またたびラバー。 11
インターフォンを鳴らしてすぐに、御剣の声が聞こえた。
『…成歩堂、か?』
「うん。ただいま。 はいるねー」
鍵をかけてたのは、偉いな。
カチャリと開錠して、玄関に入る。 そうして、リビングのドアを開けた。 ――その、瞬間だった。
「…や、やめろ、成歩堂」
「え?」
「……っ…、その、…手に持っているものは、なんだ…っ?」
「だから、またたびだってば。 真宵ちゃんから、聞いてるだろ」
切羽詰った御剣の声が、ぼくに届く。
猫って大変なんだな。 TVの動物番組で、ライオンですら、またたびにイチコロなシーンを見たことがあるけど、
「御剣、大丈夫?」
この効果は、本物ってヤツだ。
ようは、酔っ払い状態になっちゃうんだよね。確か。気持ちよくなっていくはずだ。
ぼくだって、別に御剣を悪酔いさせたいワケじゃないし、大事な恋人。しかも、体力の弱ってる御剣を、苦しめたいわけじゃない。
これは、至って計画通りの、ぼくにしかできない、役目。
千尋さんからの、手紙の内容は、至極簡単なこと。
この世に蟠りがあって、なんらかの原因で御剣の体内に動物が留まっているのなら、無理やり除いてやるよりも、気持ちよく上にいってもらおうってやつだ。
(一応、毎晩抱いてたけど…、きっと、その時は御剣の精神が多く出ていたから、引っ込んでたんだろうな、多分)
本当は、この提案には乗り気じゃなかった。猫相手にだって、浮気したくないんだよ、ぼくは。
でも、今回だけは特別だ。日に日に弱っていく御剣を、このままにはしておきたくない。
文字通り、ぼくが、御剣を助けるんだ。
例えどんな姿を晒されようが、関係ない。
ぼくは、御剣を愛してるから。
「御剣、…へいき?」
「…、この、状況が、平気に見えるのなら、キミの目は節穴だ…っ!!」
「―― うん、ごめんね。」
「…っ…く、…るな、と言って、…それを、近づけないでくれ…、っ頼む…」
「ごめん、御剣。」
「、…っ…ぁ、……っ…だめだ、…触るな、…」
うん。でもごめん。
御剣が、眠れない夜を過ごしてしまうこと。毎日、仕事に縋って、今の状況を忘れようとしていること。
それから、それでも、中々ぼくに、頼れないこと。気丈なこと、涙をほとんど見せないこと。
それが、ぼくには、耐えられない。
そっと、近くのテーブルの上に、またたびを置く。 効き目は、あり過ぎるくらいだから、この距離で充分だろう。
御剣は。
フローリングの上で、脱力したまま、座り込んでいた。
足が震えてる。 違う、身体中、全部、か。
俯いているけど、少し見える肌は、赤くて、汗ばんでいる。
ごくり、と喉が鳴る。
「…欲情してるね、御剣」
「い、うな、言うな、いやだ、こんなの、は、いや…なのだっ」
「…ぼくもだよ。」
べろりと、御剣の耳を、舐めた。
「っ…や、め…ろと、言って…」
「御剣。信じて。 おまえを助けたい。」
「ッ…、卑怯だ、…こんな、やり、方…」
「お願い。後でいくらでも詰っていい。罵っていい。だから、――、頼むよ」
「……、っ…な、成歩堂…!!」
はあ、はあ、と、何時になく荒い息が、頬や耳にかかる。
ぼくの肩に、御剣の手が回される。
余裕のない、声。
「…御剣。助けてあげる、もう、おまえが泣かなくていいように。苦しくないように。 このぼくが、おまえを助けるから」
「――っ…、……っ」
「御剣」
「、たす、けて、…くれ……――、頭と身体が、どうにかなりそうなんだ…っ」
御剣。
愛してあげるよ。
いくらでも、
おまえを、どうか、ぼくに預けて。
―― すべてを、見せて。
またたびラバー。 12
「おまえは、何にもしなくていいからね」
なるべく優しい声を出して、抱き上げる。 やっぱり少し軽くなったな。
御剣は、ぼくから腕を外そうとは、しなかった。
いやがってるのは、わかってるけど。
「…ごめんね」
何度も謝って、ベッドへ彼を運んでいき、そっと横たえる。
それでも、ぼくの首あたりに、御剣は腕を回していて。
「…っ…成歩堂、…、成歩、堂…」
「喉、渇いてるだろ。水持ってくるから、少しだけ待ってて」
ようやく離れた御剣の髪にキスをして、そっと離れる。
またたびからの距離が離れたせいか、御剣も少しは、落ち着いたみたいだ。
効果覿面だから、もう、いいだろう。
