一番初めに言っておくけど。
つまりは、ぼくはそんなに悪くは、ない。

ぼくと御剣の夜の営みって言うのは、毎回ぼくが御剣を求めて、御剣はしぶしぶぼくを受け入れてってカンジだったんだよね。
もう付き合って7年以上経った今でも、それは変わらなくて。むしろ、30を過ぎた頃には、御剣はさらにこんな行為に対してはドライになっちゃっててさ。

でも、例外があってね。御剣は酒が入ると、ぼくを求めるんだ。
ぼくはそれを知ってるし。それを理解しているぼくを、御剣も知っている。
だから、それは暗黙の了解みたいな感じでさ?
今夜みたいに、ワイン1本丸ごと1人で空けた日なんかは、ベッドへ直行、シャワーだって2ラウンドと一緒に。
夜が明けるくらいまで二人で求め合って、疲れて眠るっていうのが常套句なんだ。

だからぼくは、知ってる。
今、熱持った瞳で、こっちを見つめてる御剣の考えていることも、欲しいものも、全部。
だって、7年も付き合ってるんだから。(まあ、海外にばかりいる恋人のことだから、実質はきっと普通の恋人の十分の一も一緒に居られてないけどね)

「…、なる、ほどう、…その、だな…」

酔ってるからじゃないよね? だっておまえはぼくより酒が強いんだから。

「ん、なぁに御剣」

「――、その、…それは、今、読まなくてはいけないのだろうか。…いや、邪魔をしたいワケではないのだが」

きっとこんな事態は御剣にとっては、想定外だっただろう。
今ぼくはベッドの上で寝転びながら、どうでもいい推理小説なんかを読んでいる。
それは先日御剣がぼくに薦めてきた文庫本で、結構面白い。
まあ、今ぼくをじいっと見つめてる恋人の方が、面白いんだけど。

「…あー、あともうちょっとで犯人わかりそうなんだよなあ」
「そ、そうか、…す、すまなかった。続けてくれたまえ」

続けてくれたまえ、だって。
御剣に気づかれないように、彼に視線を向けると、そわそわしてるのが、解る。
うん、したいんだろ、そんなのわかってる。

だってぼくが仕向けたことだからね。


「そう? ――じゃあ、御剣、悪いんだけど」


『しばらくそこで、遊んでて。』 



それから十分が経過して、御剣は、こっちを伺いながら、ワイングラスに入ったミネラルウォーターで喉を潤してる。
ああ、上下する喉仏が、いやらしいね。
もちろんぼくだって、いつもみたいにおまえを愛してやりたいよ。蕩けさせてあげたい。
そんな瞳で見つめてる御剣が、一緒にこの部屋にいるって考えるだけで、どうしようもなく、欲情してる。

「…、成歩堂、横に、行ってもいいだろうか?」

あ、そろそろ限界なのかな。だよな、下半身が反応してるのが見て取れるし(もちろんぼくも、うつ伏せて本読んでるから解らないだろうけど、臨戦態勢ばっちりだ)

「いいよ、おいで御剣」

なんて言いながら、視線は本から外さない。
御剣は焦れてるだろうな。

でも、たまにはいいよね、こーゆーのも。

たまにはいいだろ、おまえから求めてくれたって。

一度でも、「抱いてくれないか」って言ってみたらどうかな。
それだけで、ぼくはおまえを思いっきり愛してやれるのに。


「……」

「…、…」

「……」

「…、御剣、ぼくのこと見すぎ」

「っ! ああ、すま、ない…」

「何、どうしたの」

「…、い、いや、…なんでも、ないのだよ」

「…そう?」

「アルコールの入った頭で、推理できるのかね?」

「何言ってるの御剣、ぼくが飲んでたのは、グレープジュースだよ」

「……、そ、そう、か」

ああ、可愛い。
明日は御剣は休みだし、心置きなくぼくはこの部屋に泊まることができるし、家にはオドロキくんがいるから、みぬきの事は任せてある。
それを御剣は、知ってる。ぼくが言ってあるからね。

時計の針は0時を過ぎたところで、まだまだ夜は長い。

御剣は、もともとこんな行為に対しては、ホントにドライで、もちろん全てを教えたのはぼくだ。
だから、完全な受身で、自分から誘うとか、ましてや自分からぼくの上に乗ってどうこうできる、そんな人間じゃない。
だからきっと、こんな時にどうしたらいいのか、わからないんだろう。
しかも、ぼくの手には、推理小説、あと30ページは残ってる。
わざとゆっくりページを進めてるけど、本当はとっくに読み終えたものだし(御剣に薦められたらその日に読み終えるのは、常識だろ?)

