ぼくが御剣を好きと言って。
御剣がぼくを好きと言って。
ぼくが御剣を好きと言って。



ぼくは御剣に会いに行って。
そうしたら、冗談みたいに御剣がぼくのものになった。
どこまで触れていいのかわからなくて、でも。
御剣は触れてもいいって言うし。
ぼくは、
どこまで御剣を好きでいていいのか、
それを聞くのが怖くて。
ぼくは、
いつまで御剣を好きでいていいのか、
それを決めるのが怖くて。
いっそおまえが言って決めてくれないかなあ、
なんて思ったりしているんだ。


『檻の中のぼくと』



そんな、そんな毎日が続いている。
カレンダーを見つめて、そこに○なんかしてるぼくを、真宵ちゃんは不思議そうに見てる。
「なるほどくん、何その○印。しかも今日までつづいてるし」
「あーうん、これ、×印はしたくなくてさあ…」
「それじゃあ答えになってないよ、なるほどくん。 なんか最近惚けてることが多くなったよねー。
もしかして、みつるぎ検事にでも告白したの?」
「…あー……うん」
「したんだ!!わかった、そこでイトノコさんすぐに呼ばれたとか??だめだよ、なるほどくん、警察沙汰は所長としてまずいって」

あはは。
真宵ちゃんですら、こうだ。
そう、ぼくを御剣が好きになる要素なんで、これっぽっちもない。

いっくら手をのばしたって、手に入るわけないのに。
そんなの、目の前にある鉄製の檻がじゃましてさ。
ぼくみたいな凶暴な人間がね、あいつにふれられるわけないんだ。

なかったんだけど。

「いや、それがさあ。…うまくいった、みたいなんだよね」
「……えええええ!? 夢でも見てたんじゃないの??」

「真宵ちゃん、たいがい君もひどいよね…そ、そんなに、ぼくって御剣と、つりあわないかな?」
「そりゃあ、つまりは、シーソーが一番上と下にいっちゃうくらいだよ、なるほどくん!!」
「…例え話が斬新すぎるよ…、まあ、とにかくそういう訳だから。
いっくらぼくがこれから御剣のマンションで待ち伏せしてようが、今までみたいに、真宵ちゃんに止められること、ないからね」
「いや、あるって、―― だからなるほどくんは危ないんだよね。
そんなんじゃだめだよ、すぐにフラれちゃうよ、ただでさえ、長年の恋がかなっちゃったわけでしょ?それでいいの?」
「…よくないけどさあ、今も信じられなくって。それから御剣に会えてないし。…ほら、今日でもう一週間だよ」

7つめの○印をしながら、ぼくは大きくため息をついた。
真宵ちゃんのいうとおり、ほんと、これって夢なんじゃないかって。
そんなことばっかり考えてるんだよ。御剣。
いっそこれじゃあ、片思いの頃と変わらないね。

「なあんだ、じゃあ、会いにいけばいいじゃない、なるほどくん!」
「…それができたら苦労はしないよ」
「そんなのなるほどくんじゃないよ、いつもいつもみつるぎ検事のこと追いかけてるなるほどくんは、どこいったの?」
「……うん、そう、だね」

今さっき、そういうことするぼくはふられちゃうっていったよなあ。
なんて考えながらも、生返事を返す。

「…そうかあ、みつるぎ検事もなるほどくんのこと、好きだったんだね」
「不思議だろ? すぐにふられるの覚悟でいったから、さ」

実際そうだったから、余計に不安は残ってる。時間が経つにつれて、それはどんどん大きくなっていく。

「…みつるぎ検事も不安になってるんじゃないかなあ」
「え…なにが?」
「だって、なるほどくんに告白されて、そこから一週間音沙汰なしじゃあ、からかわれたとか、考えそうじゃない?
みつるぎ検事、ねがてぃぶ思考っって感じの人だし!」
「はっきり言うなあ。 でも、確かにそうかもしれないね。…よし!じゃあ、ぼく、行ってくるよ!」
「その調子だよ、なるほどくん!すとーかーの本領発揮だね!!」
「…その単語、人にいわれるとへこむんだけど…」

まあ、いいや、どうせどこから見たってぼくは、御剣に夢中なんだから。
ほんと、夢の中まで御剣ばっかりだったんだから。
だから、すぐに覚めてしまうんじゃないかって。

「なるほどくん! いい忘れてた! おめでとう!!」
「え…」

「だから、よかったね、長年の恋が、叶ったんでしょ?」
「う、うん…」

ああ、そうか。
このぼくの恋は、一般的に見たらほんと、ちょっとおかしな方向を向いてるって思われがちなんだけど。
こうやって、応援されちゃったりするんだなあ。

「ありがと、真宵ちゃん」

だからぼくは、自分の気持ちに、正直に生きていけるのかもしれない。



一度自宅へ戻って、明日の準備を先にしてしまおう。
そう思い立って、今は自宅にいる。
普段はこんな風にしないから、起き抜けに遅刻ぎりぎりで、そこらへんにある服を着の身着のままって感じなんだけど。
けど、今日は特別だから。気合いを入れて、ネクタイまで用意していく。
たぶん、ぼくは今日御剣のマンションから帰らない。帰るつもりもない。
明朝にここに戻って、すぐに仕事へ行けるようにしておかないと。
なんだか変な気分だ。
これでも行動力があるようになってきてたんだけど。
逃げ腰になってたのかな。信じられなかったから、っていうのが大きいけど。
やっぱり、御剣を全部、ほしいから。
この気持ちを、まっすぐに伝えてみよう。
この前だってほとんど断られたみたいなもんなんだし。
だったら今から、やり直し、だ!