もしも、御剣が本気で苦しんでしまった時や、完全に意識をのっとられそうになった場合のために、携帯電話をベッドサイドにおいておく。
ワンコールで、千尋さん、つまりは真宵ちゃんが、来てくれるはずだ。事務所からここまでは、そんなに遠くないし。自転車の鍵も置いてきた。
キッチンへ歩いていこうとすると、後ろから声がかかる。
「成歩堂、…、先ほどは、取り乱して、すまなか、った。…わたしらしくも、ない」
「何言ってるの、こんな時に」
「―― キミを、信じている。 ……それから、……、愛して、いる」
「っ…、…うん」
振り向かずに、大きく、頷く。
―― 近所で、猫の鳴き声が聞こえた。
喉を潤す為に、水を含んだ状態で、御剣にキスをする。
コクン、と嚥下されてくそれが、御剣をまた、少しずつ落ち着かせていく。
「御剣、何があっても、おまえはおまえで、ぼくは、ぼくだ」
「…、ああ」
髪を梳いて、額と頬に、口付ける。
「…御剣の中からは、出て行ってもらうよ。 ぼくは、御剣怜侍しか、いらないんだ」
「……ふ、…」
「ちょっと、笑わないでよ、御剣」
「誰と話しているのだ、まったく」
「―― そりゃ、御剣と一緒にいる、寂しがりやの猫ちゃんに、だよ」
「寂しがりや…?」
「うん、わかるんだよ。 御剣もそんなところがあるから、同調しちゃったのかもね」
「ハッ、馬鹿にしないでくれたまえ…私は、そんな脆弱な精神は持ち合わせていない。」
「はいはい。 まあ、全部終わったら、聞くから――」
「…う、ム」
「……抱いてもいい?」
「…まあ、いつものこと、なのだよ」
「そうだね」
「…、成歩堂、…」
「うん、なにー?」
「成歩堂、万全を期す為には、私の腕や足を、拘束してみては、いかがなものだろうか」
「そんなの、いらない」
「しかし、キミを引っかいてしまったり、よもや噛み付いてしまったりは、しないだろうか」
「いつもと変わらないじゃないか」
「…っ…成歩堂、待て、まだ、話が――」
御剣の言いたいこともわかるけど、そんなことはできない。 ぼくらにとっては、日常的な時間であって欲しいから。
「…御剣。 あんまり我侭言ってると、鼻先にまたたび押し付けるぞ」
「!! いや、それは、ご勘弁願いたいのだよ」
本気で困惑してしまった恋人の、眉間のシワを、舐めた。
「冗談、だって、おまえもう、こんなになってるから。必要ないよね」
「な、るほどう…っ、あ、…っ」
「どうする? ネコプレイしちゃおうか。初日みたいに」
「…っ…や、…っ」
「記念に写真、とっとこうかなあ」
「ふざけるな成歩堂、緊張感が足りん!」
「だって、御剣を抱きたいだけだもん」
「…っさっきの愁傷な態度はどこへ行ったのかね!」
「――、御剣」
うん、そう、それだよ、御剣。
いつもみたいに、ぼくを罵って、そっぽを向いてるくらいが、丁度いいんだよ。 べたべたに御剣に甘えるぼくを、押しのけて仕事してるくらいが、丁度いいんだよ。
「……成歩堂、…、そんな顔をするな。バカモノ…―― す、すきにしたまえ!」
ぼくの大好きな、御剣。大事な、御剣。本当に、おまえしかいらない。
おまえが、笑ってくれるなら。おまえが、幸せなら。何だって、おまえに、あげるよ。
またたびラバー。 13
―― ほんの少しだけの謝罪と、あふれてしまいそうなくらいの愛情を、御剣に。
「御剣、苦しくなったり、耐えられなくなったら、言って」
「…?」
千尋さんが来る、とは、言い難いから、すぐにやめるからね、と、頭を撫でる。
御剣は、真剣な眼差しを、ぼくに向けた。
「いや、…最後までしたまえ。 キミがしようとしている行為は、容易に想像できるものではなかった。私自身、文献等に、少しは目を通してきたつもりだ。
その、つまり、このようなやり方…は、どこにも載ってはいなかったぞ、成歩堂」
「だろうね。 恋人同士でもないと、無理だ」
「…、ムう」
「100パーセントの成功率じゃないけど、可能性があるのなら、おまえを助けられるのなら、ぼくは、こうしたい」
「…わかったのだよ。 覚悟を決めよう、成歩堂、お互いに、な」
「うん。愛してる、御剣」
「…ああ、…――」
来たまえ、といつものように言って、御剣は、身体の力を抜いた。
「…その、またたびを、持ってきたまえ。 今のままでは、ただのセックスに変わりないだろう」
