『並木道』 成歩堂龍一から、とんでもない告白を受けてしまったのだ。 私の人生において、身に余るくらいの愛情を、見せつけられてしまった。 ほんの一週間前に、簡単に告白をしてきた男からの、 返事を返したはずの男からの、 そうだ、それは二回目の告白であった。 真摯な言葉に、饒舌なはずの私はすっかりと身を潜めてしまい。 ただ、そこにいる男を抱きしめ、ほんの少しの返答をしただけで、今に至る。 「……、…うん…」 成歩堂は、暫し、泣いていた。 まあ、感受性の高い男だが、普段そう他人に涙を見せてくるやつではない。泣き虫はとっくに卒業したよ、と聞いてはいたのだが。 私は、それを。 きれいな涙だと、思ったのだよ、成歩堂龍一。 この一週間の私を知ったら、キミは笑ってくれるだろうか。 私は、笑顔のキミの方が、好きだ。 最初の告白の日から、数えていこう。 1日め、2日め、そうして一週間がたった頃。 私は、キミが私に会いに来てくれないことを、悩み始めた。 なぜだ、何かまずいことをしてしまったのだろうか、と。 うろうろと執務室を歩き、一人でチェスボードを見つめ、携帯電話を取り出し、しかしすぐにれを閉じた。 仕事が終わると、キミを考えている自分になってしまう。 告白を受け、それを受け入れた夜が、幻であったのかと。 怖くなったのだ。 不安だったのだ。 だって、キミが会いに来ない。 ならば、こちらから向かうしかないと、そう思ったのだ。 そこまで言った時、成歩堂は、すでに私をベッドへ押し倒していた。 ぞくりとするほど、官能的なその瞳に、身震いがする。 ごくり、と鳴った喉に、キミは少しだけ優しい目をした。 「…みつるぎ、…ぼくをすき?」 「む、無論だ」 「……ぼくはね、死にそうなくらい好き」 「し、死なれては困る…っ」 「じゃあ、ぼくを今夜受け入れて、御剣」 「……っ……、しょ、………、承知しよう」 額と額を合わせて、まるで何かに祈っているかのように。 私にキミを受け入れろと言うので。 とっくに心の準備はできていたのだ、と、伝えてやろうかと、ほんの少しだけ、思った。 素直になれない私のせいで、キミが悩むのならば。 少々幻滅されてもいい。心のまま、キミを求めてやってもいい。 …だが、そんな余裕があるとは思えない。 そんな、 私とキミだ。 「御剣、後悔しない? イヤじゃない?」 「何度も言わせるな。 このようなアレはドシロウトな私を、さっさとリードしたまえ」 「…いいの?」 「………、そんなものを押しつけながら、今更引く気か、成歩堂」 青いスーツから地肌に伝わる熱い熱に、焦がされそうだ。 こちらだけすべて脱がされている事態は、本当に恥ずかしくはあるが。 「ううん、引けない」 へらりと、いつものように笑うキミに、安堵する。 ああ、キミに。 抱かれるのか、私は。 「…成歩堂」 キスに応え、舌を絡ませ、息があがる。 成歩堂が、気がついたようにエアコンのリモコンに手をのばそうとするので、それを制止する。 「だって御剣風邪引いちゃうだろ?」 「そんなにヤワにはできていない」 「でも、寒くないか、今2月だし」 「いいから、つけるな。…キミの熱を感じたいのだよ」 「………、…ねえそれ、一応言っておくけど、 立派な、誘い文句だからね。」 「ならばそれを断るのか、成歩堂龍一」 「……もー…、ほんと知らないからな、おまえ。 ほら、狼に食べられちゃうぞー」 言いながら、成歩堂は私の首筋を甘く噛み、舐める。 「赤いものは好んで着るが、私は、赤ずきんちゃんでは、ないのだよ」 「…そうだね、…これじゃ童話にはならない」 「…、あ、…? …っ……」 「…キミとぼくの現実。