飛んでっちゃいそうだから。
いつも、

飛んでいってしまうから。
ぼくは手を伸ばす、
そうして少しでもその羽を休めてほしいと、切に願う。

だからきっと、これは邪魔な感情。

―― ああ。 恋ってどうやって忘れるんだっけ。


『恋の仕方、忘れ方、覚え方。』


―― 告白の現場からさかのぼること、一時間半前。


自分の事務所の机の上につっぷして、うんうん唸る。

「ああ、御剣今なにしてんのかなあ。仕事だよなあ、それしかあいつ、することないもんなあ」

失礼なことを言ってるようだけど、それが真実なんだから仕方ない。
ホント、しょうがない。

あー。
もう限界だ。
もう我慢できない。

御剣。
会いたい。
御剣。
好きだ。
大好きだ。
大大好きだ。

言ってしまいたい。
けど、そんなことをしたら、おまえは困ってしまうよな。
まじめな奴だから、きっと、本気で困ってしまうだろう。
そう思うから、秘めて、気づかれないように必死だった、毎日。
でも、それでも。
やっぱり、愛しいと思う気持ちが、止められない。 頬にふれて、キスをして、抱き寄せて、思うまま、彼を手に入れてしまいたいと思う。
願う。ただ、ひたすらに。

「御剣…、おまえは、ぼくを…親友以上には、考えてくれないかな…」

ぼくを好きになってくれないかな、なんていったら。
おまえは、どんな顔をするのかな。
いっそのこと、他に好きな人でもできればいいのに。
こんな恋、忘れられたら楽なのに。

でも。
照れたような笑顔を思い出すたびに。
どうしようもなく、おまえ以上に惹かれる存在なんていないって、思い知らされるんだ。

御剣。

ああ、やっぱり会って、言ってしまおうか。

おまえの顔が、みたいんだ。
いつだって、そばにいたいんだ。





事務所の鍵をしめる。
携帯をみると、まだ、御剣のマンションへ向かえる時間だった。

冷えた空気に身震いがする。
もう、2月だもんな。当然といえば、当然だ。
粉雪が舞ってたけど、ここに傘はないし。このまま行ってしまおう。
蹴りをつけよう。
結果がどうあれ、このままもやもやしたままでいたくない。

どうせ一生ぼくはおまえが好きなんだから。
おまえに恋人ができようが、なんだろうが、好きなんだから。
なんとなくそうわかってしまって。
苦笑いをする。
あーあ。
恋の忘れ方なんて、忘れてしまった。
時間が解決してくれる?
次の恋を見つければいい?
そうできたとしても。
御剣がこの地球上のどこかにいる限りは、きっとぼくはあいつを好きでいるだろう。
ずっとずっと、想い続けるんだろう。
あいつ以上に、ぼくが誰かを好きになるなんて、思えないから。

