうか。

もっと、美しく幸せな
道を。