幸せという言葉の意味を、私はきっと、わからないまま生きていたのだと思う。 それは恐らく愛情に近いものに違いない。 今、自分は、どれくらい、それを持っているのだろう。 私は、それをパーセンテージで表そうとして、 それが限りなくゼロに近いことに気づいて、 それきり私は、やめてしまった。 そんなものは、いらないのだ。 私はひとりでも生き、歩んでいけるのだ。 もう、恐がりな子供でもなんでもない。 私は、ひとりで生きていける人間なのだ。 本当に、そう思って生きてきたのだ。 数パーセントの愛情。 「御剣、どこぉ…?」 「ん…、…なんだ、寝言だったのか。まったく…キミらしいな」 目を覚ますと、自分の顔の前に、成歩堂の顔があった。 唇が触れそうなくらいに近くにある…と思いながら、幸せそうな寝顔に、勝手に口元が笑いを刻んでいく。 ああ。これを、幸せというのかもしれない。 そんなことを普通に感じられる人間になれたことを、感謝する。 …誰でもない、目の前にいる成歩堂龍一。 「…御剣…、…ぼく、から…離れちゃ…だめだってば…」 「、…ん、…?」 肩に乗せられていた腕が動き、私は彼にゆるく抱きしめられた。 まったく、どんな夢を、見ているのだろうな。 髪に触れる。そうして撫でる、普段の彼が、そうしてくれるように。 暖かい。…キミは、いつも、暖かいな。 何度も、繰り返し思ったことだ。何度も。何度も。 その矛先が自分に向かっていることに、何度となく、安堵する。 この体勢では、キスができないな。たまには、してやろうと思ったのだが。 しかし、…まあ、いいとしよう。 「成歩堂…、キミが、好きだ」 起きている時には、あまり言えない。 起きている時には、素直になれない。 起きている時には、 それでも、彼は笑って私を許し、受け止めてくれるのだ。 狡猾な私を、彼は認め、それもすべて私だと、 そう言って包み込むように、腕の中で愛してくれるのだ。 それは、涙が出そうになるほど、幸せな瞬間だ。 「なる、ほどう…私は、…私こそ、キミを離せないのだよ…」 「…ん、ぁ、…、御剣ぃ…? ――…え、…ど、どうしたの、なんで泣いてるのっ!? どっか痛い? ねえ、なんかどっか、苦しいの?」 しまった、せっかく、彼が穏やかに寝息をたてていたのに。 それすら、彼から奪ってしまうのか。 「…なんでもない、問題ない。…寝ていたまえ。私は、仕事をする」 「ちょ、御剣、こっち向いて、目ぇ反らさないで、ぼくを見てよ」 「、…こ、困る」 「なんで」 「……キミが、好きだからだ」 「…余計なんでだよ…」 「私は、なるべくキミには依存しないようにしているのだよ」 「だから、なんでそんな必要があるの」 「っ…、キミと、少しでも長く、関係を保っていたいからだ…っ」 言いながら、どれだけ自分が不安だったのかを、思い知った。 どれだけ、彼に依存していたのか。 どれだけ、彼に、 「…ばかだね御剣。 もう、御剣がいやだって言ったって。 ずうっと、ぼくは、おまえの隣にいるんだよ。 ずうっと、ぼくは、おまえの一番そばに、いるんだよ」 「…な、る」 「ね、キスしようか、御剣。それから、一緒にもう一度寝よう?」 へらっと笑う彼の、その笑顔が。 くしゃっと、髪を撫でる、その指先が。 ちゅ、と小さな音を立てて、落ちてくる、その口づけが。 幸せすぎて、泣きたくなるから、だから困るのだよ、成歩堂。 なによりも、出会った頃から、揺るぎなく、私に向けられる、 もったいなさすぎる程、優しい感情が、困るのだ。 私には、抱えられないほど、溢れてしまうから。 それでも、受け止めようと、必死に、必死にかき集めて。 拾って、すべて自分のものなのだど、確認して、また、安堵を求めて。 視線の先にいるキミは、きっと、そんな私を、 仕様のない奴だと、また、笑って見ているのだろうな。 笑え。 成歩堂、キミになら、もう、どう思われてもいいのだ。 …知っているから。キミが、そんなことで呆れてしまうような男ではないことを、一番に私は知っている。 だから、ほしくて、手を伸ばして、手に入れたのだ。 成歩堂。 成歩堂。成歩堂。…成歩堂。 「…ん、…御剣、…ねえ、やっぱり…しても、いい?」 「してくれ…」 「うん。…不安そうな顔、しないで、までは言えないけどさ。 まだまだ、ぼくはおまえを安心させられる程、側にいないけどさ。 …約束するよ。約束できるよ」 目を閉じて、耳をすまして、彼の言葉を、音楽を聞くように。 「…おまえの前から、いなくなったりしないから」 「…本当、だろうか。…成歩堂、私は、キミ、を……っ愛して、…しまって、もう、どうしようもなく、 戻れない、…っ…手に、入れてしまったから……っ」 「うん。ありがと、御剣。…うれしすぎて、死んじゃいそう」 「…、あ…」 私の胸に、顔を埋めている彼は。 彼も、不安だったのだろうか。 少しだけ、滴の当たる感触に。 「世界が、ぼくらだけみたいだね」 そうだな、成歩堂。 この、小さな一室で、キミと私と、たった二人きりのようだ。 「まあ…それよりキミは、皆の前で、笑っている方が、似合っているのだが…」 「いや、そこは、うなづいてほしいんだけどなあー」 「ふ…、だろうな」 「あ、泣きやんだね。 もー、容赦しないよ、寝かせないっ」 「やめたまえっ…キミも明日は仕事だろうっ??」 「関係ないよ、だって、…御剣、おまえ今日可愛すぎるんだって!」 「こらっ離せっ、成歩堂っ!」 「……やだよ」 ぎゅう、と締め付けてくる腕。 頬や額に、降り注ぐキスの雨。 聞こえてくる、笑い声。 なによりも、キミの瞳は、私しか映していない。 「御剣は、ぼくのたった一人なんだよ。 わかるまで、一緒にいようね」 成歩堂。キミと。 世界でたった二人になったとしても。 キミが隣にいてくれれば、きっと私は、笑っていられるのだ。 これを、無上の幸せと呼ぶのだ。 意味を知り、安堵し、そうして、私はキミの隣にいよう。 そうしてそれでも、キミの手を、私は離さずにいるのだ。 気がつけば、それは愛情、以外の何物でもなかった。 「成歩堂、…キミは先ほど、どんな夢を見ていたのだ?」 「そんなの、御剣の夢に決まってるだろ?」 1パーセントでいいのだ。 それが、キミがくれるものならば。 |