ケーキを、数個買っている御剣が、こっちをふいに、見てきた。
にこ、と笑顔を返す。 
ほっとした、…ぼくの恋人の、そんな笑顔が。返ってくる。

甘いケーキの香りよりも、ぼくは、早くおまえが食べたいんだけど。


『A ring of the light』



ぼくのマンションのドアの前で、ちょっとだけ御剣を待ってもらった。
だってまさか、ぼくん家に来てくれるなんて、思ってなかったから。
ものすごーく、汚れてるんだよね。

「今更だろう、キミの部屋が汚れていることくらい、わかって来てやっているのだが」
「で、でも、ほら、一応、しょ、初夜だし――、15分、いや10分待ってて!」
「…わかった。中へ入って待たせてもらおう」
「えええ〜?」
「風が冷たいのだよ。 なんだ、恋人に風邪を引かせたいのか、キミは」

いちいち言い方がとげとげしいんだけど、なんだか懐かしい。
もう、突っかかってきてるクセに、照れてる表情なんだもん、可愛すぎるよ。

「じゃあ、あっちのベッドの上に避難してて」
「うム」

玄関のドアを開けて、御剣からケーキの箱を受け取る。
ぼくに渡したいもの、ってこれかな? 恋人になった記念とか。だとしたら、嬉しいな。
それって、御剣が、この関係を喜んでくれてるわけでしょ? もう、手放しで歓喜しちゃうよ、ぼくは。


―― 本当にね。嘘みたいだ。冗談みたいだ。

おまえが、また、ぼくのベッドで、寝ている、なんて。いや、正しくは座ってるだけなんだけど。

1年と、半月。ぼくらが離れていた時間。
ぼくが、おまえを諦められなかった、そんな、時間。

おまえはきっと、悩んだと思う。
きっと、こうして、ここにいることは、奇跡に近いんだ。

「成歩堂、手が、止まっているのだが」
「、あ」

見とれてた。 だって、御剣ってば相変わらず綺麗で、格好よくて、可愛いからさ。
自然に視線がそっちへ行っちゃうんだよね。

とりあえず洗濯物、ぐちゃぐちゃになってるから、洗濯機に放り込んで。
小さいテーブルを出して、上をダスターで拭く。

「もうちょっとだから、待っててねー」
「茶でも入れるか?」

「いいよ。場所変わってるから」
「そうか」

会話すら、本当に、付き合ってたときに戻ってるから。
くすぐったくて、少しだけ、切ない。

今だって、ちょっと目を離したら、これは夢なんじゃないかって思うんだ。
振り向いたら、そこには御剣なんて、いやしなくて。
ぼくの、都合のいい妄想なんじゃないかって。

「成歩堂。もういいのではないか」
「…あ、うん」

「チラチラと、何度もこちらを伺われていては、落ち着かないのだよ」

御剣はベッドから降りて、座布団の上に座った。
ぼくは、たまらなくなって、抱きついてしまう。

ああ。どうしよう、本当に、御剣がいる。
ここに、ぼくの腕の中に、いる。

「成歩堂…、…しない、のか?」
「………、ちょ、…っと、お誘い…は刺激が強いんだけど…」
「何を言っている、先ほどは、屋上のコンクリートの上で、襲ってきただろう」
「それは謝るから、……あれ?」
「…あまり見るな。キミと同様に、私だって、…欲情くらい、する」

御剣は苦笑してから、ぼくの頬に触れた。
「成歩堂」
「う、うん」
「…渡したいもの、というのは、な」
「わかってる御剣でしょ、ケーキじゃなくて、御剣をぼくに食べさせてくれるっていう…」
「黙りたまえ」
「もが、」

口を手で押さえられた。ああ、御剣の香りがする。だめだ、もう、押し倒したいんだけど。

「――…、これを、キミに…」
「…え」

それは小さな、ほら、ドラマとかでよく見る、藍色の、箱で。
大概、それに入っているものは、決まってる。

え。え、えええええ!?