「いいの?」
「―― ああ。…醜態を晒す。 …幻滅するな、とは、言わないのだよ」
これだから御剣は。一体いつになったら、ぼくが御剣の虜だっていうの、解ってくれるのかな。
「…もう、するわけないだろ。 じゃあもう、これからぼくがする変態的な行為にも、幻滅しないでね。お願い」
「っ…、あ、あれ以上だと言うのか!?」
「え? ぼくいつも、妄想の中で御剣にすごいことしてるんだけど…」
「――、キ、キミは、…っ」
「はい、じゃあ、またたび持ってくるから、…全部脱いでおいて…」
耳元で低く囁くと、顔を赤くした恋人に、小さく額を小突かれた。
痛いなあ、もう。嬉しいじゃないか。
ほんの少しだけ、またたびを持って、寝室へ戻る。
それだけで空気が変わったように、御剣の瞳が、潤んでいく。
「…御剣、」
検察側の準備も、滞りないみたいだね。
「…あとは、全部ぼくにまかせて」
「…っ…、ん、…っ…は、…ぁ…」
「身体、熱い?」
こくん、と頷いて、御剣は、シーツを強く掴む。
枕の横に、またたびを置いた。
「力、が入らないのだよ…、恐ろしい草だな、それは」
「それは、今御剣が猫だからでしょ。まあ、いつもネコだけど」
「…下世話なことを言うな…、バカモノ、…っ……あ、…っ…ああ」
首筋を吸うだけで、敏感な身体は、何度も跳ねる。
胸の突起を指で弄びながら、もう一方の手で、蜜の溢れる熱に、触れる。
「、っう、あ! …ぁぁー…っ」
「感度良好、だね」
「うるさいのだよ、…黙って、…っん、ん、…」
「…うん、御剣、大好き。」
濡れてきたところで、手を離して、代わりに尻尾を、掴んだ。
「っ…!!」
初日に解ったこと。 ここに触れるだけで、少し引っ張るだけで、達してしまうくらい、感じるらしい。
「いや、だ、…成歩堂、っあ、…やめ、」
ついでに、ネコミミの中は、一番敏感で、舐めると、大変なことになるらしい。
「、! な、成歩堂、耳は、…っ」
「うん、気持ちよくなって」
「…っ…、ふ、…っ、う、…っぁ、うう…」
びくびくと、身体が戦慄いて、それだけで、御剣が達したのが、わかった。
蜜を、そのまま、ローションがわりに、塗りつける。
「まて、成歩堂、…っ…からだ、可笑しく、…なる…のだ、よ…」
「なってよ。 なってていい。 気にしなくていい。 夢でも見てると、思ってて」
それくらいしか言えない。
知ってる。解ってる。自尊心の塊な恋人だから。
「――…、成歩堂、…、成歩堂」
「そう、ぼくの名前だけ、呼んでて」
御剣の中を解しながら、様子を見守る。
またたび効果で、御剣の身体はいつもよりずっと熱くて、感じやすい。
迷いが無いといえば、嘘になる。でも、今のぼくには、これしか出来ない。
御剣の覚悟を、無駄になんか、しない。
「…っ、ん、…あ、…っう、あ…」
「しっぽ、気持ちいい?」
「、…、ん、……、不快、では、ない…」
「そう、良かった。」
言いながら、耳の中にまた、舌を這わせる。
「、…っ、ぁ、ぁ…あ」
「…、ここが、一番弱いんだ?」
「…最初、に、言った…」
「うん、わかってる、すっごい可愛い。」
「……っ…、あ、…っ…」
「ねえ、御剣、これって、自由に動くの?」
「…・? 何を、言って、…尻尾の、ことか…?」
「そう。」
「まあ…、このようなカンジだが」
御剣は、ゆらゆらとしっぽを揺らして、ぼくの肌を撫でた。すごくくすぐったい。
「じゃあ、これで、…してみて?」
「―― 断る。 このようなアレに関係ない。」
「……どうしても、だめって言うなら、こうしちゃうよ、前みたいに」
しっぽを掴んで、御剣を解した場所を撫でる。
「っ…ど、どうせ、するのだろう、キミはいつもそうだ!」
「…じゃあ。 もう入れても、いい?」
確かに、ネコミミやしっぽをつけた御剣は、それはもう、この世のものとは思えないくらいに、可愛いんだけど。
ぼくは、別にフェチじゃないし、何よりもただ、彼を抱きたいだけの男だから。
「ねえ、御剣、…もう、抱きたい。中に入れても、いい?」
「…、ああ、…」
ぼくは、またたびを銜えた。
「舐めて、御剣。 」
そうして、御剣の口元に、持っていく。
少しだけ、御剣の目の色が、変わったのがわかった。
ごめんね御剣。
