合鍵 〜成歩堂龍一の回答。〜 (後編) 何度も、確かめようと、不安だと、自分の気持ちを繰り返し伝えた。 成歩堂は、知ってか知らずか、何度も好きだと、言って。 告白の回答は、 成歩堂が、笑って、髪にキスをしながら、のもので。 私の泣きはらした目は、少しばかり霞んでは、いたが。 「ぼくはおまえのものなんだから、いくらでも欲しがってよ」 その言葉が胸中に落ち、私はようやく、安堵することができた。 水を口に含みながら、彼の方を見ると、何か思案しているようだった。 どうやら、彼はどうしても、今夜私と…、その、ようなアレをするつもりらしい。 願ったり叶ったり、と言いたいところだが。 …成歩堂が耳打ちしてきた内容に、さすがに冷や汗が背中を伝った。 二人とも、明日は仕事で、…というか、もう零時は過ぎているので、今日、と言うことになる。 それを伝えると、成歩堂がへらっと、また笑いながら、髪をなでてきた。 本当にそれで、いいのだろうか。 確かに、今し方私たちは気持ちを確かめあったばかりだ。 ようやく、それを信じることができたところだ。 私は、私の気持ちに応えてくれたキミの為に。 少しばかり、勇気を持って、 目を合わせることはできなかったが。 「だが、キミが、できるというのなら。…できるのだろう」 すぐに、視界が変わる。 どうやら、押し倒されているらしい。 「御剣…、好きだよ。」 今度は、キミがどんな顔で、そう答えてくれたのかが、解る。 触れたい。もっと、もっと、近くに。 「…成歩堂。 もっと、…傍に来てくれ」 手を延ばし、自分から、彼に触れた。 本当は緊張している。さっきだって、いっぱいいっぱいだったのだ。 だが、それよりも、幸福感が勝っている。 キスをされた。何度か、音が鳴る。 「…、ん…は、…っぁ…」 首筋に舌が這い、衣服がはだけていく。成歩堂は、手慣れているのだな。 ちゅく、と音がした。 右胸に妙な感触がある。…なんだ? びくん、と身体が反応する。 「…、…いやだったら、言ってよ?」 「……っ、いや、…というか、…キミはなにをしているのだ?」 「…なに、っていうか、なんか、全部欲しくなっちゃって…、余裕ないかも」 気が付けば、お互いに半裸状態だ。 成歩堂の息が荒い事だけは、わかる。それはそうだ、まだ彼は一度たりとも、達していないのだから。 「先ほどの続きをしようか?」 「…ううん、…、一緒にしていい?」 「…、一緒と、いうのは…、っあ」 おもむろに成歩堂の指が私自身に触れる。 そうしてそこに、己を押し当てているようだった。 …一緒に、というのは、そういう意味か。 「……、か、かまわない」 彼の好きにさせてやりたい。…そのような気分なのだ。 「じゃあ、遠慮、なく…、っ…、」 「…、っ…、ぅあ! …っな、成歩、堂…っ、…っああ!」 落ち着いていたものが、急速に高まっていく。 私はこんなに不埒な身体をしていただろうか。もっと淡泊だと、思っていたのだが。 呼吸はどんどん荒くなり、汗が吹き出し、流れ、つかんだシーツに力が入る。 「な、なる、…っ…あ!」 「…、いいよ、…御剣、……っ」 「、ま、…ぁ、っ…っあ、…っ」 ものの数分で、ほぼ同時に、達していた。 「はあ、…はあ、…はあ、…な、成歩堂、…、…」 「…ごめん、ちょっと、余裕、なかった…かも」 へらり、と笑って成歩堂はキスをしてくる。 気恥ずかしい。最後までする自信が、なくなりそうだ。 だが、彼の方は、そうではないらしい。 ぺろ、と己の指を舐めていた。 なんとなく、想像はつく。つく、のだが。 一つだけ、言いたい。 「シャワーを浴びないか?」 「……、あ、…それだ!!」 「…それだ??」 「いい潤滑油代わりがあるよっ! ナイス御剣!!」 「…じゅ、じゅんかつ…、…」 それからの彼の行動は、目を見張るものがあった。 早々に互いの衣服を脱がし、そのままバスルームまで、手を引かれていった。 