…でも、ありえなかったはずの、おとぎ話なんだよ、きっと…、いつだって目が覚めてもおかしくないんだ」 「やめろ、…そのような事は、…言うな」 「…だって、今ならおまえを、…」 「………、後悔しているのは、キミなのか、成歩堂」 「ううん…、違うよ、キミがいつか、そうなった時、 ぼくはね、おまえをきっと離せない。 一生縛ってしまうよ、逃がせない。ずっと…こうやって…」 成歩堂龍一は、きつく私を抱いた。 「……泣いてすがっちゃうよ、ぼくは」 「…何かそこに問題はあっただろうか?」 「え…? いや、だからさ…、御剣、おまえの気持ちが離れて…」 「……、人の気持ちは移ろい易いものだが。 キミが生涯私を愛し、私がそれに応えると言った先ほどの誓いは。 プロポーズではなかったのか、成歩堂」 「へ…」 「…今現在日本では男性同士の婚姻は認められていない。が、 私はそれを受理したのだよ。そうして、だが。 離婚は認められないな。…法律が変わらないのならば。 …キミと私が、死を分かつまで、こうしている。 それが、キミと私の現実だ、成歩堂龍一」 「…みつ、るぎ…」 これで少しは、キミからの気持ちを、返すことができただろうか。 「なんだ?」 「だってそれじゃあ、一生御剣が、ぼくのものみたいだ」 「…そうらしいな」 「……っ……、御剣ぃ……」 成歩堂は、とてもとても。 人を愛してしまう男なのだと、聞いている。 それはもう、盲目的なほど、そうなる男なのだと、聞いている。 だが、 それが純粋な愛情であることは、 充分に伝わった。 「あ、…なるほど、…」 「…好き…、好きだよ、…御剣…、っ…」 「ん、う、…」 そんなに慌てずとも、逃げない、と言ってやろうかと思うほどだ。 彼が用意していたのだろう、ローションの瓶のふたが開き、中身がこぼれて、私の胸の上あたりに、かかる。 「あ、ごめ…」 「……ふ…、…キミは、…かわいいな」 「…っちょ、…だって、御剣が…、あんまり嬉しいこと言うから」 「ほう。覚えておこう。では、今夜は記念日にでもするか?」 「…、ぼくにとっては、おまえと会った日は、全部記念日だよ」 「……むう、………まったく…、照れずによくもそれだけ甘い言葉を吐けるものだな、成歩堂」 「そーゆーのは、得意なんだ、ぼく」 ヒヤリとした冷気に当てられ、液体が伝う感覚に、身をよじると、成歩堂はそれを指でのばすようになでた。 そうして指先で、私の胸をはじく。 「…っ…ん…」 「御剣のほうが、ずっと可愛い」 「…あ…、なる、…必要ない」 「あるよ、触れたかった、こんな風に」 摘まれ、引っ張られ、押しつぶすようにされる。 「…う、…ぁ…」 「だって、御剣…、ほんと、ずっと、…好きだったんだ、ぼく」 「…すまない…、意識をしていなかった時には、…まったく気づかなかったのだよ」 「いいんだ。…――、だって、こんなの、ありえちゃいけなかったんだもん」 恐らく、成歩堂には、どんなに愛の言葉を囁いても。 甘い告白を、そのまま返し、抱きしめ、こうして受け止めたとしても。 うまく、伝わってはくれないのだろうな。 彼は。 きっと何か、私には知らない、知ってはいけないものを、持っているのだろう。 それを自覚しているが故、このような態度なのだろう。 「…成歩堂、…」 「――、ごめんね御剣、ぼくが、…きっと、…、――おまえのこと、幸せにするから、きっと、するから。 どんな形になっちゃうかわからないし、経済力はないけど、でも。 絶対誰より、おまえを幸せにするって、誓うから」 「――…、了解した、成歩堂」 本当は。 本当は、そんなもの、何もいらない。 キミと比べてしまえば、エゴで言わせてもらえれば。 札束も、スポーツカーも、どんな高級なワインも、 ただの、ガラクタと変わらないのだ。 思い知らされてしまった。 たったの一週間だぞ、成歩堂。 キミを想うだけで、 何もなくとも、時は経ち、会えない夜に苦しくなる。 仕事を終えた後、すぐに頭に浮かぶキミの顔が。 