だから、遊んでるのは、ぼく。
愛しい御剣が、ぼくを求めてくれないかな、なんて、ちょっと思ってるだけだよ。
だってぼくがおまえに向ける愛情の、百分の一も見せてくれない御剣だから。
今夜は、それを見せてくれないかな。
愛されてる自信が、ないわけじゃない。おまえにはぼくが、ぼくにはおまえしか居ないのは、わかりきってるから。

「御剣、左手、貸そうか?」
「――、え…」
「なんか寂しそうだから。」
「、いや、…、そのようなことは」
「遠慮するなよ」

右手でページをめくりながら、左手で御剣の髪を撫でる。
過敏に反応しちゃって、ほんとおまえ、かわいいね。

「…、成歩堂、…」
「なにー?」
「片手間に、その、…ようなことは…」
「…聞こえないよ、御剣。 どうしてほしいの?」

くすくす笑いながら、ちょっとだけ御剣を見つめる。
瞳がもうすでに語ってるよ、御剣。
ぼくを欲しがってる。
光栄だよね、ほんと。

「―― お?」

珍しいな。ほとんど初めてだよな。
こんな風に、御剣が自分からぼくの指を、舐めるなんてさ?

かわいいね。必死になっちゃって。
「…、っ…」
「なに。 推理小説に、対抗心燃やしてるの?」
「、…、うる、さい、のだ…」
「いいよ、好きにしてて」

ぼくはまた、視線をページに戻す。
そうして、左手が濡れてきたから、御剣の服に指を忍ばせた。

「脱ぎなよ、御剣」
「――、…っ成歩堂」
「なに、今いいところなんだよね…」

小説の内容じゃないよ。
御剣、おまえが、ね。

「……、っ…」
あ、ヤバイ、泣く。多分泣く。絶対、泣く。

御剣は、アルコールが入ると、余計に涙腺が緩むんだよね。
そうして、ぼくは、どうしようもないほど、御剣の涙に弱い。
これはもう、DNAレベルで決まってること。 泣かせたくない。気持ちいいこと以外では。

「…、み、御剣」
「…、…、本、を、とじ、たまえ…っ!!」

「――、う、うん、わかった、わかった。」
「キミは、失礼だと思わないのかね、そ、そんな態度では、…わたしは、」

「うんごめん泣かないで、ちょっと、ほらいつもぼくはおまえをからかうだろ? それの一種で…」
「その度に私が、どんな思いを――…っく…」

「…どんな思いだったの?」

御剣から借りてる本じゃなかったら、さっさと投げ捨ててたんだけど。そっとベッドサイドに、それを置く。
そうして優しく恋人を抱きしめながら、心の中で、ほくそ笑む。
ああ、やっぱりぼくって愛されてるなあ。
よかった。

「…信じられて、いないというのは、例えようもないくらい、つらいのだよ」
「信じてないわけじゃないよ」
「ならば、どうしてキミは、毎度毎度、私を試すのだ」
「―― それは、ね。御剣。おまえから、なかなか好きって言ってくれないから、不安になるんだよ」
「…、言って、いるだろう。」
「この前、いつ言った?」

「…、…それは、…」
「教えてあげる。3ヶ月と17日前。 御剣はすごい酔ってたし。イキオイみたいなカンジだった」
「そ、う、だっただろうか…」
「ぼくが御剣に関する記憶を、違えると思う?」

御剣は、困ったように、否定した。
よかった。涙は止まったみたいだね。

「大好き御剣。ねえ、おまえは?」
「…、言わない」
「ええー、なんで、だめなの?」
「アルコールが回っている。 これでは、勢いで、というものになってしまうのだろう?」
「でも聞けないのはもっとつらいんだけどなあ」
「では、…酔いがさめたら、必ず伝えよう」
「…約束、だよ? 御剣――」

