正反対求愛論。 前編 緊張するな、御剣怜侍。 簡単だ。簡単なことなのだ。 恐らくすぐにすむ話であり、つまりはそのなんというか、アレなのだ。 「おーい、聞いてっか、御剣。 …御剣ー?」 深呼吸だ。そうだ、落ち着け。 たとえどのような滑稽かつ愉快な格好を晒したとて、それで離れていくような親友ではないのだ。安心して身をまかせていれば。 「御剣ってば、おい!!」 「…っなんだ!!!」 「いや、なんだじゃねえよ。…んな肩肘はるなって。 ほらこっちこいよ…しようぜ?」 「…う、あ…、その、…だな、私とて、ちゃんと、わかっているのだよ」 「ふ、…くく、…」 「わ、笑うな…っ」 「おっまえほんと、かわいいなあー」 矢張は、そう言いながらゆっくりとまた私を押し倒していった。 小さく何度も口づけられ、やわらかい舌で舐められる。 「…矢張…」 「んー?」 「私は、君を満足させられるだろうか」 「あぁん? んー、…そりゃ心配する必要ねえわ」 「し、しかし…、経験不足なのだよ」 「だーから、関係ねえの」 にい、と猫科の動物のように笑った矢張は、喉のあたりまで舌を這わせてきた。 食らわれるのだな、と率直に思う。 「だってよ、もう満足してんだぜ、オレ」 「…は? 貴様は何を言っているのだ、まだなにもされていないし、していないだろう」 「ん、わかんなくてもいいんだって」 「…ちゃんとわかりたいのだが」 「じゃあ、ぜーんぶ終わったら、教えてやるから」 「た…頼む」 もうすでに満足している、というのは、どういう意味なのだろうか。 コイツのことだ、数時間でそんなことは忘れているだろう。 知りたいような、そうしなくてもよいような、そんな相反した思いにかられる。 「こっちに集中してろよ。 気持ちよくしてやっから」 「…なにやら貴様は先ほどから上から目線で物事を言っているな。 とても不快だ」 「たまにはいいだろー、普段は逆転してんだから、よ」 ぐらり、視界は変わる。 私たちの関係の逆転? なにやらおもしろいことを言うな。 やはり、芸術派の考えることは、とうてい私の想像力では及ばない。 そうして。 その行動力こそが、私に無いものの、第一位であると思う。 「な、うわっ!! や、やめろ矢張!!!」 「いや、やめねえし」 「待ちたまえ! こんな体勢は屈辱だ!」 「おまえはそうでも俺様は好きにやる。」 「貴様、ひ、ひとりでする行為ではないのだよっ、少しは譲歩を覚えたまえ!!」 「あー意味わかんね」 「嘘をつけ!」 「…これでも譲歩、してるって言ってんの」 「う…」 「4時間半残して、セックスだろ?」 「し、しかし…」 「2週間会わねえ、口きいてくれねえなんて、耐えらんねえよ」 「…それは、言葉のあや、なのだよ、…その、苛つかせているのならば、…謝罪は、するが…」 矢張は、抱えあげていた私の両足を、そっとベッドにおろした。 困ったようなため息が聞こえる。 興が、削がれたのだろうか。 そうなられても仕方がない。融通のきかないこの性格で、随分と友人を失っているからな。 矢張。 君も、そうなってしまうのだろうか。 「だから、そんな顔すんなって。しょーがねえなあ、おまえは」 「……」 それは、それだけは、困るのだよ。 だが、どう伝えればいいのかも解らないのだ。 「けどまあ、やっぱ好きだ」 「…ぅ…うム」 髪を、なでられた。 「あきれてねえし。まあ、実際おまえが本気でいやだってんなら、待てるけどよ…、…ほしいってのが、本音ってやつだよ」 「…に、逃げようとは思っていない、私とて、君を望んでいるのだから」 「そっか。じゃあ、その、あれだ、どういう体勢がいいのよ、おまえ」 「え…」 「なるべくご希望にそうようにすっから、言ってみって」 そんなものは、考えたことが無かったが。 「………、ふ、ふつうがいいのだよ」 「別に、さっきのだって、ふつうだろ?」 