「よし。電話するぞ」

自分に言い聞かせて、携帯をとる。


―― ぴんぽーん。


「……、なんだよこんな時にぃ、矢張か…?」

イライラしつつ、すぐに玄関のドアを開ける。
へ。
あれ、なんかこれって、すっごいデジャヴを感じるんだけど。
ただ、場所が、真逆だ。


「み、みつるぎ…?」
「突然すまないが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなのでな。邪魔をしてもいいだろうか」
「え、あ、な…?」

御剣が、ぼくのマンションの玄関にいる。いつもみたいに不機嫌な顔で。
こんなことは、もちろん初めてで、ぼくが御剣のマンションへ行くことはあっても、逆は、あったことがない。
その前に、なんで、御剣、ここにいるんだ?

「日本語を話したまえ、成歩堂。」
「…、ええっと、どうしたの?」
「…っ……」

やばい、御剣の眉間の皺が、ものすごーく、深くなった、険しくなった。
ぜったい今、怒りMAX状態だ、って思う。
まずい、御剣がきびすを返して帰ろうとしてる。
ええっと、こういう時どうするんだっけ。
そうだ、ぼくらは、つきあってるんだから。確か、たぶん、確認してないけど。

そうだ、抱きしめたっていいんだ。だってぼくのこと好きだって言ったんだから。


「御剣、…愛してる」

「な、……!!」

「へへ…、会いに来てくれたんだ、すごい、うれしい。今からぼくも行こうとしてたんだよ」

「…いや…、その、だな……ならばいいのだ、失礼する、
…仕事になりそうだ

「え、なんで帰るんだよ、ちょっと、御剣…っ」

ぐい、と思わず抱き寄せると、御剣のいいにおいがする。
ああ、一週間前と、同じだ。

「は、離したまえ、…」
「やだよ。意味がわからない、だって、せっかく一週間ぶりに会ったのに、まだ5分も一緒にいないじゃないか」
「そ、それは、そうだが…、っき、キミは忙しかったのだろう?」
「まあ、それなりに依頼はきてたけど…」
「いつもならば3日とあけず私に会いに来るキミが、…その、来ないのでな、…しかも、あのようなことがあった後…で…」

本当に、気にしててくれたんだな。…すごく、うれしい。

「じゃあ、これから、あのようなことの、続きしない?」
「な、なんだと!?」
「だから、これから続きしないかって、…おいおい逃げるなよ御剣ぃー」
「…無理だ!!」
「そのつもりで来たんじゃないの?」
「そのようなアレではない!!!」
「ほんとに?ぜったい?これっぽっちも?」
「…………、…」
「御剣は嘘つけないよね、顔にもすぐでるし。…さあ、行こう行こう。ぼくのベッドすぐそこだし」
「……だから、キミはずるいと言うのだ…」
「仕事にならなかったんでしょ? それってぼくも同じだもん。集中力散漫して、お茶はこぼしちゃうしさあ」
「…そ、そうだったのか」

御剣は、しぶしぶ肩を抱いて、部屋の中に引き込もうとしてるぼくに合わせて、歩を進めてくれる。
ああ、やっぱりかわいいなあ。好きだなあ。ほんと、好きだなあ。

「うん。ぼくがぼくらしくいられないくらい、おまえのことでいっぱいだったんだよ」
「…っ…、本当に、不器用だな、私たちは…」
「けど、いいんじゃないかな、…ね。」

ちゅ、と頬にキスをすると、御剣は赤い顔をして、そのままソファーへと座ってしまった。
かわいいなあ、初なんだから。

「ねえ御剣…、続きしよう」
「…、き、聞くな…、私になんと答えろと言うのだ…、…困らせるな」
「じゃあ、するから、――…ほんとに勝手にしちゃうよ?」
「っす、好きにしろ!!」

御剣は、顔を更に真っ赤にして、ななめ下を向いたまま、黙ってしまうから。
しゅるり、とフリルを外した。
そうして、ワインレッドのスーツも、上半身から取っ払ってしまう。

