『ハピネス・シュガー・トースト』 SIDE: 成歩堂 ぼくとおまえの何と何が混じりあって、 おまえとぼくの何と何が溶けていったのか。 結局は、よくわからないままなんだけど。 ただ、今御剣がぼくの隣ですやすやと寝息をたてているのは、本当みたいだ。 もう二度ときっと、おまえを自由にしてやれることはないから。 だから、昨夜は謝ったつもりだったんだけど。御剣はまったく違うとらえ方をしたみたいで。 ぼくとずっと一緒にいるって、そう、誓ってくれたんだ。 それは、涙があふれてしまうような、 ぼくにとっては、奇跡だった。 「…ありがと、御剣」 今だけでも、ぼくを選んでくれたから。真白い肌をなでながら、お礼を言う。 昨日は激情のままに御剣を求めてしまって。なんとか、少しだけ残った理性は彼を傷つけないですんだみたいだけど。 疲れきってるんだろう御剣は、目を覚ますことはない。 本当は、ベッドにひとり残しておきたくはないんだけど。 御剣はどうやら今日は休日らしいから、このまま寝かせておこう。 時計は6時30分をさしてる。そろそろベッドから抜けないと。 「…ん…」 「…み、…、御剣?」 え。 あ、だめだ。御剣の腕がぼくの首にまわってきて、離してくれない。 ちょっとだけ、苦しくて。 かなり、うれしかったりするんだけど。 「ごめんねみつるぎー」 小声でいいながら、ゆっくりと腕を外していく。 無意識の行動すら可愛いなんて、ずるいやつだな。 こんなことしなくたって、どうしようもないくらい、ぼくはおまえから 離れないのに。 つかまえていたいのは、ぼくだけじゃないのかな。 ほんの少しだけ、だけど、自分に自信がもててきたのかもしれない。 御剣怜侍に必要とされる、そんな時間が少しでもあるなら。 ぼくみたいな人間も、おまえの隣に、いてもいいのかな、って。 「…ほんと、おまえのおかげなんだよ…全部、御剣」 ぼくが、こうやって前を向いて歩いていけるのも。 おまえがいるからだ。 おまえがね、失踪した時に気づいてしまったんだ。 ああ、ぼくの中には、おまえしかいないんだって。 「……、何が、だ、…なるほどう…」 「ぅあ、ごめん、ごめん御剣起こしちゃった?」 「…う…ム…? …ふ…」 え。 あ、 あれ? なんだ、これ。 み、御剣起きてるよな? なんで、ぼくに抱きついてるんだ? こんなことするキャラクターじゃ、ないだろ? 「…み…、みつるぎぃ?」 「……むぅ…、…ん…」 「…え、っとお…??」 ね、寝ぼけてるのか? 御剣って低血圧なのかな。 ぼんやりとまぶしそうに目を開けてるけど、御剣はぼくに甘えるように抱きついているままだ。 や、役得だね、朝から。 「…なるほどう…、…眠いのだよ」 「う、うん、おやすみ御剣…じゃあ、ちょっと離して…」 「? …いやだ…」 ちょ!!! ものすごく嬉しいんだけど、でも、一応事務所を開けないと。 これでも所長だし。 「ね、みつるぎー、いいこだから…」 「…いやだと、いってるだろう…」 首のそばでむにゃむにゃ言ってる御剣が、可愛すぎて、困る。 ほんとに困る。な、なんだよそれ御剣ぃ。 そんな御剣、ぼく、知らないぞ。 「…あー…もー……。しょうがないなあ。 御剣、ほら、起きないとキスしちゃ…」 「…? …」 うわ。 御剣は、ちいさく笑って、目を閉じた。 …こ、…こいつ。 寝起きの御剣は、凶悪らしい。 ぼくがちゅ、と軽くキスをすると、そのまますやすやと御剣は寝てくれた。 あー。 まずい。これはまずい。 ぼく、 思ったよりも、幸せになっちゃってるみたいだ。 「今日、仕事になるかなあ……」 SIDE: 御剣 いいにおいがする。 とても、いい香りだ。 香ばしくて、甘くて、それから、恐らくこれは、バターだ。 「…ムう…」 「あ、御剣起きた?」 「うム…成歩堂、…?」 「うん。おはよ、御剣。 ここにサンドイッチ置いてあるから、後で食べてね。 それから、鍵はポストに入れておいて。 じゃあ、ぼくもう行くから」 「―― 仕事か?」 …ここは、ああ、そうだった、成歩堂の部屋に泊まったのだったな。 見慣れないキャラクターの時計を見れば、7時30分と表示していた。 「そう、一応事務所開けないと。真宵ちゃんも待ってると思うし」 「…そうか。 ――なんだ、起こしてくれれば、一緒に朝食をとれたというのに…」 「…い、いやあ、…うん、そうだねごめん」 なんだ?普通の会話をしたつもりだったが、成歩堂は顔を赤くして照れている。 何か、変なことを言っただろうか? 「あのさあ、御剣って、寝起きっていつも、あんなカンジなのか?」 「あんな感じとは…?」 「う、ううん、なんでもない、なんでもない。覚えてないならいいんだ」 「…成歩堂、そのような言い方をされては、気になって仕方がないのだが」 「―― じゃあ、今度会った時、言うから」 「では、今夜か?」 「え…?」 少しは意趣返しができたか? 成歩堂はポカンと、大きく口を開けている。 「キミが朝食を用意してくれたからな。 今夜は私が…」 「御剣って、料理できるの?」 「………」 「だっておまえ、極度の不器用人間だろ?」 「……」 「わーーー!!! ごめんごめん、毛布に戻らないでよっ!!」 「もういい。さっさと行け。キサマなどもう知らん」 「怒らないでよ、御剣ぃ…」 情けない声が背中から聞こえて、そのまま抱き寄せられた。 「遅刻をするぞ、成歩堂」 「えへへ。もう真宵ちゃんにメールは打ってあるよ。 いつもより一時間遅れるって」 「…まったく、ダメな所長だな」 笑いながら言い、成歩堂からのキスを迎え入れる。 甘いキスだ。 そうしてバターの味がする。 「キミは、シュガートーストを食べたな?」 「うん、正解」 「…成歩堂、その…本当は、あまり手料理に自信はないのだよ。 自炊など、ほとんどした事がない」 「―― うん、わかってるよ。 きれいな指にケガでもされたら大変だからさ。 夕方に待ち合わせて、スーパーで買い物でもしないか? ぼくは結構料理は得意だよ。 まあ、矢張には負けるけどねー」 「…ウム、了解したのだよ、では、私もマンションに戻り、丁度いい時間に、事務所へ出向こう」 「うん、楽しみにしてる。 じゃあ、名残惜しいけど、―― 行ってきます」 「行ってこい、成歩堂。 そうして今日も、キミらしい弁護をしてくるがいい」 よもや、成歩堂をこうして玄関で送り出す時がこようとは、誰が予想しただろうか。 だが、悪くはない。 悪くはないのだろう、成歩堂。 今キミは、そんな顔をしている。 とても、幸せそうに笑っている。 「御剣、大好きだよ」 「ああ――、私もキミが…」 また、キスをされたが、まあ、いいとしよう。 真宵くんには悪いが、今日だけは、いいとしよう。 キミと迎える、二度目の朝だが。 一週間前とは違い、 とても甘い香りに包まれた。 とても、とても、幸せな朝だから。 さて――、今夜キミは、一体何を食べさせてくれるのだろうか? |