「そ、そうなのか…」 「まあ、おまえみたいなプライド高いやつにはよ、耐えがたい仕打ちって感じなんだろうけどよ」 「…う…」 「じゃ、こうしようぜ」 にま、と矢張は笑うと、横たわっている私に半分覆いかぶさり、ぴたりと上半身を密着させた。 体温の違いに、顔が赤くなっていくのが、わかる。 「これなら、さっきよりゃ、恥ずかしくねえだろ」 「…うむ」 「おっし、じゃあ続きな」 「…っ…」 こちらからは天井と、のぞきこんでくるやはりの顔しか見えない。 だが、視線をあわせることが、なんだか気恥ずかしく、私は終始目を閉じることにした。 「…御剣…、きもちい?」 「………っ…、ぁ…」 伸ばされた腕が、指が、また、先ほどのように私の中に入ってくる。 逃がれようにも、この体勢ではできるはずもなく、口を押さえようにも、うまく身体が動かない。 「もちっと奥…入れる…」 「…! っう、あ…っ」 「…平気だから、そのまま、…じっとしてろ」 「ぁ、…ぁ…、ん…、…っん…」 「唇噛むな…」 「…は、…ん、…あ…っっ」 キスをされた。これでは、どちらに集中力を向かわせればいいのか、わからないな。 本当に己ではなくなってしまったような声ばかり、彼の耳元には届いているだろう。 あきれられていないだろうか。 幻滅はしていないだろうか。 恐怖心に瞳を彼にむければ、ちゅ、と小さくまたキスをされ、矢張はわらっていた。 こちらを安心させようとするような、優しい笑みだ。 心臓が、落ち着く。 変だな、矢張。 このようなあれな行為をしているというのに。 至極、私は今、彼に身をまかせている自分を、正しく思う。 一般論からは外れた、求愛行動だとしても。 だとしても、これはこれでいいのだろう。 そう、思わせてくれた、君がいるから。 「…あ、…矢張…、…きも、…ち…、いい…のだよ…」 「そっか。…オレも、おまえの顔見てるだけで、…すげえ気持ちいいよ」 「…そ、うか……っ…ん…」 「すっげえ、…好き…」 「あ、…ぁあ…」 自分ではなくなってしまったのだろう。 彼にこのように変えられていくのならば、そんなには、悪くはないと思う。 本当に、悪くはないと思っているのだよ、やはり。 うれしそうに笑うから。 幸せそうに、笑うから。 だから、 苦しくても、痛くても、どうしようもなくなっても、かまわないのだ。 「御剣…」 どれくらいの時間がたったのかは、わからない。 この方向に壁掛け時計はないし、携帯電話に届く指は、彼の背中に回した。 当てられた熱に、眩暈がしそうになる。 「…っあ、…やは、り…、…っ」 「わりぃ…、この体勢いやなんだっけ? けどよ、こうしねえと、入れられねー、から…」 「あ、も、…かまわな、い…っ…ああっ!!」 「…息ちゃんと、しとけ…よ…」 「は、…っ…は、…う、…ぁぁぁ……」 「……くそ、…キツい…」 「いやだ、…ぬ、…かなくていい…っ」 「…言われなくても、…かね…ー、……御剣、…、御剣、…!!」 「っひ、…う、あああああぅ…っっ…」 正直なところ、そこからの記憶は、曖昧だ。 ただ、涙で視界がゆがむ中、矢張が額や頬や唇に何度もキスを繰り返していたことや。 身体が引き裂かれるほど痛いのかと思っていたが、耐えられない範囲ではなかったことや。 「ああ、…あ、…っ」 「…御剣…」 こんなにも何度も、彼が私を呼んだことがあっただろうか、と。 ぼんやりと考えていたことを、覚えている。 どこかで、気持ちがよかったのだから、 矢張にまかせておけば、大抵のことは、大丈夫だったのだろう。 これだけは、貴様のほうが上手だからな。 ふわふわとした感覚がわき起こり、 妙にうれしく思うのだから、大概私も、おかしいのだろうか。 どう思う、矢張? 目を閉じているから、君が起きているのか、寝ているのかもわからない。 瞼をあけて、確認してみようか。 君が寝ていたのならば、 いっそ、起こしてしまおうか。 |