そのままベッドに押し倒す。紅潮した頬と、少しだけ汗の浮かぶ額。
全部、ぜんぶ、ぼくのもの。 

「…ねえ、どこからして欲しい?」
「今夜の分は、もう、意地が悪いことを言われたのだよ」
「…ちぇー。 じゃあ、抱いてほしい?」
「……、まったく、何度言えば、わかるのだ。 …キミを感じたい。…すべてを、だ」

ああ、御剣。
本当、おまえの一言で、驚くくらいぼくの身は、恋焦がれてさ。
いくら、恋人って地位を確立しても、死んでしまうくらい、おまえが欲しくて、たまらなくなる。

だから、手を伸ばす。触れる。そっと。でも。確かに、触れる。
「―― 御剣、ぼくにも指、舐めさせて」
「…、すきに、したまえ」

差し出されたそれを、思うが侭、銜えて、苦しくなるくらい、喉の奥へ。
その度に、御剣は、少しだけ困惑する。
知ってる。ぼくの求め方が、あんまりにもいつも、獣じみているから。たまに、やめたまえ、なんて、嗜められるから。

「…ん、…、さっきチーズ食べた?」
「手は洗ったのだが…」
「わかるよ。クセがあるやつだし」
「…洗ってくるか?」
「ううん、いい…それより、さ」

音を立てて、指を離す。べたべたになったそれで、御剣の頬を撫でる。
淫猥で、官能的で、それから、言葉には表わせられないくらいの、魅力があって。
引き寄せられて、口付けて、頬を摺り寄せて、乞う。

ただ
ひたすら
乞う。

「髭を、そりたまえ」
「ごめん、忘れてた」
「まあ、もう慣れたのだが…」
「ほんと、ごめんね」

何度も何度も、繰り返してきた夜。同じような趣味の服を肌蹴させて、一糸纏わぬ姿にさせて。
ぼくは、少しだけ離れて、それを見つめる。
ぼくの恋人。ぼくの御剣。ぼくの。

そんな風に自分を見つめている、成歩堂龍一っていう名前のぼくを。
御剣は、いつも、ただ、見てる。
なんにも言わない。知ってるんだ、きっと。ぼくが。おまえしかいらないってこと。

どうしようもなく、堕ちてしまった人間だって、こと。

「―― 触れてもいい?」
「……、いや…、たまには、こちらから触れよう」

小さく笑う。御剣の真意は、いつも、わからない。
愛してくれてる。でも、愛されては、くれない。
どこかで一線が引かれているような気がするんだ。

さっき、挟んだ意味のないしおりみたいに。

「…いいよ。御剣、そんなことしなくて。 苦手だろ?」
「……、そのようだ。熱いな、成歩堂」

裸の恋人を、服を着たままのぼくが、抱き寄せる。
いつもそうだ。ぼくはちっとも脱がずに、彼を抱く。
触れることが、できない。身体全体で彼の熱を感じることに、躊躇する。理由は解らない。解らなくても、いいと思ってる。

「…、ぁ…、なる、ほどう…」

膝立ちになってる御剣を片手で支えながら、下から上へと舌を這わせていく。
いつも手順はばらばら。思いつくまま、欲しいままに、ぼくは御剣を手に入れる。

「…、ん、…、…ぅ…」

甘い声。低くて、でも、最後には高音を響かせる。
ぼくしか、聞けない。

「…ああ、どうしよう、なんだか余裕がなくなってきたよ、御剣」
「、ふ、…そう、か…、…かま、わない、から、来い――…」
「御剣も?」
「…否定は、しない」

「ねえ、御剣。 さっきの推理小説の主人公さ、最後に死ぬんじゃない?」
「…なぜ、そう思う?」

「なんとなくね。そんな気がしたんだけど、あたってる?」
「…言ってしまっては、つまらないだろう」


もちろんぼくは、小説は、最後のページどころか、後書まで読んでいる。
主人公が、死なないことも、わかってる。

たまにね、御剣。ぼくはこの幸せを噛み締めたまま、おまえを抱いたまま、…なんて、思ったりするんだ。
おまえが先に、空へ昇ることだけは、許せない。解せない。ありえない。ありえては、いけない。