当たり前の事だけど、一個一個、それぞれ別々、恋の仕方から忘れ方まで、
その恋に限ったことだから、今までの経験なんて、通用しやしないんだ。

それが、本気の恋であれば、あるほど。
そうして、ぼくのこの恋は、今までで、一番そうだって、解りきってる。


「…きちゃったはいいけどさあ。いいかげんぼくもストーカーっぷりに磨きがかかってきたよなあ。
そのうち訴えられるよって、真宵ちゃんに言われたばっかりなんだよなあ」

今、ぼくは御剣のマンションのドアの前にいる。
一応、確認はとろうと思って、携帯を取り出した。
3コール目で、御剣が出てくれた。


「…なるほどうっ?」

あれ、なんか驚いてる? なんでだろ。

「あ、もしもし御剣? ――ねえ、今なにしてた?」

「……、キミのことを、考えていた」

「ぼくのこと?」

うわ。

…そんなほんの一言で、胸が熱くなってしまう。
やっぱり、大好き、御剣。
ごめん、好きだ、御剣。

ずるいじゃないか。ぼくのこと考えててくれた、なんてさ。
たとえそうでも、誤魔化してくれればいいのに。
まあ、そんな正直なところが、好きなんだけどさ。


心の準備もできてないまま、結局ぼくは、御剣の部屋に招かれてしまって。
まあ、押しかけたようなもんなんだけど。

冷静に考えて、御剣は、寒空の中、例えぼくじゃなくっても、帰すようなヤツじゃない。




さあ、言ってしまおうか。
言うべきじゃないのか。
どちらが正しいのか。


御剣が、ぼくをどう思ってても、ぼくはおまえが好きだから。
口では、諦めるようなことを言ってても、

やっぱり、忘れられるなんて、到底は思えないんだけど。

でも、ぼくはこの選択を間違ったとは、思ってない。
だってそうだ。
恋愛事に、正しいも間違いも無いんだから。
傷ついたって、傷つけたって、そうし合ったって。
当人たちにとっては、それが、道筋だったんだから。

「好きだよ」

このたった一言を言うまで、
ぼくはどれだけの時間、おまえを想ったんだろう。
ぼくは、おまえの生き様を探したんだろう。
見つけられなくて、とうとう見つけて、見失って、また、見つけて。

だから、止まらなくて、ほんとに格好悪い、告白だったし。
そこからはもう、目の前にいる御剣が、ぼくのこと好きだって言うから。
言うからだよ、御剣。
ぼく、うれしくってさ。
信じられなくってさ。
そうしていいのか、わかんなくってさ。
ほんの少しだけの期待を込めて、気持ちを確かめようとして、あっさり断られた直後に。

御剣じゃないだろ、試したのかよ、自分を、ぼくを。 なんて、普段のひねくれ者のぼくなら、思ってたんだろうけど。
でももうそんなのどうだっていい。
御剣が恋愛に疎くて鈍くて興味なくて、必要としてないことなんて、15年も前から解ってるんだから。
でももうそんなのどうだっていい。
御剣がぼくを好きだって言ってくれたことが、ぼくにとっては、もう、それだけで全部、なんだっていいんだよ。

「…御剣」

変な感覚なんだけど、足早に告白をして、しかも不安になって、嘘なんじゃないかって、御剣の勘違いじゃないかって疑ったぼくは、
御剣を求めて、確かめて、ようやく少し安心して。
その時は時間は早く過ぎた気がするんだけど。

今、御剣のベッドでふたりでぬくぬくと毛布に包まって抱き合ってる時間の流れは、ゆったりだ。
もう、深夜1時は回ってる、でも、お互いに眠りはしないし、何かたくさん会話をするわけでもない。
しんしんと積もり始めているだろう、窓の雪をちらりと視界に映した。

「…なんだろうか」

普段と変わらない御剣の瞳だし、声だし、顔なんだけど。
ぼくと御剣は今、衣服を脱ぎ捨てて抱き合ってるんだよね。

可笑しいな、さっきまで、本当にもう、このまま御剣を抱くことができたら、と思っていたし、御剣もそれを望んでいてくれたんだけど。
ずっとこのまま抱き合っていたいような。
触れていたいような、不思議な気分だ。

「やっぱり今夜は、このまま二人で寝ちゃおうか。」
「…まあ、それも悪くない」
「だって御剣今日何時起きだよ?」
「…7時半だ」

それでよくぼくの事嗾けて誘ったよなあ。まったく、まあ、それが御剣なんだろうけど。
そうっと、額にキスをした。

「―― おやすみ、御剣」
「…うム…、その、…――…キミから、…殻を破ってくれて、…感謝、する…」
「…御剣それどういう意味…って、寝てるし」


ああ、そういえば。こんな風に御剣の寝顔を見るのって、初めてじゃないか、ぼく。

まあ、その前に、こんな風に裸で抱き合って眠るのだって、もちろんそうなんだけど、

「…あきらめなくって、よかったなあ」

そんな風に呟いたら、なんだかぼくも眠たくなって、
そのまま御剣を更に引き寄せて、

ふたりで、眠ることにした。



これからどうしようとか、どうなろうとか、

それはまた、目が覚めたら、考えよう。