『ぼくは、ひとつだって、御剣に傷をつけたくないんだ』
キミはいつも、笑ってそう言う。

『ぼくは、ひとつだって、御剣を傷つけたくないんだ』
私は、言葉の意味の理解に苦しみながらも、微笑みを返そうと、努力する。

「だって、キミはもう充分に、傷ついたんだから。 だから、これからはずっと、ぼくが守ってあげるから。
ほら、そのぼくが、キミを傷つけたりするはずないだろ? ねえ御剣、気持ちよくさせてあげるから。
だから、キミはずうっと、ぼくの腕の中にいてね。」


その後に耳に落とされた台詞に、ただ、悪寒がした。

―― 嗚呼。 
これは、愛ではない。

それを超えてしまった、何かとても悲しい感情だ。
触れることを戸惑わせる程の。

だが、私はそれから、逃げることはできない。

もう、二度と、できないのだよ。




キミは。
私にとって、優しすぎる――だが、結局は、狼のような、存在だ。

今日も、キミは恐ろしいほど、優しく、時間を掛けて。
どろどろに溶けそうになるほど、
私の身体に執着を、残す。



狂い咲き、さくら。』 


―― 成歩堂の与えてくる快楽は、いっそ凶器だ。

瞳の色がわかるくらいの距離で、交わされるキスは、数えるのも面倒になるような回数で。
喉を反復する舌から垂れる唾液で、私の首元が、濡れていく。
音を判別できなくさせられるような恐怖と戦いながら、キミの舌を耳中に受け入れながら。
彼の指が私の胸元を肌蹴させ、緩く、緩く撫でていく。その感覚に、慣れるまでの時間は。
それだけでもう、数十分だ。

「御剣、可愛い…」

繰り返される睦言。甘く、ただ、甘い声。 耳に残る。そうだ、ふとした瞬間に簡単に蘇ってしまう程に。
何度も。何度も。何度も。
記憶がフラッシュバックするように、キミの声色、表情、熱、全て。
この身体に、刻まれて、いく。
ゆっくりと、時間を掛けて。
毎夜、毎夜。繰り返されていく行為に、身を乗じる事でしか、キミの不安を拭う術は無く。

もう、
いっそすぐに貫いて楽にしてくれ、と叫びたくなる自分を、ただ、抑える。

身体が言うことを利かない。そうだ。私はもう、最初、キミに抱かれた時の身体じゃない。
そう、言っているのに。何度も、説明をしているのに。
キミは、やはり恐ろしいくらいに綺麗に笑って、私を嗜めるのだ。
髪を撫で、頬を撫で、いい子だから、と、耳元で囁き。
気が狂いそうなくらいの時間を掛けて、私を解していく。

もう、喉が渇いて、仕方がないのだよ。

頼むから、楽にしてくれ。
本当に、可笑しくなって、仕舞いそうなんだ。

「ぁ、ぁ、…ア!!」

甲高い声が天井に響き、反響して己の耳に返ってくる。
浅ましい声を何度も何度も、上げて。

それでも、彼は未だ、私自身にすら、触れてくれては、いない。
その事実に、泣きたくなる。

「…どうしたの、…御剣…?」

嗚呼、私は、浅ましい。
キミの頬に触れ、髪を引っ張り、己の欲望へと、導いてしまう。
触れて欲しい、銜えて欲しい、舐めて欲しい。それから、それから、それ、から。
キミから与えられた快楽と言う名の、蜜で。
きっと私は、可笑しくなってしまったに、違いない。

「はあ、はあ、はあ、…ぁ…なる、…ほどう…」

名を呼び求めるだけで、精一杯だ。と、嘘を吐く。
違う、そうじゃない。違うのだと、言いたい、示したい、解って、もらいたい。
しかし、そんな私は、キミの中にある理想と、違ってしまうのだろう。
だから、キミは最中に、それがぶれていると、一時停止してしまうのだ。
どうしたんだろうね、と呟いて。ゆっくりと私を確認するように、上から下へと視線を動かしていき。
まるで癒しているかのように、ゆるく私の身体を撫でて、ちゅ、と口吸いを繰り返す。

そのたびに、私は自分の理性との葛藤で、気が狂いそうになるのだよ。

言いたい。

頼むから、早く侵してくれ、と。

言えない。

それが、せめてもの彼に対する、私の贖罪だ。

「――ねえ、御剣、ぼくはキミを世界中で一番愛してあげるからね。 誰よりも、だよ」

小さく笑いながら、ようやく、彼は私自身に触れる。

それが、そうするキミが、触れる指先が。
キミの中にある虚像の私で、無ければいいのに、と、願う。
叶う事のない、話だ。 笑い話だ。
彼を壊してしまった、私の責任。それが、背中にそっと、だが重く、圧し掛かる。