「ちょ、御剣これって、」
「…昔の、お返しだ。別にキミに、…プロポーズ、などをしているワケではないぞ。
勘違いはするな、成歩堂」
「で、でもでもでも、あ、開けていい??」
「かまわん。いらなかったら、捨てればいい」
「捨てるわけないよ、だって御剣からの――」

開けると、そこには、本当に、リングが、入ってた。
ちょっと待って、これって。
本来なら、ぼくが、渡すべきなんじゃ?
嬉しいけど、本当、に、嬉しいんだけど。ちょっとだけ、複雑。

「キミの考えている事を、当てよう」
「え…」

その後、、御剣はぼくの思考が読めているんじゃないかってくらいの、ロジックの説明等々を
しながら、笑って語りだしたんだけど。

「いいのだ。…その、これが、私には、あるからな」
「…あ。…まだそれ、持っててくれたんだ」

御剣が、ポケットから出したのは、光る小さな、懐中電灯。
地震が怖い彼のために、真っ暗闇を恐れる彼のために、いつでも光をあげられるように。
蒼く光る、それをあげたのは、付き合い始めたころだった。

「このようにすれば、リングにもなるのだよ」

御剣は部屋の電気を消して、壁に、くるりと光のリングを描いた。
あんまりそれが、様になってるから。
あんまり気障に、そんな事をするから。

「…これのお陰で、少しは闇に慣れたのだ。 感謝しているぞ、成歩堂」
「御剣…」
「あ、…」

抱き寄せる、だっておまえずるいよ。なんだよ、もう。さっきから。
これ以上おまえに夢中にさせて、どうするんだよ。
今だって、苦しくて、切なくて、泣きそうなのに。

「大好き。愛してる。…愛させて」
「…成歩堂、……、愛して、くれ…」

御剣。御剣、御剣。

「……っあ…?」

真っ暗な中、ベッドに抱きかかえた御剣を運んで、押し倒す。
「な、るほどう…」
「怖い? 電気、つけようか」
「いや、このままで、かまわない…」
「うん、わかった…脱がすよ」
「っ…、ああ…」

ほんの少しの月明かりだけ、カーテンの隙間から、入る。
それを開けてしまえば、丁度いい明るさになるような気もするけど、
今は、早く御剣を愛したい。
この気持ちを、彼に、もっと、直接的に、届けたいんだ。

「…御剣、…」
「、ふ、…あ…、成歩堂、どこを、触って…」
「説明したほうがいいの?」
「…っ、…しなくていい…」
「テレ屋だなあ」
「うるさ、…っあ、アッ…」
「御剣、ちょっと体勢変えていい?」
「成歩堂…?」

ぼくは、御剣を背中から抱きしめるような形にして、壁にもたれかかる。
「背中が、痛むだろう、やめたまえ」
「大丈夫、クッションあるから」
「…そ、そう、か…、っ!? 成歩、…堂、…っ…ひ、ぁ…」
「…御剣、気持ちいい?」

多分、うなづいたんだと思う。髪の毛がちょっとだけ、ぼくの頬にあたる。
ああ、もったいないことしたかも。
薄暗いから、御剣の表情が、よく見えない。
でも、いい。

今は、なんでもいい。
こうやって、おまえに触れているだけで。

「、成歩堂、…あたっている…」
「だって、しょうがないだろ、」
「いいのか、キミは、…」
「うん。大丈夫。 御剣は、ぼくに身体を預けてくれてれば、いいから」
「そう、か…、っ…あ、…あ、あ…」
「御剣、濡れてきてる」
「っ…、やめ、ろ、…言うな…」
「だって、ほら、…こんなに、…」
「嬉しそうに笑うな、バカモノ、…っぁああ…っ」
「可愛い」
「…っ…あ、…な、成歩堂、…、手、を、もっと…」
「うん。 こうして欲しいんでしょ?」
「…ん、…あ、…、っ、…っあ、…ん、あ、…」

片手で御剣のスラックスを脱がせて、下半身だけ脱いだ彼の欲望を、両手で愛する。
びくびくと、御剣の身体が揺れて、悩ましい声が、部屋に響く。
シャツだけになった御剣に触れるのは、本当にこれが、初めてだ。

本当、よく、耐えてたよな。無駄なあがきだったけど。

「御剣、きもちよさそう、だね」
「っ、あ、…、や、あ…っ…、く、…イク、…っ…」
「うん。いいよ。…、ほら、…いって、…」
「あ、あ、あ、な、る、…ぁぁあ…っ!!!」

大きく、御剣の身体が跳ねて、そのまま、ぼくにもたれかかるように、力が抜ける。
手のひらに残る、ヌルついた感触。
はあ、はあ、と喘ぎながら、御剣はキスを求めてきた。

「ん、…成歩堂、…キミも、」
「うん。まだ平気、だけど?」
「したい、私も、したい、のだ…」
「…え」

薄暗くて見えないけど、御剣は荒い息のまま、ぼくのベルトに手をかけた。
カチャ、と言う外す音と、ジッパーを下げるそれが、重なる。

「御剣、嬉しいけど、え、…っええ!?」
「…ん、…、成歩堂、…、いいか…?」
「よくないよくないよ!! しゃ、シャワー浴びてないってば、御剣っ!!」
「黙ってされていろ。まったくキミは、うるさいのだ…」
「ちょ、ちょっと!!」