ワインの味をわからなくした。 ドライブすら、行く気をなくした。 簡単なことだ。 私はこの一週間ずっと、キミに会いたくてたまらなくて。 「…大好き、御剣」 私はこの一週間ずっと、キミのその声が聞きたくて、たまらなくて。 「――私も、キミが好きだ」 だから私は、今、すごくすごく、幸せでたまらないのだ。 ずっとこれを、離せなくなるのは。 恐らく、私の方なのだよ、成歩堂。 キミのにおいがするシーツと、枕に、埋められた。 押し付けられるような苦しさは無いが、普段私は天井を見て眠るゆえ、うつ伏せになることが珍しい。 そもそも、ここは私の寝室ではない。 恋人の、成歩堂の、いつも眠っている場所だ。 「…御剣、…痛いかな…、ねえ、…へいき?」 「――…、すまないが成歩堂、キミをまだ受け入れている感覚は無いのだが…?」 「だ、だって、…だってさ御剣、ぼく、男抱くの初めてだし」 「そんなものは、お互い様だろう…いいから来い、…」 「う、うん、…」 キミの顔は見えないが、どんな表情をしているかは、安易に予想できる。 法廷で、行き詰った時の、ハッタリが尽きた時のような、そんな顔をしているのだろう。 「…っ…あ、…うう、…」 押し付けられたそれに、さすがに腰が引けるが、逃げようにも、行き場がない。 息がしづらい。熱い。そうして、 「御剣、痛い…?」 「…っ…ぐ…っ…――」 痛くないと言える余裕も、どこかへ行ってしまった。 「…や、やっぱり」 「っバカか、キミ、…っは、…あれ、だけ、…うう、…受け入れろと、言っておい、て、…っ」 「でも、だって、御剣すごい痛そう」 「あ、…っ…、――…っ慣れ、させろ、――キミに…っ…」 「……。 …うん、じゃあ、ずっと、こうしてる」 「…っ? …あ…? …ん…っ…う、…」 成歩堂は、背中から私を抱きよせてきた。 そうしてそこから、まったく動く気配がしない。 違和感しか感じないが、恐らく、すべては受け入れてはいないだろう。 「成歩堂、…?」 「こうしてる。今夜はこれだけでいいから。 御剣、…こうしてて」 「…、…ふ…、――承知した、…まったくキミは、とんでもない甘ちゃんだな。…成歩堂」 「なんとでも言ってよ。 だって、だってさ、御剣。 ずっと、ぼくと一緒にいてくれるんだろ? だから、はじめから、そんなに急がなくてもさ。 こうやってるだけで、今夜は十分だよ」 「…しかしこれでは、キミは達せないのではなか、ろうか…?」 「ああ――、へいきだよ」 「ム…? …、…っ…あ、…??」 不意に己自身を成歩堂の掌中に包まれる。 そうして、そのまま高められ、私の息はただ、上がっていく。 「な、成歩堂、…や、…め、…っ…ダメ、だ…! あ、…っああ…!!」 「御剣のそんな声聞いてたら、いくらでもイケそうだし、…さ?」 「は、あ、…っ…あ、…っ…成歩堂、…成歩堂ぉ…――」 「うん、もっと、…もっと聞かせて、…もっと、ぼくのこと、ずっと、ずっと呼んでて、御剣――」 甘ったるい男から、何度も何度も、甘い言葉を聴かされていく。 まったく本当に、とんでもない道に、きてしまったようだ。 だが、キミとならば、それも悪くない気は、する。 ああ。 大丈夫そうだ。 キミが私を幸せにするのではない。 私が、きっと、そうしてみせよう。 キミの不安をひとつひとつ、取り除き。 いつかキミから言わせてみせよう。 最初から決まっていたのだ。 愛し愛される運命だったのだ。 だから、こうしているのだ、と。 いつか笑って、言わせてみせよう。 だが、今は、これでいい。 なんとなく、だが。 ほんの少しだが。 見えた気がしたのだ。 キミと私の、ゆったりとした歩調で歩む未来が。 そんな、幸せな時間が。 私には見えるのだよ、成歩堂。 ―― だから、もう少しだけ、近づいてきてくれ。 |