「…、…つ…う、ぁ…」
「大丈夫だよ、優しくするから。 怖がらないでね。 ぼく、だからね?」

違うだろう。

「や、…ぁ、…っ」
「少しだけ舐めるよ。 少しだけ吸うよ。 少し、だけだから、安心してね?」

こわがって、

「、ひ、…ぃ、あ…っっく…」
「…御剣、…御剣、…ぼくを、…ぼくだけを、見てて…」

―― 本当の私を、見ようとしないのは、キミじゃないか。

「ぼくを、受け入れてよ。」


もう、

限界だ。





「…やめてくれ」

「…?」

「離せ、気持ち悪い」

「…、みつるぎ」

「こんなものは、…セックスでは、ない」

「――…、」




恐らく私は、この後の光景をわかっていた。 それでも、口から出る言葉を、止めることができなかったのだ。



「あああ、ぁっっ、あ、…ぐ、…あ、あ、あ、…っ」
息が、苦しい。
喉に、空気が張り付く。
咳き込み、滲む涙で、視界が歪む。

「――…、…」
成歩堂は、小一時間、言葉を発していない。
背中が痛い。フローリングに、擦れているからだ。 何度も、繰り返された。

両手を、シャツで縛り上げられ、腰を掴まれ、引き寄せられる。
その度に、淫猥な音が、身体と身体の間から、漏れる。
「ひ、…っい、…ぁ、ああああっ!!」

目隠しを、されているから、キミが、わからない。

「な、…なる、歩堂、…なるっ…い…っ!! ああああぁぁ――…っ!!」

ぐるり、と身体を反転させられ、持ち上げられた。
恐らく、そうだと思う。

「…………、御剣…、ぼくを、…キライになったの?」

耳元で、声がした。

「…ち、…がう…」
「嘘だよ…だって、さっき、酷いことを、言っただろ?」

泣き声だ。

「…成歩堂、頼むから、…ちゃんと、…わた、しを…見てくれ…」
「、見てるよ。おまえしか見えてないよ。、なのに、なんで。なんでだよ…?」

震えている。

「…、聞いてくれ。 私はキミを、愛している。本当だ。だが、それは、キミの望む私では、決してないのだよ」
「――どういう、イミ?」

動きが止まり、なんとか、呼吸をする。
月光が、目に入る。どうやら、目隠しを外されたらしい。

「キミが見ているのは、私じゃない。 キミの中にある、私だ」
「…」
「…わかってくれ。 私は、キミが思う程弱くも無いし、脆くもない。 守られる存在ではない。
独り歩く力を持った、男なのだよ。 キミの手中で、キミに飼われることなど、望んではいない」

ゆっくり、ゆっくりと、私の言葉を確認するかのように、成歩堂の瞳に、現実の色が戻ってくる。

「……、御剣、ぼくは…っ」
「かまわない。 キミを、そうさせてしまった原因の総ては、私だ。 それくらいは、理解している」
「…、…、うん、…けど、…っ…、、…おまえ、を…、…ぼくは、…」
「、…っ…う、…」
「あ、ごめんっ…、ごめん、…ごめん…」
「――、いい、…抜くな」
「でもっ!!」
「ちゃんと、私を、見てくれ。 キミに犯され、善がり狂う、私を、見ろ」
「…、あ…」

言いすぎたかも、しれないが。 それが真実だ。

「御剣、…ご、め…、血、…が…」
「――ああ。 目の覚めるような、赤だな」

彼の頬に触れ、自分から、口付けを送った。
戸惑ったように、差し入れられる舌と。
「犯せ、私を、――成歩堂…」
「っ、御剣…!!!」


緩やかに再開される、彼の動きが、ぎこちなくて。
痛みなど、とっくにどこかへやってしまった。

「あ、…っああ、成歩堂、…成、…っああ、…っっ」
「…愛してる、…好き、…好きだよ、御剣、…本当、…なんだ、っ…、ねえ、…聴いて…っ?」
「、う、あ、…っ、成歩堂、…、聞こえている、から、…っだか、…っら…」
「ぼく、…おまえ、が、また…いなくなるような、気がして、怖くて、…だから、
傷つけたくなくて、壊したくなくて、優しくしなくちゃ、いけないと思って、だから、…だから、…ごめん…」
「――…、」

キミの心は、あまりにも。 やっかいなものなのだな。
だが、それは私にも、当てはまることだ。 そう、そうだ、それは寧ろ。

「だからお願い、ぼくの、…傍にいてよ」

「…馬鹿だな、キミは――」

ぎゅう、と、息もできなくなりそうなほど、しがみ付くから。
ひっく、ひっくと、嗚咽を漏らしながら、そうするから。

伝染してしまうではないか、感情が、総て――。




「…一生、キミを、愛し抜くと、言っただろう?」


―― 嗚呼。 
これは、愛ではない。

それを超えてしまった、何かとても悲しい感情だ。
触れることを戸惑わせる程の。

だが、私はそれから、逃げることはできない。

もう、二度と、できないのだよ。


…望んだのは、私なのだから。