私は、全裸で部屋を歩いたことがない。…なぜ今脱ぐ必要があったのだろうか。 それに、なんというか、その。 「…成歩堂、キミは…うれしそうだな」 「うん、御剣は、そうでもないね…」 「いや、戸惑っているだけだ。 キミが…その、手慣れている、からな」 「そんなことないよ。ぼくだって緊張してる。 ちゃんと、御剣を気持ちよくさせてあげたいし。 ―― さっき言った手前ね?」 「…そ、そうなのか」 シャワーコックを捻り、お湯を浴びる。 気持ちがいい。汗が流れていく。 なんとなく、彼にシャワーを向けた。 「わっ…!!」 「…キミのそのような髪形を見るのは、初めてだ」 「そうだっけ?」 「ああ、髪が下がって…幼く見えるな」 「からかうなよ、御剣だって、……………、なんか、いい。」 成歩堂はぐしゃ、と髪を撫でてきた。 視線が合い、どちらともなく口付ける。 そうして、互いの身体を、洗い合う。 バスルームに、恐らく初めて、笑い声が響いていた。 バスタブに湯を張ったはいいが。 「さすがに二人は入れないかなあ…」 「まあ、そうだな」 「じゃあ、御剣、とりあえず座ってて。」 「うム」 長く触れ合ったせいか、思ったよりも緊張は薄れていた。 なんとなく、今夜、私は、キミのものになるのだろうな、と思う。 不思議と怖くはない。 それはそうだ。ずっと、想ってきたのだから。 「成歩堂」 「ん、なぁに?」 「…私は、キミが好きだ」 「、…うん」 「…それを、誇りに思ってさえ、いるのだよ」 「――…ぼくもだよ」 キミを好きになったことを、後悔したことは、一度もない。 彼を裏切るようで、申し訳ないと思ったことは、何度かあるが。 「…ベッドへ行かないか」 「―― うん、いいよ」 何も言わず、彼は手のひらに取っていたシャンプーを、流した。 オレンジライトの淡い光の中、覆いかぶさるようにして、彼はそこにいる。 「御剣、…ちょっと、恥ずかしいかもしれないけど、…ごめんね?」 「……、もう、何も言うな。…互いに望んでしていることだ」 それは、耳を塞ぎたくなるような音だ。 だが、それは、彼の、成歩堂が奏でているものだから、なんとか、耐えよう。 羞恥で顔は赤くなるが。 「…御剣、可愛いよ。 すごい、綺麗だよ、…だから、顔、隠さないでよ」 「――う、うるさい、のだよ…」 可愛いわけがあるか。バカモノ。 綺麗なわけがあるか。女性ではないのだ。 …こんな、表情を見せられるはずが、あるか。 「…、あっ…」 「…ちょっとは、気持ちいい?」 「わか、ら…ない、…っ…が、ほとんど違和感だ…」 正直な感想を伝えると、成歩堂は、私自身に触れてきた。 「、な、成歩堂…っ!?」 「…なに?」 「こ、困るのだよ、わけがわからなくなるっ」 思わず顔を覆っていた手をどけ、少し起き上がって、彼に抗議をする。 「だって、御剣を気持ちよくさせたくて、してるんだよ?」 そんな無垢な瞳で見つめないで欲しい。 まるで私が間違っているようではないか。 「…そ、それは、そうかもしれないが」 「何も言わなくても、いいんでしょ?」 「―― う…、」 それを言うか。揚げ足を取るのか。 しかし、そこを握られていては、大きくは出れないのが、事実だ。 成歩堂は、にこ、と笑うと、熱持ったそれを愛撫しながら、私の中を慣らす事に専念し始めた。 口数が少ないのも、返って困るかもしれない。 私は、矛盾しているな。 愛して欲しい。そうだ、ずっと思ってきた。 叶わないと思いつつも、心のどこかで、ずっと。 「…、ぁ、…っ…ん…、あ、なる、成歩堂…」 「…ずうっと見てたいな…、ねえ、気持ちいい?」 「聞くな…、わ、かる、だろう…?」 違和感の中に、たまに襲ってくるものは、なんだろうか。 成歩堂の指が、奥へと入っていっているのは、わかる。 結局潤滑油など使わずに、唾液と精液の混ざったもので、代用しているらしい。 