攻守交替かっていうくらいに、御剣はたどたどしいんだけど、自分から、ぼくの熱を銜えて。
嘘、だ、今度こそ、夢だろ、これ。

「み、みつるぎ、…っ」
「…、ん、……う、…っ…、キサマ、…でかいぞ…、銜えきれ、ないではないか…」
「ごめんだって御剣が、…う、わ…っ」

そっと、髪に触れる。ああ、御剣だ。御剣の髪の感触だもん。当たり前なんだけど。

も、もっとこう、ムードたっぷりにさ、余裕のあるぼくで、おまえを愛する予定だったんだけど。
そりゃもう、最速に近かったんじゃないかな。

どくん、と、耐え切れずに、ぼくは、御剣の口腔に欲望を放っていた。
「ごめ!!御剣、大丈夫…!?」
「……、…飲み切れない…ぞ、…量も多いのだな…」
「……」

撃沈しそう。なんでこう、素直なんだよ、感想とかなんとか。

このままじゃ、リードを保ててない。

ぼくは、立ち上がって、部屋を明るくした。

「な、成歩堂、眩しいぞ…、なぜ」
「御剣。寝ころんで。」
「う、うム…? なんだ、ヘタだったのか、怒っているのか…?」

テクニックの問題じゃないんだよね。御剣だから、すぐ…、もう、この話は水に流そう。

「…、逆、うれしくてもう、御剣になんだってできそうなんだよ、ぼく」

にこ、と笑うと。
黒い笑みはやめたまえ、と、御剣は視線を天井に向けた。






御剣の、耳慣れない甲高い声が、ぼくの鼓膜を刺激する。
それだけで、また、熱が戻ってきそうになるんだけど。今は我慢だ。

「…っ成歩堂、…待て、…待って、くれ…っこれ、は、…いやだ…」
「だめ。御剣だってさっき、しただろ」
「場所が違う!何かあるだろう、…っあ、…」
「…、すご、舌、熱い…」
「っ言うな、バカ、も、…っ足、押さえ、るな」
「だって蹴られそうだもん。……、御剣、…おいしい」
「感想はやめろ!うまいワケがあるか!!」
「…本当なのに。」

泣き声に近くなってきた御剣をBGMに、ぼくは、彼を解することに専念する。
びくびくと足は震えてるし、欲望からは、幾度となく、液が溢れてきてる。
それを御剣に塗りつけながら、指と舌で愛していく。

抵抗されるのなんて、想像済みだから、無駄だよ御剣。
何回ぼくのおかずになってるつもりなんだよ、なんて、ふざけながら言えば、相変わらず不機嫌な声だ。
「しかし、こんな、…っ…ああ…っ」
「ねえ、御剣?」
「…な、ん、…だ…っ」
「すごくさ、ぼくら、段階踏んでると思わない?
告白して、キスして、お祝いのケーキ買って、リングの交換して、
そして、…御剣をぼくにくれるんだもんね?」
「…、…っ…まあ、…そう、かも、しれないが…」
「あ、力抜けたね。指増やすよ」
「っひ、…あ、成歩堂、キサマ…っ!!」
「もう、愛する恋人に、貴様、は、ないんじゃない?」