「…、成歩堂、いちいちフィクションの主人公に、自分を重ねるのは、やめたまえ」
「別にそんなこと、したことないよ。」
「役者肌はこれだから、厄介なのだよ。 …ムードが台無しだ」
「、そんなのぼくに求めないでよー…、ほら御剣、こっちに集中して」
「話をそらしたのは、…キミ、だ…、おい、…っローションを使いたまえ…」
「わかってる」

枕の下に常備してあるそれは、御剣の好きな香りのもので。当然それは、ぼくにとっても好きになる。

―― ああ、そうか。困った、また、気づかなければ良かった真実が、そこにある。

「…ねえ、御剣。」
「なんだ、成歩堂」

「ぼくが、唯一重ねてるのはね、おまえだよ」

「…、―― それは、間違いだ。成歩堂。重ねているわけではない。ただ、私達は共に在るだけだ。共に、歩んでいるだけなのだよ」

御剣がぼくの髪を撫でて、額にキスをする。
そんなことをするようになったのは、確か付き合って5年は経っていたころで。
それに対してぼくは酷く安堵して、ああ、御剣が自分を愛しているのだ、と実感した。
なんだか、滑稽な話だ。
何度も何度も抱いて、貪って、奪ってきたのに。

それよりも、ずっとずっと、その所作に、ぼくは、感動して涙を流したんだよ。

「…愛している、成歩堂」

「、みつ、る…」

「これ以上どう愛を請えば、許されるのか、言いたまえ」

「…、っ…」

声なんて出ない。
涙なんて出ない。

「…、ぁ、…ん、う…」

目の前にある、御剣自身に、ちいさく口付けて、そっと口腔に含んで。
舌先で温く暖めていく。

「っあ――、っく、…う…」

御剣はこれが好き。認めてないし、してくれ、なんて言ったこともないけど。ぼくには解る。
こうやって前を慰めながら、液をしたたらせた指先で、奥を探っていくと、脚が震えて、立てなくなっていくんだ。
ぼくの肩を、手すりみたいにして、そこに唾液が垂れていく。

「は、っは、…ぁ、…な、る、……っく…」
「…ん、…うん、」

一度だけ頷いて、白濁したものを、飲み込んで。 御剣の少しだけ落ち着いたそれを、舐める。

「御剣、…乗って」
「、あ、…ああ…」

ゆっくりと、自分に御剣を座らせていく。もちろん、熱を飲み込ませているわけなんだけど。
御剣はこれが好き。認めてないし、してくれ、なんて言ったこともないけど。ぼくには解る。

今夜は、彼の好きなことしか、したくない。
少しだけ意地悪をしてしまった、それが理由でもいいし。
いつも、彼を求めすぎてしまう、それが理由でも、いい。

「は、…っは、…、あ、ぁ、ぁああ、…」
「御剣ゆっくり、もっとゆっくりじゃなきゃ、入らないだろ?」
「ん、ん、…う…」
「そう、いつもみたいに、…息、ちゃんと吐きながら、だよ」
「っ、あ、…成歩堂、…、だめだ、まだ、…そん、な」
「わかってるけど、止まらないよ、許して御剣――」

ぼくは、

ぼくを求めてくれる、御剣怜侍が、愛しくて。

たまに、本当にたまにだけど、こうして欲してくれている夜もあって。

「っ、う、あ、…っな、成歩堂、…っ!! 
あ、ああ、あ、…っ、う、…っひ、…ぁ、あああ…っ! あ、…っ」
「ごめん、御剣、欲しいんだ、…、っ…、こんな、だって、…おまえが、熱いから、さ…?」



ねえ、御剣。

許されたいのも。

愛されたいのも。

おまえひとりなんだ。


「…っあ、ん、あ、う、あ、…っ、ふ、…ぁぁ…、ぅ…」


「ねえ、このまま、ぼく、        …ね。」

「っ…、バカモノ、許さ、――っああああ!!!!」



きっとおまえは、忘れてるから。

それをぼくは望む。


ゆっくりと、閉じられてく瞳。

抱きしめる。



愛したぼくが、悪いの?

愛させた、おまえのせいなんじゃないかな。


「…、おきて、御剣、…まだ、ぼく、足りないから」

冗談みたいに言いながら。

また開こうとする、瞼にくちづけを。