私が、オリーブは被れそうだ、と言ったからなのだが。 「…は、…ぁは、…、ぅ…ん」 「柔らかくなってきた。少し安心したよ」 「っ…、ばか、な事、ばかり、言うな…」 「本気だよ。だって、傷つけたくないし」 紳士な瞳で見るな。 「……なる、ほ、…どう…っあ、…いつまで、こんな…」 「まだ、30分も経ってないよ。ぜんぜん先。」 「、…私、ばかり、こんな…っ」 「平気。さっきしたし。まあ、御剣のこんな姿見て、平静ではいられてないけどね」 「…では、私、が…、ぁ、ああっ!」 「いいから、ほら、感じててよ」 よく、わからないが、ぼうっとした思考の中、どうやら彼の言う、気持ちのいい場所、のようなものがあるらしい。 信じられないが。信じたくもないが、男としての威厳が損なわれていくのだが。 …、認めたくないが、そう、らしい。 「…、っ、う、…も、もう、…無理なのだ…よ」 「…、じゃあ、今日はこれくらいにする?」 「そ、そうじゃない、…もう、来れば、いいでは、ないか」 なんとかなるような気がしているのは、おかしくなっている証拠だろうか。 涙が止まらないし、口からは唾液が流れている。体中が熱持って、息は荒く、まるで獣だ。 私、だけが。興奮していて、滑稽すぎるのだよ。 「、頼む、成歩堂、…」 「だって、まだ2本くらいしか…」 「…、どうせ、痛いのだろう…、かまわない…、いい、から…」 「……、じゃあ、」 成歩堂は、手を止めると、私をそっと抱きしめた。 「、…?」 「やっぱり今夜はここまでにしよう」 「…成歩堂」 「おまえにね、告白されただけで、ぼくは夢見気分だし、今日、改めて気持ちを確認できただけで。最高の気分なんだよ」 「…し、しかし」 「でも、お願いがあるんだ」 「…なんだろうか」 成歩堂はベッドから降りると、先ほど脱ぎ捨てていた自分のスーツのポケットから、何かを取り出していた。 「これ」 ぽい、と投げられた。 それは。 「…鍵、ではないか」 「うん、ぼくん家の」 「……そうか、キミの…、…っな…?」 「…受け取ってよ、合鍵」 それで、ゆっくりでいいから、一緒になろうね。 耳元で、成歩堂はそう囁いた。 もう、これ以上は流れないと思っていたのだが。 つう、と頬を伝うものがあった。 それを、そっと拭われる。 「御剣…ごめんね、また泣かせちゃった」 「……、っ…なるほどう…」 「気持ちが変わってなかったら、渡そうって思ってた」 「…、キミは、…ずるい男だな…」 「うん。だって、御剣を手に入れたいって、ずっと想ってたんだよ」 「…、私よりも、か?」 「当たり前だろ。」 「…、そうか、…」 「うん。…、御剣は忙しいから、あんまり使う機会ないと思うけどさ。 そういうのって、持ってるだけで、恋人って感じ、するだろ?」 「…そう、かも、しれない、な」 「うん、…愛してるよ、御剣」 キミの笑顔が、好きだ。 キミの。恐らくすべてに私は、 「…私も、キミを、…愛している。」 そのまま、互いに達した後、疲れて眠ってしまった私を、彼は抱きしめてくれていた、らしい。 身体は清められていて、それにまた気恥ずかしくなりながら。 窓の外に目を向ける。 不思議な気分だ。いつもと変わらない朝の風景に、キミがいる。 「…み、つるぎ…」 寝言で呼ばれ、それだけで胸が高鳴っていく。 ベッド脇に、置かれた鍵が、ふたつ。 「…、…恋人、か」 コーヒーを入れよう。彼は紅茶よりもそれが好きだったはずだ。 それから、トーストを二枚。卵はサニーサイドエッグ。ベーコンを添えて。 ヨーグルトがあったな。 テーブルに白い皿を並べて、気づく。 この食卓に、朝、二人分の食器が並ぶのは、初めてだ。 「……簡単だな、私は」 口元が笑う。困った。どうしようもなく、甘い気持ちになる。 あと、10分したら。 彼を、起こすとしよう。 END |