… この行為が終わったら、おまえ自身を、飽くことなく、抱いてあげるから。
どうか――、不実を許して。
またたびラバー。 14
「あ、もしもし真宵ちゃん? ―― うん、あのね。 …大成功、だったよ」
電話口から聞こえる、真宵ちゃんの、少しだけ泣きそうな声。
ぼくは、裸のまま、ベッドで携帯から電話をかけていた。
その横では、耳も尻尾もない、いつもの御剣怜侍が、疲れた顔で、眠ってる。
さすが千尋さんの提案だ。
冗談みたいに、消えていくそれを見て、少しだけ泣いてしまったのは、黙っておこう。
「ありがとう、うん、うん、明日には二人で事務所に顔を出すから、うん、…あ、冷蔵庫に、御剣が買ってきたプリンがあるから――、」
「ん…」
「あ、御剣起きたみたいだから、これで切るね。 本当にありがとう真宵ちゃん。うん、ええ? 3つも食べるの!?…い、いいけどさ。 じゃあね」
「…ふ、…面白い会話だな、成歩堂」
「…うん、いつもどおりだよ」
「そうだな、…いつも…、――、っ…?」
御剣は、自分の髪と頭に触れて、気づいたみたいだった。
ぼくを見て、安心したように、抱きついてくる。
「…御剣、…」
「――、成歩堂、…、…成歩堂」
「鏡、持ってこようか?」
御剣は首を振って、ただ、そうしたままだった。
「身体、大丈夫? 一応、1回しかやってないけど…」
「…っ…、かまわ、ない…、問題ない」
「―― 紅茶でも、入れようか…」
「…いやだ、離れるな、成歩堂」
「…うん。」
ほら、やっぱりおまえは、寂しがりやじゃないか。
ぼくほどじゃ、ないけどね。
髪を撫でる。頬を撫でる。そのまま肩を、背中を、ゆっくりと。
「おつかれさま、御剣」
「…、それは、…皮肉のつもりか?」
「違うよ。 本当に、良かったと思ってる。安心した。…怖かったから。」
「――、成歩堂」
「おまえがいなくなったことも。 おまえじゃなくなっちゃうんじゃないかって、思った自分も。 それから、とにかく全部、不安だった。きっと、おまえと同じくらいに」
「…、す、すまな、かった」
御剣は、顔を上げて、ぼくにキスをする。
御剣から、してくれることは、言わずもがな、珍しいことだ。
だから、そのまま深く、口付けていく。
「ん。…っ、な、…ん、んん…」
「…、…、…ねえ、御剣。このまま、いい?」
御剣は、瞳だけで、返事をした。
いつもの、照れたような、でも、口元は笑ってる。
無理をさせたから、クッションをできるだけ重ねて、御剣をそこに寄りかからせる。
「ふム。ふわふわして、気持ちがいいな」
「でしょ? ちょっと前にね。ホームセンターで、買ってきたんだけど、思い出してさ。さっき、出しておいたんだ。」
「気が利くな。 キミらしくもない…」
「あー、そういう事言うんだ、…、まあ、いいけどね。 今は、思いっ切りおまえを、甘やかしたい気分だし」
そういいながら、ぺろりと頬を舐める。
すると、しょっぱくて、驚いた。
「え、御剣…?」
「…、…、っ…う……」
「御剣、…ごめん、やっぱりいいよ、…ごめん、泣かないで、御剣、疲れてるよね、どっか痛い?」
「…違う、…成歩堂、…いいのだ、…キミがほしい。…っ…っく…」
「…―― おかえり、御剣」
ちょっと、違うかと思ったけど、そう言った。
「…ただ、いま、成歩堂――」
こうして、御剣とぼくの、あまりにもびっくりな一週間は、終わりを迎えた。
わかったこと。
ネコにまたたび。
わかってたこと。
御剣には、ぼく。
―― ぼくしか、きっと、いらないんだ。
「御剣、愛してる」
「…うム。…、では、やはり離れてもらおう。 仕事が溜まっているのだよ」
「…え?」
「聞こえなかったのか、成歩堂。 どきたまえ。そうしてシャワーを借りるぞ」
「いやちょ、ま、待って、…もーちょっと浸ろうよ。なんか、こうさ――…っていうか、身体はさっき、洗っといたけど…あ、でも泣いてるし、その顔じゃ、検事局行けないか…」
「……では、キミも来るか?」
御剣は、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。
「…そうだな。 足腰立たなくなるくらいには、離す気はないよ」
にやりと笑って、ぼくもそれに対抗する。
ああ、やっぱり。
―― いつものおまえが、一番ぼくを、魅了するんだ。
了。