「…、…成歩堂…」
「好きにするよ、御剣…」

御剣、ぼくはね。

きっとずっと、檻の中に閉じこめられたままの、獣なんだ。

おまえにずっと、ふれたくて、愛したくて、でも、できなくて。

なのに、おまえったら、簡単にぼくの掌中に入ってしまうから。

だからだよ、御剣。

「…っ…、なる、ほ、どう…」
「この前は部屋が暗かったから、あんまり見れなかったもんなあ…」

「み、るな…」
「無茶言わないでよ。…ねえ、ふれてもいい?」

「……」
「舐めてもいい?」

「、な…」
「ここ、くわえてもいい?」

「……わざとか、成歩堂」

御剣はまったくぼくの顔を見てくれなくって。
照れてるのを隠したいのは、わかるけどさ。

わがまま言ってるのは、わかってるけどさ。

「ぼくを求めてほしいだけだよ」
「………、…はあ、まったく……、好きに、したまえ」

御剣はやっぱりまったくぼくの顔を見てくれなくって。

でも。

ゆっくりと、真白い指先が、ぼくの頬にふれて。

「御剣…」

「………、不安にさせられるくらいならば、いっそ、すべて奪われてしまえばいいと…考えていた」

「…それ、本気で言ってる?」

ちらりと、少しだけ御剣の視線がぼくを捕らえて。
捕らえたまま、離してくれない。

きっと今、凶暴な獣のぼくの首には、頑丈な首輪がされていて。
そこから続く鎖は、御剣怜侍が持っていて。
じゃらじゃらと鳴らしながら、きっとぼくを飼ってるんだ。

ついでに檻とかフェンスとか、そんなものが間にあるから。
あるのに、ぼくに触れるから。

ぼくは、
その首輪を外してほしくて。

目の前にある御剣の欲望を、口に含んだ。
びくり、とぼくの頬に触れている指が、離れてく。

「…あ、…ぅ…」
「…っ…、ん…」
「は、……なる、…ほ、…どう…」

舌を使っていくうちに、だんだんと頭を擡げてくるから、にやりと笑ってしまう。
ああ、やっぱり本当に、御剣はぼくで、反応をしめしてくれるんだ。
嫌悪感を抱かれていない安心感からか、何も考えずに、ただ、愛撫を続けてしまう。

「ふ、…っ…、だ、めだ…、…成、歩堂、…っ…ああ…」
「……みつるぎ…、…っ…ん、んん…」

さして時間もかからずに、口腔に放たれたものを、飲み下す。

「……、ば、ばかな、ことを…」
「…、どこがだよ、御剣。恋人なら、そんなにオカシくないんじゃない? 舐めるくらいはするだろ?」
「そうではない、は、吐き出したまえ…」
「やだよ。もったいない」
「…っ…、まったく、キミという男は…」
「ごめんね。一週間前は言わなかったけど。ぼくって結構狂気的に、おまえを愛してるから」

さらりと言うと、御剣は少しだけ困惑した目をぼくに向けてきた。

「―― 恋狂うのは、本気ならば当然だと、私は考えている」

「…御剣」

あんまり想定外の返しがきたから、こっちが困っちゃうよ、御剣。

好きなんだよ。

ずっと、ずっと、おまえが気づかないうちから、ずっと。

おまえしか見えてないぼくは、
おまえしか欲しくないぼくは、

人生すら、おまえに合わせてしまったぼくは。

狂気以外の、なにものでもないから。

「…成歩堂」
「うん、…そうだね。…おまえがそれでいいって言うなら、ぼくはこのままおまえを愛し続けるよ」
「そこにキミの意志はあるのか」
「え…」
「キミは、先ほどから私の意見を待つばかりだ。そんな言葉は聞きたくない。
キミが、キミ自身が思うことを、伝えてくれ。 この、私に」

「…いいの?」
「当然だ」

「……あのね、御剣。…ぼく、ほんと、おまえがぼくのこと好きって言ってくれたの、信じられなかった。
実際今でも半信半疑」
「…」

「こわくってさ。信じられなくってさ。
次に会ったら、あれは間違いだったって、言われるんじゃないかって、そんなことばかり頭ん中いっぱいで。
…だから、この一週間、おまえに会いに行かなかったんじゃないかな、って思う。」

「…そうか」

「うん。御剣。
おまえをどこまで愛していいのか、
おまえをいつまで愛していいのか、
…それが許される期間を、問いただしたくて、
そんな、バカなことばっかり、考えてたよ」

「…そして答えは――見つかったのか」

「うん」

「聞いてもいいだろうか」

「おまえからの答えがどうあれ、 ―― ぼくは生涯、御剣怜侍を愛してる」

「……、では、こちらも述べよう」

御剣は、
ぼくを、強く抱きしめた。
ちょっと、痛いくらいの抱擁で、苦しくなる。

「その愛に応え続けてみせよう、成歩堂龍一」



…っ…。


……。


……、


「……っ…、…うん」



とっくのとうに、鎖も首輪も、透明になって、消えたから。

自由になった身体で、ぼくは檻もフェンスも乗り越えようとして。

でも、おまえがこっち側に来ちゃうから。

簡単に、来るからだよ、御剣。


あのね、御剣。

ぼくは今、ようやく初めて本当に、
おまえを抱きしめられたような、そんな気がするんだ。