嬉しいんだけどね。余裕がない時の、おまえの呼び方だから。
ぼくにだけ、見せてくれる表情も、声も、あまりに愛しい。

「御剣、…大好きだよ」
「、っあ、…あ、…成歩堂、…、その、ような、言い方は、ずるい、のだ、…っあ、…う、ぅ…」
「もしかして、痛い?」

一瞬手を止めると、御剣は弱弱しく首を横に振った。
ほんと、嘘をつけない性格なんだから。

「…、成歩堂、…もう、…大丈夫、…だ、…」
「言うと思った。 ムリに決まってるでしょ」

笑って再開させると、御剣は、もうやめてくれ、と言いながら、枕に顔を突っ伏した。
空いてる方の手で、髪を撫でる。

「…、あ」
「御剣。…どこが気持ちいいか、教えて?」

ぐり、と指を動かしながら、問えば、御剣は、わからない、と呟いた。

「…っ…あ、…っ、成歩堂、…、…っ」
「…ここは、どう…・、それとも、こっち?」
「、ひ、…っ…、わか、な……っ…――っ!?」

びくり、と背中と下半身が、跳ねた。
そうして、御剣は、何も聞いていないのに、頭を振る。

「…ありがと御剣。 これで、いっぱい愛せそうだね」
「ちがう、ちが、…あ、っ!? や、う、ぁあああっ!!」
「…気持ち、よかった?」

ちゅ、と頭に口付けて、耳元で囁く。
「御剣。夜はまだ、長いからね」
「……っ…、しんでしまいそうだ」


それ、ぼくも思ってた。
まあ、理由は、幸せすぎて、だけどね。


「…小休止は入れられないよ、ごめんね」
「っ…あ」
「御剣。力、抜いて、あと、もう少ししたら、…できそうだから」
「…っ…ほんと、…う、か…?」
「うん。御剣、感度、いいから。」
「…、…そんな、ことは…、…ありえないのだよ」
「じゃあ、ここ、よくないの?」

見つけたばかりのスポットを攻めると、御剣は、こちらを恨めしそうににらんだ。
そんな顔したって、可愛いだけなんだって、まだわからないのかな。

「御剣。…御剣…」
「、あ、…っ」

うつ伏せていた御剣に手を伸ばして、抱き寄せる。
「…、キミ、…限界じゃないか、ね…?」
「わかる?」
「……、っ…、あ、…う…」
「ごめんね。 御剣」
「…、謝るな。…しないのか、と言ったのは、私だろう」
「そうだけど。 想定外の事態、多かったんじゃない?」
「……、ああ、…だが、…あまりにキミが嬉しそうなのでな。 …もう、いいのだよ」

御剣は、ぼくの髪に触れる。そうして、ゆっくりと、撫でてる。
「御剣…?」
「―― 痛くてもいい。 …来たまえ」
「…、…うん」


足を少し開かせて、ゆっくりと、熱を埋め込むと、御剣の綺麗な顔が、痛みに歪む。
ごめんね。
愛してる。
大好き。
ゆっくり、するから。
一言ずつ、言いながら、少しずつ自分を進めていく。

「う、あ、…っう、ぃ、あああ…っ、あ、っく、……、っ」
「御剣、息して。」
「は、っは、…っは、ぁ…」
「…へいき?」
「――、な、る、歩堂、…成歩堂、…っな る、…」
「うん、ぼくだよ。ぼくが、おまえを抱いてるんだよ」

こくん、と涙をこぼしながら、御剣は、遠慮がちに、ぼくの背中に、爪を立てた。
もっと、痛くしてもいい。おまえの方が、ずっと、つらいんだから。
「成歩堂、…、あ、…っ…、キミ、が、いる…」
「うん」
「っあ、…っ…っ…、」
「ごめんね。痛いだろ?」
「…かま、わないのだよ、……そんな、顔をするな。笑っていろ」
「…っできないよ…、御剣…、だって、…おまえが、」
「いいのだ。…――愛して、いる、成歩堂」
「うん、ぼくも」

その後何十回も、愛を囁いた。
きっと、御剣にとっては、痛いだけの、夜だったのに。






今、ぼくの横で、幸せそうに、御剣は窓の外を見ている。
髪を撫でながら、頬にキスをする。

「御剣。―― 身体、拭いてもいい?」
「…いや、自分で、…っ痛…」
「起き上がれないだろ、ごめんね、ムリさせて」
「…まったく、キミは、謝ってばかりだな」
「だって。 でも、うれしくて、御剣、大好き」
「こら、抱きつくな、…っ…ぁ…」

傷とかないかな、と、調べるみたいにして、舌を這わそうとすると、髪を掴まれた。
「成歩堂、なにをしている。さすがにもう、ムリなのだよ」
「え、違うよ、痛いでしょ、舐めてあげようかと…」
「やめろ、全力でお断りする。」
「…ええー、じゃあ、抱きしめててもいい? 余韻に浸りたいし」

甘えるように抱きつくと。御剣は仕方がなさそうに、腕を回してくる。

「…まったく、ケーキよりも甘い男が、ここにいるぞ」
「好きなクセにぃ、おまえ、甘党だろ?」
「――まあ、否定は、しない」


長かった夜が、明けるみたいに、ほんの少しの朝日が、窓から見える。
そっか。
御剣がいるから、空が、きれいに見えるのか。
こんな簡単なことに、気づかないなんてね。


「御剣。 …ずっと、一緒にいようね」
「まあ…断る、理由もないのでな。」
「テレてるでしょ、顔赤いよ」
「…っ…、まったく、キミには、勝てないのだよ…」
「それ、こっちの台詞だって」

そうだ。

今度の休みは、彼に似合うリングを買いに行こう。



―― ぼくは心の中で、小さく、プロポーズを、決意したんだけど。

今はまだ、御剣はナイショにしておこう。










HAPPY END